マネーボイス メニュー

世紀の奇策家ジャック・マーは、なぜ日本に潜伏していたのか?習近平が狙うデジタル人民元とアリペイ統合の内幕=牧野武文

アリババ創業者であるジャック・マー氏が、長期に渡り日本にいるとの報道がありました。現在は香港に渡り、中国に帰還するのでは?と噂されています。しかし、中国の実情から見ると、ジャック・マー氏の行動は不可解です。習近平政権はジャック・マー氏の存在をどのように捉えているのか?真実に迫ります。(『 知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 』牧野武文)

【関連】モノマネ中国の時代を終焉させたアリババ、テンセント、Zoomの台頭。中華圏スタートアップがシリコンバレーを越える日=牧野武文

【関連】ユニクロはお手上げか。中国発「SHEIN」が日本のアパレル業界を丸呑み、常識破りの超高速生産でZARA超えへ=牧野武文

※本記事は有料メルマガ『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』2023年1月30日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:牧野武文(まきの たけふみ)
ITジャーナリスト、フリーライター。著書に『Googleの正体』『論語なう』『任天堂ノスタルジー横井軍平とその時代』など。中国のIT事情を解説するブログ「中華IT最新事情」の発行人を務める。

ジャック・マーはなぜ追放されたのか?

みなさん、こんにちは!ITジャーナリストの牧野武文です。

今回は、デジタル人民元とアリペイの関係についてご紹介します。

日本でも報道がある通り、アリババの創業者である馬雲(マー・ユイン、ジャック・マー)が半年もの長期にわたって日本に滞在をしています。その後の報道によると、東南アジアに行き、香港に入って旧正月をすごしているそうです。香港にいるといことは、いづれかのタイミングで中国に入るのではないかと見られています。

なぜ、ジャック・マーが中国を離れ、日本にいたのにかはさまざまな説があります。中国政府から要注意人物としてマークをされたため、面倒を避けるために日本に避難をしているという説もあります。

その根拠となっているのは、2022年にアリババに独禁法違反で3,000億円という巨額の罰金が課せられ、さらにはスマホ決済「アリペイ」を運営するアントグループの上場を政府によって妨害され、さらにはこの1月には株主構成の変更が行われ、議決権ベースで53.46%相当(過半数です)を持っていたのに、それが6.208%相当にまで減らされ、一株主の地位に落とされてしまうなどの数株の政府による”迫害”のようです。

もちろん、一連の事件をどのようなストーリーで解釈するかは、個人、メディアの自由なので、私ごときがあれこれ言うことではありませんが、私は素直に、この一連の流れは「デジタル人民元とアリペイの融合」の準備作業のように思います。

中国政府はデジタル人民元を国内の決済手段としてだけでなく、一帯一路構想と結びつけて、東南アジア、中東、アフリカ、さらにはEUとの貿易取引にも使える国際決済通貨、国際基軸通貨にしようとしています。

これは日本にとって、由々しき事態です。もし、東南アジア各国が貿易の取引通貨としてデジタル人民元を使うようになったら、日本のアジアの中での居場所は失われます。

なぜジャック・マーは日本にいたのか?

アリババの創業者である馬雲(マー・ユイン、ジャック・マー)氏が日本に半年もの長期滞在をしていることは、多くの読者の方が報道などでご存知だと思います。なぜ日本にいるのか、その理由はご本人しかわかりませんが、中国のメディアでは日本の農業と水産養殖技術を学ぶためとされています。

しかし、1月7日にはタイのバンコクに現れ、ボクシングの試合を観戦したというニュースが報じられ、その後、香港に移動し、旧正月である春節は香港で過ごしているそうです。香港にいるということは、中国へ帰国する準備でもあるため、いつジャック・マーが中国に入るのかが注目をされています。

ジャック・マーはジェダイの騎士なのか?

この間、ジャック・マーの周辺には大きな変化がありました。それはスマホ決済「アリペイ」を運営するアントグループの株主構成の大幅な変更があり、実質的な支配者であったジャック・マーが一株主の地位に後退したというものです。

アントは、元々アリババのアリペイ部門が独立したもので、上場をすればアリババ、テンセントに次ぐ、大型テック企業になることは確実です。ジャック・マーの代わりに大株主になったのが、杭州星滔という政府出資の投資企業です。ジャック・マーの虎の子のようなアントグループを政府に召し上げられてしまったことになります。

これだけ聞くと、何かひどい話のように思えます。確かに2020年以降のジャック・マーは、政府との関係が大きく動き、そこから私たちは壮大な善と悪が衝突するストーリーを描き出してしまいます。

その壮大なストーリーの主役は善の象徴であるジャック・マーで、ジェダイの騎士のような存在です。悪の象徴は習近平主席で、ダースベーダーのような存在です。このストーリーでは、ジャック・マーは、中国でライトセーバーを取り上げられ、フォースの力も封印されてしまったため、ダークサイドに落ちるのを避けるために日本に長期滞在していたということになります。映画化をしたら、なかなか面白そうなストーリーです。

中国の政権内部で、何が起きているかは正確なことは誰にも知ることはできません。中国は社会主義国であり、政権の情報統制は私たちの想像を超えた厳しさにより律せられています。公式発表以外、一切の情報を漏らしません。引退をしても回顧録など出版しませんし、政権内部にいるときに親しい記者や友人にオフレコで話すということもありません。万が一、漏らしたりすると、すぐに粛清されて失脚することになります。

ですので、世の中に出回っている「政権内部では…」という情報は、すべて、外部の人による推測になります。もちろん、推測だからといって、無意味な情報というわけではありません。種々の状況と照らし合わせて、合理的な推測もあれば、不合理な推測もあります。そして、個人の妄想を乗せたファンタジーもあります。このジャック・マーの物語は、この3つのうちのどれでしょうか?

Next: 習近平を激怒させたジャック・マーの言動



習近平を激怒させたジャック・マーの言動

ジャック・マーのジェダイの騎士の物語は、複数のエピソードに分けて映画化すべきほど長い物語です。

ことの起こりは、2020年7月に、アリペイを中心にフィンテックサービスで成長したアントグループが上海と香港に上場を申請したことから始まります。上場をすれば、アリババ、テンセント以来の大型上場になることは確実でした。8月には上場申請が受理をされ、大きな問題がなければ上場されることが確実になりました。

しかし、その最中の10月24日、上海の外灘で開催された国際金融フォーラムで、ジャック・マーは政府批判とも取れる発言をします。

欧米メディアが問題だと指摘した部分は次のものです。「バーゼル合意は老人クラブのようなもので、未来を規制するのに昨日の方法を使うことはできない」。

バーゼル合意とは国際的に導入が進んでいる銀行の自己資本比率の規制です。要は銀行の自己資本に最低ラインを定め、体力をしっかりしてもらい、それができない銀行には退場してもらおうというものです。内容的にはBIS規制のことです。中国もこのバーゼル合意には参加をしているため、中国政府が支持するバーゼル合意を意味のないものだと批判したというのです。それで習近平主席が激怒したということになっています。

ウォールストリートジャーナルの報道によると、習近平主席の怒りを恐れたジャック・マーは、11月2日に、アントの一部を政府に譲渡すると申し出て許しを乞おうとしますが、習近平主席はこれを拒否。

11月3日、上場される36時間前に、上海の証券取引所が、当局の監督指導が行われているため、アントの上場を一時延期すると発表しました。後に、この延期期限は無期限であることも発表されました。つまり、アントの上場は中止になったのです。

失踪したジャック・マー

あるアリババ社員によると、この時、アントの社屋から大きな悲鳴があがり、それがアリババ社屋でも聞こえたほどだったと言います。アリババとアントは同じキャンパス内にありますが、もちろん人の声が聞こえるような近い距離ではありません。それほど大きな悲鳴があがったということです。なぜなら、アントの社員の40%は自社株を保有していたからです。平均で3万株ほどだそうで、上場をすれば確実に数千万元(数億円規模)の資産になります。アントは、社員の半数近くが億万長者という夢のような企業になれるところだったのです。気の早い人は、海南島あたりに別荘を買ってしまっていたかもしれません。

これ以来、ジャック・マーは公的な場所に顔を出さないようになり、世界中で「失踪説」が駆け巡ります。

そして、習近平主席はアリババに対して独禁法による捜査を始め、2022年4月には182億元(約3,000億円)という高額の罰金が課せられます。さらに、5月にはジャック・マー逮捕の報道が流れます。罪状は海外の反中敵対勢力と結託して国家分裂と政府転覆を扇動した容疑です。

ところがこれは中央電子台が「馬某」と報じたものであり、別のマーさんであったようです。中国では逮捕者の人権を守るために、刑事事件であっても実名報道はほとんどされず、「某」と伏字にするのが一般的です。これが誤解をされたようですが、陰謀論が好きな方は、これは実在しない逮捕であり、ジャック・マーに対する習近平主席の警告メッセージだと言います。

その直後、ジャック・マーは日本に飛び、身を隠すために長期滞在をしていたというストーリーです。

Next: ジャック・マーついに中国帰還か



ジャック・マーついに中国帰還か

そのジャック・マーがいよいよ香港に入り、中国に入るタイミングをうかがっています。ついにジャック・マーの反撃が始まるのか?エピソード4「ジェダイの帰還」に乞うご期待というのが、だいぶ茶化してはいますが、世間で語られるストーリーです。

確かに面白いストーリーですが、私には中国政府がデジタル人民元を着々と拡大させ、国際基軸通貨になる計画を進めているように見えます。魅惑的なストーリーの裏では、日本経済の将来に大きな障害となる人民元の国際化が進んでいるように見えます。

ジャック・マーは“ジェダイ説”の矛盾点

今回は、デジタル人民元とアリペイの関係についてご紹介します。

せっかくの面白い「ジェダイの帰還」のエピソードが始まるところに水をかけるようで恐縮ですが、このストーリーの矛盾点を指摘し、それがすべてデジタル人民元につながっていることをご紹介したいと思います。

まず、「ジャック・マーの発言に習近平主席が激怒」という点が不可解です。問題とされる発言は次のものです。「バーゼル合意は老人クラブと呼ぶべき存在です。バーゼル合意が解決しようとした問題は数十年続いてきた金融システムの老化の問題で、システムの複雑さという問題です。しかし、中国の金融システムの問題はまったく逆で、そのようなリスクはありません。むしろ、システムが成熟していないというリスク があるのです。…老人と若者は関心となる対象がまったく違います。老人は病院があるかどうかに関心を持ちますが、若者は学校があるかどうかに関心を持ちます…(若い中国の金融システムが)古い方法で監督管理されることを心配しています。過去のやり方で未来を管理することはできません」。

つまり、バーゼル合意は、欧米のような成熟した金融システムの劣化した部分を修正するものであり、これから金融システムを成熟させなければならない若い中国には意味がなく不適切な規制だと言っているのです。老人クラブという言葉も揶揄をしているのではなく、「老人は未来よりも過去に関心がある」という比喩です。

そして、ジャック・マーは中国の金融システムに必要なのは「ビッグデータの収集」「ビッグデータに基づくリスク制御」「ビッグデータに基づく信用体系」の3つであると指摘し、それはまさに芝麻信用(ジーマクレジット)などアントが今までやってきたことです。

批判というより、中国の金融システムを進化させる政策の提言であり、なぜこの発言に習近平主席が激怒をするのか、私にはよくわかりません。

昔から傲岸不遜なジャック・マー

そもそもこの程度のことは、ジャック・マーは以前から、アリババがまだ存在を認められていない時代からいくらでも言っています。

2008年12月に、中国起業家雑誌社が主催した「2008年第7回中国企業リーダー年次総会」では、ジャック・マーは「銀行が自ら変わろうとしないのであれば、私たちが変えていく」と発言をして注目をされます。まだアリペイは淘宝網(タオバオ)専用のオンライン決済、つまりタオバオポイントのようなもので、ようやく光熱費などの支払いに対応をし始めた頃です。ECで少し成功した若手起業家が「銀行を変えてみせる」という傲岸不遜な発言をしているのです。

この発言は中小企業への貸付についてのものでした。ジャック・マー自身もアリババの前の会社を創業する時に、創業資金を借りるためにある銀行に貸付の申請をしましたが、大量の書類を用意し、たびたび呼び出されて3ヶ月、結局貸付は拒否されました。ジャック・マーは怒ります。銀行もビジネスなので、貸付を拒否することは仕方がない。しかし、なぜその判断をするのに3ヶ月かもかかるのかということに怒りました。もし、すぐに判断をしてくれたら、ジャック・マーはもっと時間を有効に使えました。これでは若い起業家が出てこれないと怒ったのです。

その後、2015年になって、アントは網商銀行を設立します。この銀行の貸し出しは310方式です。3分でスマホから申請ができ、1秒で貸付判断がされ入金まで行われ、貸付業務にあたる人は0人というものです。芝麻信用のクレジットスコアにより、貸付額、貸付判断がアルゴリズムで自動的になされる仕組みです。もちろん、小口貸付のみですが、それでも農家や個人業者には非常にありがたい仕組みです。

Next: 中国政府にアリペイが奪われるのはジャック・マーの想定内だった



アリペイが奪われるのはジャック・マーの想定内

さらに、2012年にアリペイが対面決済を始める時、社内でも反対の声がありました。ジャック・マー自身も、信頼する人から対面決済をしないように忠告されたそうです。「そんなビジネスを始めると、あなたは逮捕されるかもしれないよ」というものでした。

アリババがアリペイの対面決済を始めて、さまざまな商店で使えるようにすると、それは人民元に代わる第2の通貨になってしまう。それは非常に危ういビジネスだというのです。

この話を受けて、ジャック・マーは身辺整理を始めます。財産の目録をつくり家族に渡し、アリババでは自分がある日突然いなくなった場合の統治体制をどうするかを決めます。そして、「私が牢屋に入ることになっても、アリペイはやる。私が牢屋に入ることになっても、アリペイが牢屋に入らなければそれでいい」と言って対面決済に乗り出します。

また、政府関係者と会うと、必ず「アリババは、いつでもアリペイを政府に無償で譲渡する用意がある」と公言しました。つまり、中国の金融システムを破壊するためにやっていることではなく、中国の金融システムを近代化して、中国に貢献するためにやっているのだという姿勢を明確にしたのです。

ですから、今回、アントの統治権を失っても、それはジャック・マーにすれば織り込み済みのことで、いつかやってくる事態だったのです。起業家として手塩にかけてきた企業を手放すのはつらいだろうとは思いますが、ジャック・マーにとっては起こるべきことが起きただけにすぎません。

スタートアップには優しい中国政府

このメルマガの読者の方は、よくご存知だと思いますが、中国では新しい産業が登場すると、当初は規制が行われず、政府は黙認をします。この期間にスタートアップ企業は伸び伸びと成長することができます。中国では「野蛮な成長」という言葉が使われます。野蛮に蔑みの意味はなく「野生的な成長」程度の意味です。

中国政府がこのような黙認をする理由はよくわかりませんが、新しい産業がある程度成長するまでは妨げとなることをしない方が中国経済にとって得策だという判断と、企業の成長が早すぎて規制の根拠となる法整備が追いつかないという両方の理由があると考えられています。

しかし、産業が成熟をして、法整備が追いつくと、消費者を保護し、業界の秩序を取り戻すため、一気に規制をかけます。これは「整頓」と呼ばれます。それは起業家もわかっていることで、だからこそ、彼らは猛スピードで仕事をこなし、爆速成長するのです。タイムリミットがあるからこそ、ビジネススピードがあがるのです。もちろん、その分、仕事は雑にならざるを得ません。しかし、どちらが大切なのかを彼らは判断をして動いています。

Next: アリババ、百度、育てて食われる新興産業



アリババ、百度、育てて食われる新興産業

アリペイ、WeChatペイもそうでした。2017年前後の急成長時代には、キャッシュレス決済として先行していた銀聯の関係者は「不公平だ。向こうは規制なしで伸び伸びやっているが、こちらは銀行の規制の中で新サービスを企画しなければならない。まったく競争にならない」と不平を言っていました。しかし、そのスマホ決済も今では、銀行の決済ネットワークに組み入れられ、商店から手数料を徴収せざるを得なくなり、大型のサービスを実施する時には、多額の準備金や担保金を積むことが要求されるようになり、以前のようには新しいサービスが登場できなくなりました。

ECもまったく同じです。2003年にECが普及をし始めた頃は、規制らしい規制がなく、タオバオも京東も伸び伸びと成長することができました。

2020年にアリババに課せられた多額の罰金も、このECに対する整頓の一環です。対象となったのはアリババを始めとして、百度、滴滴、京東、ピンドードー、美団、

字節跳動(バイトダンス)、携程など34社にものぼります。問題となったのは「二選一」行為で、排他的契約の強要です。タオバオで言えば、販売業者にタオバオ以外に出品をしないように強制し、それに従わない場合は不利な扱いをするというものでした。アリババだけではなく、多くのEC、サービスで横行していた問題です。この問題に対する「整頓」が始まっただけにすぎません。

このような「反壟断法」(独禁法)違反に対する罰金は、当該期間の営業収入の3%から4%という基準があり、タオバオの営業収入は巨大であるために、罰金も182.28億元という巨大なものになりました。罰金を課せられたのはアリババだけではありませんし、罰金額も基準通りに他社にも課せられています。ただし、他社の場合は営業収入がアリババほど大きくはなく、当該期間も短いためにアリババほどの巨額罰金にはならなかったというだけの話です。

この辺りの事情は、「vol.070:アリババに巨額罰金。独占を防ぐことで、市場は停滞をするのか、それともさらに成長するのか」で詳しくご紹介しています。

では、アントを召し上げられてしまったという話はどうでしょうか。この辺りの事情にデジタル人民元が深く関わってきます。

スマホ決済を可能にしたジャック・マーの奇策

アントは、元々はアリババ内部のアリペイ部門でしたが、スマホ決済をするために必要な決済事業者の免許が取得できないという問題を抱えていました。「vol.098:なぜ中国政府はテック企業の締め付けを強化するのか。公正な競争とVIEスキーム」でご紹介していますが、中国のネットサービス企業には外資の参入規制があるからです。ネット企業には外資は完全に参入できません。つまり、日本の企業や日本人がアリババの株を持つことはできないのです。

そこで、VIEスキームを使うのが中国のテック企業では常識になっています。まず、(どこでもいいのですが、法人税のかからない)バージン諸島などにシェルカンパニー(登記だけのペーパーカンパーニー)を設立します。そして、中国の事業会社と、このシェルカンパニーで契約を結び、実質的な親子会社と同然にします。シェルカンパーを契約で親会社にするのです。こうすると、シェルカンパニーは中国企業ではなく国際企業なので、誰でも自由に株を持つことができます。しかし、国内の事業会社はシェルカンパニーとは契約をしているだけで資本関係はありません。つまり、外資は1円も入っていません。

こうして、アリババに投資をしたいという外国人の要望と、中国の外資参入規制の矛盾を解消しています。ですので、ソフトバンクはアリババの株を保有していますが、中国のアリババの株ではなく、シェルカンパニーの国際企業アリババホールディングズの株を所有しています。

Next: あまりにも複雑で巧妙なアントグループの設立の手段



規制逃れのために設立されたアントグループ

当初は、中国政府もこのVIEスキームについて黙認をしていました。しかし、決済事業者となると話は別です。中国の金融情報を持つことになるため、それを外国人株主に開示するようなことがあっては困るからです。また、テロ資金や反中国活動の資金移動などは厳しく制限しなければなりませんが、決済事業者の株主が外国人であると中国政府の制御が効きづらくなります。

このようなことから決済事業者の免許は100%の内資企業にしか与えません。アリババは紙の上では内資100%企業ですが、実質的には国際企業の支配下にあります。ここを中国政府は問題にし、決済事業者の免許をアリペイに与えることを保留しました。

そこで、ジャック・マーは、アリペイをアリババから分離して、アリババとは関係のない企業にする必要がありました。これで生まれたのがアントグループです。しかし、アリババの子会社であっては困ります。結局、外資の影響を受ける会社であることには変わりがないからです。

ジャック・マーが取った策は、ジャック・マーの個人会社にすることでした。しかし、ジャック・マーの完全な個人会社でも問題がありました。なぜなら、ジャック・マーはアリババの大株主であり、アリババには実質的に外資が入っている会社だからです。アリババの外国人大株主が「テロ資金を送金させたい」と言ってアリババに命じ、ジャック・マーがアントに命じたら、可能になってしまいます。もちろん、テロ資金の送金自体が違法なので、そんなことは起こりませんが、中国政府としては仕組みとしてそういうことが起こり得ないようにすることを求めています。

そこで、ジャック・マーが考えたのが実に複雑で、巧妙な仕組みでした──

続きはご購読ください。初月無料です

・小米物語その80

・アリババ物語その80

・今週の中華IT最新事情

・Q&Aコーナー

※これらの項目は有料メルマガ購読者限定コンテンツです →いますぐ初月無料で購読!

<初月無料購読ですぐ読める! 1月配信済みバックナンバー>

※2023年1月中に初月無料の定期購読手続きを完了すると、以下の号がすぐに届きます。

2023年1月配信分
  • vol.161:ジャック・マー氏の身に何が起きているのか。静かに進むアリペイとデジタル人民元の合作(1/30)
  • vol.160:美団のドローン配送が本格化。なぜ、大都市でドローン配送が可能なのか、そのテクノロジー(1/23)
  • vol.159:2023年、スマホはどう進化をするか。今年話題になるかもしれないスマホテクノロジー(1/16)
  • vol.158:アップルが進める脱中国化。最大の課題は熟練工の不足(1/9)
  • vol.157:中国のユニコーン企業の現状。第1世代ユニコーンはどれだけ生き残っているか(1/2)

2023年1月のバックナンバーを購入する


※本記事は、有料メルマガ『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』2023年1月30日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はこの機会にをご購読ください。今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。配信済みバックナンバーもすぐ読めます。

【関連】モノマネ中国の時代を終焉させたアリババ、テンセント、Zoomの台頭。中華圏スタートアップがシリコンバレーを越える日=牧野武文

【関連】Amazonや楽天も潰される?中国第2位のECに急浮上「拼多多」とは何者か=牧野武文

【関連】実は中国格安スマホが最先端?注目企業「OPPO」「VIVO」創業者を育てた段永平の才覚=牧野武文

【関連】いつ日本のスマホ決済は中国に追いつくのか?アリペイに学ぶ「爆発的普及」の条件=牧野武文

【関連】アリババがわずか15ヶ月で香港から撤退。日本も反面教師にすべき中国ECが世界で通用しない理由=牧野武文

<こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー>

※初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分:税込550円)。

2022年12月配信分
  • vol.156:あらゆる商品が1時間で届けられる時代。デリバリー経済がさらに進化する中国社会(12/26)
  • vol.155:変わりつつある日本製品に対するイメージ。浸透する日系風格とは何か(12/19)
  • vol.154:中国に本気を出すスターバックス。3000店の新規出店。地方都市の下沈市場で、スタバは受け入れられるのか(12/12)
  • vol.153:SHEINは、なぜ中国市場ではなく、米国市場で成功したのか。持続的イノベーションのお手本にすべき企業(12/5)

2022年12月のバックナンバーを購入する

2022年11月配信分
  • vol.152:アリババがいち早く脱GMV化。GMVではなく、CLVにもとづくEC運営へ(11/28)
  • vol.151:原神の売上は東京ディズニーランドとほぼ同じ。90后企業miHoYoの新しいビジネスのつくり方(11/21)
  • vol.150:勢いのある種草ECに対抗するタオバオ。電子透かしを活用したユニークな独自手法を確立(11/14)
  • vol.149:中国スマホゲームの進む2つの方向。海外進出とミニプログラムゲーム(11/7)

2022年11月のバックナンバーを購入する

2022年10月配信分
  • vol.148:内巻と躺平とは何か。日本社会も無関係ではない成長した社会に起きる長期疾患(10/31)
  • vol.147:中高生の消費、10の意外。意外にお金を持っている05后のお金事情(付録)(10/24)
  • vol.147:中高生の消費、10の意外。意外にお金を持っている05后のお金事情(10/24)
  • vol.146:WeChat以前の中国SNSの興亡史。WeChatはなぜここまで強いのか?(10/17)
  • vol.145:Tmallがわずか15ヶ月で香港から撤退。アリババも通用しなかった香港の買い物天国ぶり(付録)(10/10)
  • vol.145:Tmallがわずか15ヶ月で香港から撤退。アリババも通用しなかった香港の買い物天国ぶり(10/10)
  • vol.144:クーポン設計のロジックと、ウーラマの行動経済学を活かしたユニークなキャンペーン(10/3)

2022年10月のバックナンバーを購入する

2022年9月配信分
  • vol.143:「抖音」「快手」「WeChatチャネルズ」三国志。ライブコマースとソーシャルグラフの関係(9/26)
  • vol.142:ライブコマースはなぜ中国だけで人気なのか。その背後にあるECの成長の限界(9/19)
  • vol.141:Z世代お気に入りのスマホはOPPO。コモディティ化が進む中国スマホ状況(9/12)
  • vol.140:始まった中国義務教育の情報教育。どのような授業が行われることになるのか(付録)(9/5)
  • vol.140:始まった中国義務教育の情報教育。どのような授業が行われることになるのか(9/5)

2022年9月のバックナンバーを購入する

2022年8月配信分
  • vol.139:網紅式旅行で成功した重慶市。インバウンド旅行客再獲得のためにやっておくべきことを重慶に学ぶ(8/29)
  • vol.138:Copy to China or Copy from China。新たなビジネスを発想するバイカルチャラル人材とは何か?(8/22)
  • vol.137:私域流量の獲得に成功しているワイン、果物、眼鏡の小売3社の事例。成功の鍵はそれ以前の基盤づくりにあり(8/15)
  • vol.136:株価低迷の生鮮EC。問題は前置倉モデルの黒字化の可能性。財務報告書からの試算で検証する(8/8)
  • vol.135:急速に変化する東南アジア消費者の意識。アジアの食品市場で起きている6つの変化(8/1)

2022年8月のバックナンバーを購入する

2022年7月配信分
  • vol.134:中国で始まっているメイカーの時代。中国ITの強さの秘密はアジャイル感覚(7/25)
  • vol.133:データ駆動経営の成長と限界。人とAIは協調できるのか。AIコンビニ「便利蜂」の挑戦(7/18)
  • vol.132:流量から留量へ。UGCからPGCへ。変わり始めたECのビジネスモデル。タオバオの変化(7/11)
  • vol.131:ショッピングモールは消滅する。体験消費が物質消費に取って代わる。モールが生き残る4つの方法(7/4)

2022年7月のバックナンバーを購入する

2022年6月配信分
  • vol.130:中国のメタバース状況。教育、トレーニングの分野で産業化。スタートアップ企業も続々登場(6/27)
  • vol.129:SNS「小紅書」から生まれた「種草」とKOC。種草経済、種草マーケティングとは何か(6/20)
  • vol.128:社会運動とビジネスと事業の継続。スタートアップに必要なものとは。シェアリング自転車競争史(6/13)
  • vol.127:WeChatマーケティング。私域流量の獲得と拡散が効率的に行えるWeChatの仕組み(6/6)

2022年6月のバックナンバーを購入する

2022年5月配信分
  • vol.126:SoCとは何か。中国と台湾の半導体産業。メディアテックとTSMCを追いかける中国(5/30)
  • vol.125:5分でバッテリー交換。急速充電の次の方式として注目をされ始めたバッテリー交換方式EV(付録)(5/23)
  • vol.125:5分でバッテリー交換。急速充電の次の方式として注目をされ始めたバッテリー交換方式EV(5/23)
  • vol.124:追い詰められるアリババ。ピンドードー、小紅書、抖音、快手がつくるアリババ包囲網(5/16)
  • vol.123:利用者層を一般化して拡大を目指すビリビリと小紅書。個性を捨ててでも収益化を図る理由(5/9)
  • vol.122:ハーモニーOSで巻き返しを図るファーウェイ。ファーウェイのスマホは復活できるのか(5/2)

2022年5月のバックナンバーを購入する

2022年4月配信分
  • vol.121:ライブコマース時代の商品品質とは。配送・サポートはもはや重要な品質の要素(4/25)
  • vol.120:ディープフェイク技術の産業応用が始まっている。GANの活用で成長したバイトダンス(4/18)
  • vol.119:付録部分(4/11)
  • vol.119:主要テック企業はリストラの冬。安定成長へのシフトと香港上場問題(4/11)
  • vol.118:北京冬季五輪で使われたテクノロジー。デジタル人民元から駐車違反まで(4/4)

2022年4月のバックナンバーを購入する

2022年3月配信分
  • vol.117:アリババに起きた変化。プラットフォーマーから自営へ。大きな変化の始まりとなるのか(3/28)
  • vol.106:盲盒のヒットで生まれた大人玩具市場。香港上場を果たしたポップマートと追いかける52TOYS(3/21)
  • vol.115:ネット広告大手の広告収入が軒並み失速。ネット広告不要論まで。広がるDIY広告(号外)(3/14)
  • vol.115:ネット広告大手の広告収入が軒並み失速。ネット広告不要論まで。広がるDIY広告(3/14)
  • vol.114:スターバックス中心のカフェ業界に激震。テーマは下沈市場。郵便局や蜜雪氷城も参戦(3/7)

2022年3月のバックナンバーを購入する

2022年2月配信分
  • vol.113:中国ビジネスに不可欠のWeChat。なぜWeChatは消費者ビジネスに使われるのか(2/28)
  • vol.112:アリババ新小売へのスーパーの逆襲が始まった。YHDOSと大潤発2.0(2/21)
  • vol.111:夜間経済とほろ酔い文化。「酒+X」店舗体験で変貌するバー業界(2/14)
  • vol.110:二軸マトリクスで整理をするECの進化。小売業のポジション取りの考え方(2/7)

2022年2月のバックナンバーを購入する

2022年1月配信分
  • vol.109:中国メディアによる2022年10大予測。暗い1年に次の飛躍の種を見つけることができるか(1/31)
  • vol.108:主要バーチャルキャラクター大集合。実用用途に使われ始めたバーチャルキャラクター(1/24)
  • vol.107:(付録)トラブル事例から見た中国ECの消費者保護。クーリングオフと覇王条款(1/17)
  • vol.107:トラブル事例から見た中国ECの消費者保護。クーリングオフと覇王条款(1/17)
  • vol.106:電動自転車がいちばん便利な乗り物。コンパクト化が進む中国の都市(1/10)
  • vol.105:店舗の未来は「体験」をつくること。これからの主力商品は「店舗体験」(1/3)

2022年1月のバックナンバーを購入する

2021年12月配信分
  • vol.104:2021年中国テック業界10大ニュース。1位はやはりテック企業への規制強化(12/27)
  • vol.103:商品はショートムービーで紹介するのが主流。タオバオを起点にショートムービーで展開する興味ECの仕組み(12/20)
  • vol.102:TikTokに使われるAIテクノロジー。最先端テックを惜しげもなく注ぎ込むバイトダンスの戦略(12/13)
  • vol.101:交通渋滞を交通信号を制御することで解消。都市の頭脳となる城市大脳が進めるスマートシティー構想(12/6)

2021年12月のバックナンバーを購入する

2021年11月配信分
  • vol.100:コロナ後に急増したネット詐欺。ねらわれる若い世代。被害者の6割以上が20代(11/29)
  • vol.099:アフターコロナ後の消費者心理はどう変化したか。「健康」「環境」「デジタル」「新消費スタイル」の4つ(11/22)
  • vol.098:なぜ中国政府はテック企業の締め付けを強化するのか。公正な競争とVIEスキーム(11/15)
  • vol.097:始まった中国の本格EVシフト。キーワードは「小型」「地方」「女性」(11/8)
  • vol.096:国潮と新国貨と国風元素。中国の若い世代はなぜ国産品を好むようになったのか?(11/1)

2021年11月のバックナンバーを購入する

【関連】シャオミの「雷軍流」が中国を鍛え上げた。なぜ日本の家電は敗れた?=牧野武文

【関連】中国ITの急成長を支える「残業地獄」1日12時間・週6日労働が蔓延、休めぬ事情とは=牧野武文

【関連】「彼氏にしたい職業」上位はぜんぶ地雷、玉の輿に乗りたいなら○○な男を選べ=午堂登紀雄

image by:Frederic Legrand – COMEO thelefty/ Shutterstock.com

知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 』(2023年1月30日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による

初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード

[月額550円(税込) 毎週 月曜日 発行予定]
急速に発展する中国のITについて、企業、人物、現象、テクノロジーなど、毎回1つのテーマを取り上げ、深掘りをして解説をします。

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。