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グローバル化のもたらす堕落~パナマ文書とタックスヘイブン=施光恒・九州大学准教授

このところ話題になっている「パナマ文書」に関する騒動、いろいろと考えさせられますね。パナマの法律事務所の書類が流出し、世界の多くの政治家や富裕層が、「タックスヘイブン(租税回避地) 」を利用し、税金逃れを行っていたことが明るみに出たという問題です。

このような報道を耳にするといつも感じるのは、グローバル化が進むと、世界はどんどん不平等になり、また倫理的でもなくなってしまうのではないかということです。

記事提供:『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2016年4月15日号より
※記事タイトル・本文見出し・太字はMONEY VOICE編集部によるものです

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グローバル化は(特にエリート層の)倫理の堕落や無責任化を招く

まじめに納税する庶民、タックスヘイブンを利用する富裕層

グローバル化が進むと格差が拡大するとはよく言われることですが、税金の問題でもそうですね。

各国の一般庶民は、まじめに納税せざるを得ませんが、今回明らかになったように、富裕層やグローバル企業は、国境を越えて資本を移動させ、タックスヘイブンを利用するなどして税金を逃れることがわりと可能なのです。

日本の大企業や富裕層も、タックスヘイブンを大いに利用しているようですね。

財務省の官僚で税金を徴収する側だった志賀櫻(しが・さくら)氏が著した『タックスヘイブン――逃げていく税金(岩波新書、2013年)』を読むと、日本の大企業や富裕層も、タックスヘイブンをかなり利用していることがよくわかります。

例えば、この本に、「申告納税者の所得税負担率(平成22年度)」と題する図が掲載されています。日本の納税者の税負担率を所得金額別に表したグラフです。このグラフによると、日本の所得税負担率は、所得金額が一億円を超えると不思議なことに低下していっています。

(志賀氏の本に掲載されているグラフ自体はネット上で見つけられなかったのですが、例えば、平成19年度の数値を用いた同種のグラフは、下記のリンク先の財務省HPで見られます。「資料2」の「申告納税者の所得税負担率」のグラフです。)
平成22年度税制改正の大綱 参考資料(5/5) – 財務省

日本の所得税制は、累進課税制度のはずですので、本来ならば、所得額の増加にともなって右肩上がりでなければおかしいのですが、実際にはそうなっていません。所得額一億円をピークに、それ以上の所得層では税負担率が低下する山型のグラフになっているのです。

累進課税の理念に反するこうした逆進性が生じている理由は、高額所得者の所得の多くを占める株式からの配当や譲渡所得については、税制上の優遇措置があるためです。グラフの低下は、その効果によるものです。もちろん、こうした不公平は国会でしばしば指摘され、税制改正の懸案事項にもなっています。

それを踏まえたうえで、志賀氏は、このグラフの表題が「申告納税者の所得税負担率」であることに注意を促し、次のように記しています。

「つまり、税務署に所得金額を申告したベースでは、こういう負担率になるということである。これは裏を返せば、正しく申告していなければ、こういう負担率はもっと低くなっているということである。
実際、課税当局は、所得金額を実際よりも低く申告して課税を逃れている高額所得者が多数存在すると見ている。そうした高額所得者たちの税負担率は間違いなく、このグラフの示す数字よりも格段に低いはずである。
それは租税回避によるものか、ひどい場合には脱税である。しかし、その実態を正確に把握するのはきわめて難しい」。

そして、志賀氏は、こうした租税回避や脱税を助けるさまざまなカラクリがあり、そのカラクリの核心部に「タックスヘイブン」を利用した課税逃れがあると指摘しています。

Next: 決して少なくない税金逃れ「日本企業“61兆円”ケイマン隠れ資産」報道も



日本企業の間でも、節税はケイマン諸島を利用するのが一種の基本

また、大企業もタックスヘイブンを活発に利用しており、日銀作成の国際収支統計(2008年)によると、日本からの対外直接投資の仕向地は、第一位はアメリカ、第二位はオランダ、第三位はケイマン諸島となっています。

第一位のアメリカは理解できるとしても、第二位のオランダ、第三位のケイマン諸島は意外です。これは日本企業による租税回避の実態を示しています。

オランダにはさまざまな優遇税制があり、国際取引をする際にオランダを経由する節税方策がいろいろ編み出されているそうです。

第三位のケイマン諸島は、いわずと知れたタックスヘイブンです。

志賀氏によれば、日本の企業の間でも、「節税(ときには脱税)の仕組みを考える場合には、まずケイマン諸島を利用するのが一種の基本となっている」とのことです。

そういえば、ケイマン諸島に関しては、最近、こんな記事もありました。

パナマ文書で晒される日本企業“61兆円”ケイマン隠れ資産(『日刊ゲンダイDIGITAL』2016年4月13日配信)

このように、日本の大手企業の間でも、タックスヘイブンを利用した課税逃れは決して少なくないことを念頭に置けば、下記の記事にあるように、財界団体がいまだに消費税率の引き上げを強く主張しているのを見ると、暗澹(あんたん)たる気分になります。

経団連会長が消費税10%は「予定通り引き上げを」と強調 消費拡大を前提に(『産経ニュース』2016年4月4日配信)

同友会代表幹事 消費税「上げないと、日本は不幸な国になる」(『日本経済新聞』2016年4月12日配信)

上記の日経の記事によれば、経済同友会の小林喜光代表幹事は12日午後の記者会見で、来年4月に予定される消費税率の引き上げについて、次のように述べたそうです。

(税率を)上げないと日本は不幸な国になる」「国の借金が増え続けているというこの現実を、もっとみんなが共有しなければならない」。

まさに、「お前が言うな!」と口にしたくなります。
(・3・)ブー

まあ経営者にしてみれば、すっかりアングロサクソン型の株主中心主義が「グローバル・スタンダード」になってしまった現在の資本主義の下では、タックスヘイブンを利用した租税回避をしなければ、株主に突き上げられるという恐れもあるのでしょう。

しかし、そうは言っても、庶民は、マイナンバー制を義務付けられ、ますますきっちりと課税されるよう進んでいるのに、大企業や富裕層の間では課税逃れが横行しているという現状は、不公正であるとしか言いようがありません。格差もいっそう拡大していきます。

Next: 卑怯者たちの避難所? 経済のグローバル化は有益か



経済のグローバル化は有益か

経済のグローバル化は、倫理の堕落、特に、エリート層の倫理の堕落や無責任化を招くようです。国のため、地域社会のため、という倫理観が失われていきます

現在でもよく引用されますが、英国の文学者サミュエル・ジョンソン(1709-1784)は、かつて、「愛国心とは、ならず者(卑怯者)たちの最後の避難所である」と言ったそうです。

しかし現代では、グローバル化が、ならず者に避難所を与え、また、「グローバル化」という言葉のほうが、卑怯な振る舞いの各種の言い訳として利用されているように感じます。

日本は現在、文科省をはじめとして「グローバル人材」なるものの育成にやけに熱心で、税金を大量に投入していますが、育成される「グローバル人材」たちは本当に我々に有益な存在になってくれるんですかね。大いに心配になります。

【関連】日銀・岩田副総裁の誤り なぜ円安でも輸出は増えなかったのか?=三橋貴明

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