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「EVはオワコン」は本当か?航続距離ほか8つの弱点を克服しつつある中国。乗り遅れると日本勢こそオワコンに=牧野武文

欧州では販売数の伸び率が鈍化をしている「EV車(以下・EV)」。2035年からEUは二酸化炭素を排出する車の販売を禁止することを発表していますが、世界が目指しているのは果たしてEVの普及なのでしょうか?アメリカ大統領選が近づいてきた昨今、注目を集めるトランプ氏の「ガソリン車を使い続ける」という発言は、国際的な約束を破ることになりますが、そもそもEVにどのようなデメリットがあるのか、そしてEVの欠点を克服した中国の2024年の最新情報をご紹介します。(『 知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 』牧野武文)

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約束を破り「ガソリン車」を使い続けると発言したトランプ氏

EVの普及が踊り場に差し掛かってきました。欧州では補助金が中断・終了をしたため、販売数の伸び率が鈍化をしています。米国では、ドナルド・トランプ氏が大統領に就任した初日にEV補助金を停止すると発言していますが、これによりテスラの株価が下落するなどの事態になっています。

また、EVには「寒冷地での問題」「自然発火事故が起きる」「充電時間が長い」などの欠点があり、さらにはメルセデスベンツが今後も2030年以降もガソリン車の販売を続けること、アップルがEVの開発計画「プロジェクト・タイタン(Apple Car Project)」を断念したことから、EVの普及に逆風が吹いています。

しかし、国際的に共有された目的は「ゼロエミッション発電、ゼロエミッション移動を実現して、二酸化炭素排出量をゼロにして、気候変動を止めよう」というものです。EUは2035年から二酸化炭素を排出する車の販売を禁止します。プラグインハイブリッド(PHEV)もわずかですが、二酸化炭素を排出するためNGとなる予定です。米国カリフォルニア州を始めとする13州は、2035年にPHEVとEVなど低エミッション車以外の販売が禁止になり、中国では2035年に低エミッション車を50%以上にする目標を掲げています。

つまり、世界が目指しているのはEVの普及ではなく、ゼロエミッション移動を実現すること。現在、それを実現できる自動車はEVが最も有力な候補ですから、広がっていかざるを得ないのです。トランプ氏のように、「ガソリン車を使い続ける」というのであれば、国際的な約束を破り、地球の環境に責任を持たないということになります。

中国ではEVの普及が本格化。それはこのような国際目標を達成するということもありますが、ガソリン車では欧米日にかなわない中国メーカーがEVであれば追いつき、追い越せると考え、懸命の技術開発をしているからです。そのおかげでEVの欠点と呼ばれるものは、ほぼ解決され始めています。

中国で克服されるEVの弱点

以前、メルマガの「vol.215:BYDのEVは欧州市場で成功できるのか。スイスUBSの衝撃的なレポート」にて、中国の電気自動車(EV)が欧州市場で大きなシェアを取る可能性があると予測するレポートをご紹介しました。BYDが低コストで高品質のEVを製造できる理由についてもご紹介し、ビジネス+ITに「なぜBYDは世界を獲れた?「BYD・テスラ・VW」3車分解比較で判明、圧倒的コスパの秘密」という記事を書いたところ、これがYahoo!ニュースに転載をされ、たくさんの方からコメントをいただくことになりました。その多くは「学びがあった」という好意的なもので、コメントをしてくださった方にはお礼を申し上げたいと思います。とても励みになります。

一方、批判的な意見もありました。その多くが「EVはもうオワコンになっているのに、この筆者は知らないのか?」というものです。EVの普及が踊り場に差し掛かっているのは事実ですが、「EVは失敗だった、終わった」というのはかなり極端な見方で、そう考えている人が多いことにかなり驚きました。

個人としてEVを選択するかどうかはまったくの自由です。EVが嫌だという人は燃料車やハイブリッド(HEVやPHEV)を買えばいいだけです。しかし、メディアまで「EVは失敗だった」と書き始めたことに2度驚きました。例えば、「【言わんこっちゃない!】世界でEVの逆回転始まる!中国の弱点を攻めるトヨタの粘り勝ち」などという記事もあります。

EVが「オワコン」「失敗」と感じている方々は次のような事実を根拠にしているようです。

  1. 欧州市場において、ハイブリッド(HEV)の伸び率がEVの伸び率を上回った。
  2. 米国市場において、HEVがEVの販売台数を抜いた。
  3. これによりトヨタのHEVが売れ、過去最高益を記録した。
  4. 2024年1月シカゴに寒波が襲来し、充電器が凍結し、多数のテスラ車が充電できず立ち往生した。
  5. メルセデスベンツが2030年以降も燃料車を開発、販売すると方針転換した。
  6. AppleがEVの開発を断念した。

欧州でEVの伸び率が鈍化をしたのは当然です。2023年9月にはフランスでEV補助金の対象車の条件が厳格化されました。国内メーカーを守るため、中国EVを補助金対象から外すための措置だと言われています。

また、同年12月にはドイツで補助金が1年前倒しで終了しました。補助金予算を新型コロナ対策費から支出していたことが、憲法裁判所によって違憲だと判断されたためです。補助金が少なくなれば実質価格が高くなるのですから、伸び率が鈍化するのは当然といえます。それでもEVは前年よりも伸びているのです。あくまでも伸び率鈍化です。EU各国は新たなEV促進の枠組みを構築しなければならなくなっています。

Appleが自動車製造プロジェクト・タイタンを放棄しましたが、「EVが売れていないから」という理由づけは、かなりピント外れの見方です。Appleがつくる自動車は、コアファンに向けた高級車になるはずで、EVが売れていようが売れていまいが、アップルカー(Apple Car)の売れ行きにはほとんど影響しません。

Next: Appleが「アップルカー」を断念したのはEVが理由ではない



レベル5の完全自動運転を目指したApple

2015年、腕時計をしない人が増える傾向が進んでいる時代に、Appleは「アップルウォッチ(Apple Watch)」を発売しました。そして、腕時計としては驚異的な売れ行きを示しました。アップルウォッチは腕時計の形をしていますが、腕時計とは別物で、それがねらいなのです。

アップルカーも同じように、EVには見えるけど、EVとはまったく別物という線をねらっていたはずです。「EVが売れていないからやめよう」などという発想はしないと思います。

Appleのプロジェクト・タイタンはベールに包まれていて、その中身は誰にもわかりませんし、断念をした理由も誰もわかりません。しかし、報道から推測すると、EVということよりも自動運転の開発に行き詰まりを感じたようです。

ティム・クックCEOは「自動運転技術が最も重要な根幹の技術であり、すべての人工知能プロジェクトの母だ」とコメントしたことがあります。つまり、AppleはアップルカーでAI人材を獲得し、そこからさまざまなAIプロジェクトを派生させようと考えていたようです。

Appleがやるのであれば、ハンドルもペダルもない、レベル5の完全自動運転(L5自動運転)を目指したはずです。車というより、動く部屋でなければインパクトがありません。しかし、L5自動運転は技術的に無理なのではないかという見方が一般的になってきています。

L5自動運転は砂漠やジャングルといったオフロードでも自動運転走行できなければなりません。オート三輪や歩行者が交通法規も守らずに飛び出してくる中国やインドの裏町も自動運転走行できなければなりません。あらゆる環境に対応できる完全自動運転というのは無理なのではないかと考えられるようになっています。

Appleが断念をしたのは完全自動運転であってEVではない

一方、「条件つき自動運転」であるレベル4の自動運転はすでに実現できています。例えば、高速道路だけであるとか、キャンパスやマンション、公園などの閉鎖区域内であるとかです。また、シャトルバスのように固定ルートを走行する場合も実現できています。あらかじめ道路条件が限定できるため、ハンドルをなくした完全自動運転ができるわけです。

おそらく、Appleはここを悩んだのではないでしょうか。アップルカーが、遊園地の乗り物のように限定された区域しか走行できないものになるのか。どこでも走れるようにしようとするとハンドルをつける必要がある。どっちを選ぶべきなのかという議論が内部でされていたことでしょう。

実際、断念報道の前には、L5自動運転を放棄して、テスラやファーウェイと同じL2+自動運転(人間が運転の主体となる自動運転)に方針転換をするのではないかという観測報道もありました。

しかし、ハンドルとペダルがある一般的な自動車では、Appleのブランドイメージやミッションにそぐわないのだと思います。そこに莫大な資金を投じることは意味があるのかという話になり、だったら、最初から現実性のあるAIプロジェクトに直接投資をした方がいいということになったのではないかと思います。

Appleが断念をしたのは完全自動運転であって、EVであるかどうかは問題ではなかったと思います。

Next: 「EVはオワコン」という人は情報が古すぎる?



「EV」8つの弱点とはなにか?

EVの欠点と言われているのは次のようなものです。

  1. 充電ステーションが少なくて充電できない
  2. 航続距離が短い
  3. 火力発電でつくった電気で走ってもエコじゃない
  4. 充電に時間がかかる
  5. 寒冷地では出力が落ちて使い物にならない
  6. 自然発火をする恐れがあるので危険
  7. バッテリーが劣化をしてエコじゃない
  8. 製造とリサイクルの過程で大量の二酸化炭素を排出するのでエコじゃない

EVにはこのような問題があるのは事実ですが、EV先進国(もはやそう言っていいかと思います)である中国では、すでにこのような課題に対して克服されつつあります。簡単に言えば、「EVはオワコン」とおっしゃっている方は、5年くらい前のEVの状況に基づいて「EVは使えない」と判断してしまっています。

では、中国ではどのように克服をしているのでしょうか。今回は、中国EVで、どのような技術や工夫が行われているのかをご紹介します。

まず初めにEVの販売量について見ておきましょう。年単位の推移を見るのであれば、国際エネルギー機関(IEA)の「Global EV Data Explorer」が便利です。世界各国のEV販売量のデータが閲覧できます。

EVの販売数データ。青はBEV(純EV)、緑はPHEV(プラグインハイブリッド)。左上から右に、世界、中国、EU、米国。出典:Global EV Data Explorer

年単位で見れば、規模の違いはあっても、どの国であっても順調に伸びています。懸念をされているのはEUと米国です。EUは補助金制度が中断をしている国が多いため2024年の販売数については不安視をされています。また、米国はドナルド・トランプ氏が大統領になると、EUが主導するEV戦略には否定的であるため、EVの普及が止まるのではないかと不安視されています。

中国汽車工業協会の統計では、中国の新エネルギー車(EV、PHEVなど)の販売数は順調に伸びています。

補助金や政府の戦略により、山や谷はあるものの、EVが普及傾向にあるのは間違いありません。EUの場合は、2035年までに100%ゼロエミッション(二酸化炭素排出ゼロ)を達成することを目標にしています。ハイブリッドはもちろん、プラグインハイブリッド(PHEV)も販売禁止になります。最近、内燃機関車の販売を認めるようになり、目標を後退させたと言われていますが、この内燃機関車はガソリンやディーゼルではなく、合成燃料などで二酸化炭素を排出しない内燃機関車のことです。水素自動車などが該当をします。つまり、ゼロエミッションというゴールは動かしていません。

EVの欠点を克服していく中国

中国や米国の多くの州では、「ゼロまたは低エミッション車を50%以上」にして、ハイブリッドの販売までは禁止しません。ただし、中国は燃料車は販売禁止、米国は燃料車もOKという違いがあります。これは両国の国土が広く、砂漠のような場所でEVなどのゼロエミッション車を強制すると命に関わるからです。

日本の場合は、ハイブリッドも含めて「電動車」と呼び、ガソリン/ディーゼルなどの燃料車の販売を禁止にします。おそらく今の状況だと、ハイブリッドが7割か8割という状況になるのではないでしょうか。ゼロエミッションを目指すつもりはないようです。日本は、世界でも特異なハイブリッド自動車が主流の国になりそうです。では、EVの欠点を中国はどう克服しているのでしょうか。

1)充電ステーションが少なくて充電できない

中国では約176万カ所の充電ステーションを整備しています。2025年には400万箇所を超える計画です。充電ステーションの数は、とどのつまりはやるかやらないかです。EVを普及させたいのであれば、インフラに先行投資をするしかありません。

中国の大都市では充電ステーションが足りないという問題はほぼ解消されましたが、地方都市で想定以上のEVが普及をし、地方の充電ステーションが足りないという問題が起きています。しかし、数年で解消することになるでしょう。

2)航続距離が短い

これももうほとんどガソリン車と遜色はなくなっています。2024年3月に、スマートフォンなどを開発している小米(シャオミ)の自動車「SU7」( https://www.xiaomiev.com/su7)がいよいよ発表になりました。

標準版の価格は21.59万元(約450万円)です。円安が続いているため高く感じるかもしれませんが、中国では一般的な中堅クラスの乗用車の価格であり、その価格で、ちょっと高級で自動運転に対応したEVが手に入るということで人気になりそうです。

このSU7の航続距離は700kmで、これも中堅EVとしては標準的です。ガソリン車のタンクは50?から60?程度で、実際の燃費は15km/?程度ですから、EVもガソリン車の航続距離にほぼ追いついて――

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知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 』(2024年4月8日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による

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