アリババは中国国内での成長は限界にきているとし、海外展開戦略を打ち出しています。しかし、香港に進出したアリババ傘下の「Tmall」というECは、わずか15ヶ月で撤退を強いられました。なぜアリババはつまずいてしまったのでしょうか?日本企業にとっても反面教師のいい例となります。(『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』牧野武文)
※本記事は有料メルマガ『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』2022年10月10日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
ITジャーナリスト、フリーライター。著書に『Googleの正体』『論語なう』『任天堂ノスタルジー横井軍平とその時代』など。中国のIT事情を解説するブログ「中華IT最新事情」の発行人を務める。
アリババが香港市場で大敗北
今回は、アリババのTmallが香港から撤退したニュースをご紹介します。
アリババの創業者、ジャック・マーという人はすごい人で、2016年には「純粋なECはすでに死んでいる」と言い出して、アリババの新たな成長戦略に着手をしました。日本で、アリババやジャック・マーという人物がニュースに広く登場するようになったのは、2018年ぐらいで、盛んに「ECが急成長をする中国」と言われましたが、その頃にはジャック・マーは次の時代を見ていたことになります。
新たな成長戦略は「新小売」「下沈市場」「海外展開」の3つですが、いずれも成功はしているものの限定的なものであり、アリババに対する貢献は大きくありません。次の柱の事業とは言えない状況です。
その中で、Tmallがわずか15ヶ月で香港から撤退したことは、海外展開戦略のつまづきとなりました。失敗はどんなことにもあり得ることですが、この香港撤退は筋が悪いと思います。一言で言えば、香港という特殊な市場に対応できなかった、あるいは適応するという意識が薄かったというものです。
これはアリババだけでなく、日本を始めとするどこの国の企業でもありがちな失敗です。現地の市場を学ぼうとせず、自国流で押し切ってしまおうとして失敗するパターンです。
そういう意味では、反面教師のケーススタディとして、たいへんいい教材になると思います。今回は、Tmallが香港から撤退をせざるを得なくなった理由についてご紹介します。
日本と同じでアリババは国内だけで強いのか?
アリババに関して、あるニュースがひっそりと報道されました。メディアの扱いは小さくニュースバリューはほとんどないようですが、私個人は非常に注目をしています。それはアリババのEC「天猫」(ティエンマオ、Tmall)が、10月いっぱいで香港から撤退をするというものです。進出をしたのは、昨2021年5月ですか、わずか15ヶ月での敗走となります。アリババのもうひとつのEC「淘宝網」(タオバオ)の方はサービスを続けるとのことなので、アリババ完全撤退というわけではないため、大きなニュースにはなりませんでした。
しかし、撤退をする理由の筋がよくありません。アリババは、業績不振ではなく、物流網の調整のために香港に対してはタオバオに一本化する「転進」だと主張していますが、香港メディアは「進出当初から利用は進まなかった」と報じています。中国国内では、圧倒的な強さを持っているアリババですが、香港ではその強さが見えません。ひょっとして、アリババも、日本企業と同じように、国内では強くても海外では弱い体質があるのではないか。それが今回のテーマです。
アリババが運営する二つの巨大EC
まずは基本情報の復習です。
アリババは2つの巨大ECを運営しています。ひとつはタオバオ、ひとつはTmallです。タオバオは、出店料無料、手数料無料で、簡単な審査で誰でも出店できるECです。元々は2003年に、CtoC型ECとしてスタートしましたが、次第に販売業者が多くなりBtoC型に近くなりました。売っていないものは存在しないとまで言われるほど、なんでも手に入るECです。淘宝とは「宝探し」の意味です。
しかし、これではアリババは収益をあげることができません。そこで、ブランド旗艦店を中心にしたEC「タオバオ商城」を2008年に新設しました。2012年には「天猫」(ティエンマオ、Tmall)と名称を変えます。こちらは出店料が必要で、販売手数料も必要になります。出店審査も厳しく、営業実態がなければ出店できません。多くの場合、知名度のあるブランドがEC旗艦店を出店します。
日本のユニクロ なども出店しています。いわゆる家賃が必要なECですが、その分、アリババがさまざまなプロモーションを行い集客をしてくれます。有名な11月11日の独身の日セール「双十一」も本来はTmallのセールでした。これにタオバオの販売業者が便乗をしただけでなく、他のECも便乗をし、中国全土を巻き込むお祭りになっていきました。
アリババが打ち出した3つの新機軸
この2つのECを基礎として、アリババは急成長をしました。しかし、2016年には創業者の馬雲(マー・ユイン、ジャック・マー)は、「純粋なECはすでに死んでいる」と言い出します。ECで買い物をするような都市の購買力のある消費者のほとんどがアリババのECの会員になってしまったからです。
そこで、アリババは3つの脱出口を設定し、ECを成長させようとします。
1)新小売:オフライン小売への進出
2)農村タオバオ:地方都市、農村などの下沈市場への浸透
3)海外展開:タオバオ、Tmallの海外進出または海外ECの買収
1)の新小売については、このメルマガの読者のみなさんには説明不要でしょう。「オンライン小売とオフライン小売は深く融合して、すべての小売業は新小売となる」というOMO(Online Merges with Offline)を先取りしたもので、新小売スーパー「盒馬鮮生」(フーマフレッシュ)という形で実現をしました。
このフーマフレッシュは、既存スーパーを駆逐する勢いで成功をしましたが、アリババに対する貢献という点では限定的です。EC関連の収入が巨大すぎるのです。小売サービスは、全体の5%程度の売上でしかありません。
しかも、頭打ち感が出てきています。フーマフレッシュは、アリペイの決済データの分析から、購買力の高い地域に出店をしています。ほぼ大都市の中心部になります。現在、300店舗程度の展開で止まってしまいました。購買力が落ちる郊外や地方都市への展開は、フーマフレッシュそのままの業態では難しく、アリババもさまざまな業態を試していますが、これといった決定版をつくることができず、足踏みをしています。
2)の農村タオバオも成功はしましたが、アリババへの貢献は限定的です。いわゆる下沈市場をねらう活動を2017年頃から初め、3万店の農村タオバオ店を設置しました。当時、農村でのネット利用率、電子決済利用率はまだ低かったため、店舗を設置し、タオバオの商品を店主が代理注文し、現金でも購入できるようにしました。つまり、ECのO2O(Online to Offline)を実現して、農村の人にECでの買い物に慣れてもらおうと考えたのです。同時に、農村で生産される農産物や特産物を探して、それを全国に販売するという逆の商品の流れも進めていました。
この農村タオバオは順調に進み、社会貢献も大きい公益的事業でもありました。しかし、2015年に創業されたピンドードーが力をつけて、2018年から2019年にかけて、下沈市場をあっという間に握ってしまいました。
この辺りの事情は「vol.027:中国に残された個人消費フロンティア「下沈市場」とは何か?」「vol.044:貧困を撲滅するタオバオ村の成功例と失敗例」「vol.075:アリバ バをユーザー数で抜いて第1位のECとなったピンドードー。そのビジネスモデルのどこがすごいのか?」などでご紹介をしています。
簡単に言えば、アリババは「地方の優れた農産物、特産品を発見しよう」としました。一方で、ピンドードーは「支援をして育てよう」としました。特にピンドードーの農業研究所は大きな成果を上げていて、日本の農業試験場のような役割をしています。地方メーカーの品質も急速にあがっていきました。