来月の日銀決定会合で「総括検証」を提示すると約束した日銀。市場ではすでに、国債買い入れ額のレンジ表示、物価目標時期のあいまい化、サプライズ策の見直しなどが予想されています。そこで見逃せないのが、日銀の「客観分析」を阻害する障害が存在し、「検証」およびその開示が制約を受けることです。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2016年8月24日号の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
まじめに総括すれば日銀は金融政策の限界に突き当たる。だが…
合理的な判断を阻む「3つの障害」
日銀の「客観分析」を阻害する障害は、少なくとも3つあります。
1つは、国際金融の中に組み込まれ、日本独自の事情だけで動けないこと、2つに、政府との「アコード」があるように、政府から必ずしも独立ではないこと、そして3つに、「効果がない」とは言えない日銀の「面子」の問題があります。日銀のレーゾンデートル(存在意義)にもかかわります。
第1の障害 西側国際金融資本に逆らえない立場
第1の障害ですが、日銀はもともとロスチャイルドなど欧州金融資本の働きかけのもとに設立されました。中央銀行がなければ戦争ができない、ということで主要国に中央銀行が設立され、実際、それまでよりも大規模で長期間の戦争が可能となりました。日本も、その後に日清、日露の戦争に向かいます。
運悪く、日本は第二次大戦で敗戦国となり、西側国際金融資本にはなかなか逆らえない立場になり、しばしば「実験場」とされるようになりました。
量的緩和もマイナス金利も、国際通貨マフィアの集まりである「G30」などからの圧力による面が否定できません。かつてバーナンキ理事は「株でも不動産でも買えるものは何でも買え」と言い、日銀に思い切った量的緩和を迫りました。
そして今年の2月には、日銀総裁が直前まで国会で否定していた「マイナス金利策」を突然導入しました。世間はこれを日銀の「サプライズ戦略」の一環と言いますが、現実は必ずしもサプライズを狙ったのではなく、日銀内部では否定的であったマイナス金利策を「G30」の場で求められ、やむなく取り入れたものと理解されます。
ECB(欧州中銀)も日銀も、FRBの利上げのための「露払い」として、マイナス金利策を「実験」的にやらされた面があります。かつて日本が原爆の実験場に使われたのと変わりません。
日銀が市場に予見可能なように事前に「対話」を進めても、G30などから突然突き付けられると、結果として「サプライズ」にならざるを得ないわけです。
Next: 日銀は「政府、財務省の一部局」に過ぎず? 第2の障害とは
第2の障害 政府・財務省との主従関係
第2の障害は政府との関係です。20年前の日銀法改正で、形の上では日銀の独立性が高まったことになったのですが、現実は「政府、財務省の一部局」から脱却できていません。
財務省幹部には今でも「金融政策は我々が決めている」と言ってはばからない人がいます。そもそも、日銀の正副総裁はもちろん、審議委員も政府の指名人事となっています。
実際、現在日銀が進めているマイナス金利付きQQEは、「アベノミクス」の重要な部分として位置づけられています。安倍政権が2%の物価目標達成を求めれば、日銀としてもこれを拒めない立場にあります。
そして今、財政金融の協調を求められています。物価目標の取り下げや国債買い入れ額の圧縮を安倍政権が認めるとは思えません。
第3の障害 日銀の面子
そして第3の障害は、日銀の面子です。これが厄介です。
欧米の中央銀行関係者からは、「金融政策だけでは限界がある」との認識が示され、それゆえに構造改革や財政政策も必要と言います。
しかし、日銀はまだ金融政策は有効で、景気も物価も押し上げられると考えています。異次元緩和からすでに3年半が経ちますが、目標達成はまだ見えません。
もともと金融政策には引き締めは効いても、緩和策はなかなか効かない「非対称性」があります。
特に、風がないと凧が揚がらないように、経済に推進力という風が吹いていないと、緩和策も効きません。いったん止まってしまった車は、ブレーキ・ペダルから足を離しても動きません。バブル後の日本は風がやんでしまい、推進力を失いました。
それでも2005年当時のように、日本に風がなくとも、世界に風が吹いていれば、金融緩和による円安で海外需要を手にすることはでき、一時的に景気浮揚もできました。
しかし、昨今のように世界経済にも風がなくなると、円安で需要をとってくることもできません。ここではM.フリードマン先生やバーナンキ流でも凧は揚がりません。
にもかかわらず、国際資本も市場も、日銀が十分な緩和をしていないからデフレになる、として、勝手に日本をデフレとしたうえに、それを日銀のせいにしました。
そこで政府や国際金融資本のメガネにかなった黒田チームをつくり、「異次元緩和」をさせました。大規模に量を拡大すれば、物価も名目GDPを高めることもできる、との考えのもとにです。
そこでは原油安も人口減少も賃金の低下も関係ない、マネタリー・ベースを何拾兆円も増やしさえすればよく、物価は2年で2%に引き上げられる、この異次元緩和だけで十分で、追加策も他の策も必要ないと豪語していました。
Next: 9月会合にあらわれる「日銀のまじめさ、正直さ加減」に注目せよ
9月会合に「日銀のまじめさ、正直さ加減」があらわれる
しかし結果はご存知の通りです。結局、1年半後に「バズーカ追加緩和」を行い、それでもだめでマイナス金利、ETFの増額と、批判していた「逐次投入」となりました。
物価が上がらないのは賃金が低いせいで、賃金が低いのは、原油安で物価が上がらないためと、すべて原油安のせいにしています。原油価格が100ドルの時も賃金は上がらなかったのですが。
その原油価格も一時の30ドル割れから50ドルまで上がってきました。それでも賃金も物価も上がらないでしょう。企業の生産性が低下しているので、賃上げには限界があります。
結局、まじめに「総括検証」すれば、金融政策の限界に突き当たります。しかしそれを認めれば日銀は存続意義を問われ、国際的にも国内でも立場を失うので、容易には認めないでしょう。
来月、日銀がどんな検証結果を報告するのか、そこから日銀のまじめさ、正直さ加減が読み取れそうです。
※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2016年8月24日号の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
『マンさんの経済あらかると』(2016年8月24日号)より
※太字はMONEY VOICE編集部による
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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。