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悲願の上場!JR九州の「東京・大阪殴り込み作戦」は成功するか?=栫井駿介

九州旅客鉄道<9142>(JR九州)が10月25日に新規上場します。これまでに上場したJR各社は順調に株価を伸ばしてきました。公開価格からの株価はJR東日本が2.4倍(1993年上場)、JR西日本が1.8倍(1996年上場)、JR東海が4.9倍(1997年上場)になっています。JR九州はこれらの銘柄に続くことができるのでしょうか。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)

プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。

東証1部新規上場、JR九州の株価が数倍に化ける可能性は?

厳しい経営環境から多角化に成功

JR九州は1987年に国鉄分割民営化により誕生しました。

国鉄民営化では、大都市にドル箱路線を持ち、安定した経営環境が見込めるJR東日本・JR西日本・JR東海の3社については当初から株式上場が計画されていました。

一方で、JR北海道・JR四国・JR九州の三社は「三島会社」と呼ばれ、不採算路線を受け持つお荷物的な存在として切り捨てられたような格好になりました。将来的に株式上場するとされていたものの、多くの人は真に受けていなかったと思います。

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案の定、JR北海道やJR四国は不採算路線を多く抱え、経営環境は苦しくなる一方でした。しかし、逆に気を吐いたのがJR九州です。鉄道路線が不採算なのは民営化当初からわかっていたことであったため、民営化されてすぐにパンの販売に乗り出すなど、積極的に多角化を進めました

外食や小売事業など様々な分野に乗り出しましたが、収益的に最も成功したのは不動産事業です。駅ビルの運営やマンション販売を行い、2011年の新幹線全線開業とも相まって順調に業績を伸ばしました。

(出典)JR九州 株式売出届出目論見書(2016年9月)

その結果、昨年度のEBITDA(償却前営業利益)に占める駅ビル・不動産事業の割合は40%に達し、運輸サービス事業を上回っています。

Next: 昨年度は4,330億円の最終赤字、JR九州が抱える特殊事情とは?



巨額赤字と「経営安定基金」のからくり

業績を見ると、驚くことに昨年度は4,330億円もの最終赤字を計上しています。これから上場する企業としては異常なことです。

実はこの巨大な赤字にはJR九州が抱える特殊な事情が表れています。

JR九州をはじめとする「三島会社」は経営が苦しくなると考えられていたことから、民営化当初より「経営安定基金」という名目で投資運用資金をもらっていました。JR九州は約4,000億円です。そこから生まれる利息で鉄道事業の赤字を補填していたのです。

上場にあたって、このような「おこづかい制度」は終了せざるを得なくなりました。国会審議の結果、この4,000億円は「手切れ金」として、JR九州が使えることになりました。その用途は、JR九州が借りている新幹線路線の貸付料の前払いや、借入金の返済に決定されました。

こうして、本当の意味での「民間会社」として、晴れて上場を迎えることになります。

しかし、経営安定基金が終了したことよって会計上の問題が生じました。これまで鉄道事業は経営安定基金の利息で赤字を穴埋めしていたところ、経営安定基金がなくなると赤字になってしまいます。

会計原則では、事業資産は生み出す利益に応じて再評価するため、JR九州は資産の大部分を占める鉄道資産を「価値のないもの」として減損処理しなければならなかったのです。こうして約5,200億円の特別損失を計上しました。

ただし、この赤字は一過性のものです。1回減損処理してしまえば二度、三度起こることはありません。資産の大部分を減損処理してしまっているため、これから減損が起きる可能性が限りなく低くなっているのです。ここは液晶事業に失敗して複数年度に亘って多額の減損処理を強いられたシャープとは大きく異なります。

しかし、鉄道事業が不採算であることがより明確になったとも言えます。それをどのような事業で補うのかがJR九州の成長のカギを握っています。

Next: 地元での駅ビル開発はもう限界! 東京・大阪進出に賭けるJR九州



屋台骨を支える駅ビル事業

JR九州の成長を支えるのは、これまでもそうであったように不動産事業であり、特に利益に貢献しているのが駅ビルです。

鉄道会社の最大の強みは、駅前あるいは駅そのものという一等地を必ず持っていることです。JR各社はそれを商業施設に改造することで、高い収益をあげてきました。JR東日本であれば「ルミネ」「アトレ」です。

2011年に開業した博多駅の「JR博多シティ」は、福岡中心部の商業地の構図を大きく変えるできごとでした。天神に行っていた買い物客を博多駅に留めることに成功したのです。同じようなことが鹿児島や長崎、大分でも行われました。

また、従来から所有していた宿舎などの土地を中心に、マンションを建設・販売する事業も行っています。九州では絶大な「JR九州ブランド」を活かし、好調な販売となっています。

不動産ビジネスは、いかに土地を安く取得して、その上に付加価値を生むかが成否を分けますが、JR九州は既に「タダで」一等地を持っていたため、そこに駅ビルやマンションを建設してしまえば間違いなく利益を出せたのです。

地元に残された開発余地は少ない

ところが、JR博多シティの開業以降、インパクトのある駅ビルの開発は難しくなってきています。九州経済は福岡への一極集中が進み、有望な駅ビルはあまり残っておらず、現在開発中の熊本駅が終われば開発余地はほとんど残されていません

それならばと、九州にとどまらず東京や大阪へ進出する動きを見せています。東京では新宿や新橋にホテルを建設し、大阪では帝人のビルを取得して跡地にマンションを建てる計画です。

九州と比べると東京や大阪は経済規模が圧倒的に大きく、そこへの進出は自然な流れとも言えます。

しかし、近年の不動産価格は上昇を続けています。今不動産を取得することは、高値づかみになってしまう可能性が否定できません。特にマンション販売は、景気悪化時には売上の停滞と在庫価格の下落という二重苦を味わうリスクの高いビジネスです。

JR九州がそのリスクを覆せるほどの素晴らしいノウハウを持っているのかという問題には疑問符が付きます。競争がゆるく、すでに持っていた土地を開発した地元とは異なり、多くの猛者がしのぎを削る東京・大阪で競争力を発揮できるかどうかは、全くの未知数です。

Next: 現状では割安感なし。JR九州株を買うべきタイミングとは?



成長性は限定的で割安感なし

先に上場したJR3社は上場以降業績を向上させてきましたが、いずれも高い経済力を背景とした駅ビルの開発余地があり、同時に国鉄の負の遺産である債務の削減効果があって達成されました。

また、JR東海は東海道新幹線という圧倒的なドル箱路線を持っていたことが株価を4倍以上に押し上げる原動力となりました。一方、九州の鉄道にそれほどの力はなく、抱えている多くの路線は赤字です。

今期の予想利益から想定されるJR九州のPERは10.9倍と、JR西日本とほぼ同じ水準です。配当性向は30%を目標としていますが、今期は上場からの期間が短いということでその半分に抑えるとしています。成長性や強みを考えても、決して割安と呼べる水準ではありません

※PER、配当利回りは今期会社予想、2016年10月21日時点
PER 配当利回り
JR九州 10.9倍 1.44%
JR東日本 13.6倍 1.41%
JR西日本 11.7倍 2.17%
JR東海 9.4倍 0.75%

会社の規模が大きいので、初値やその後の株価の動きは多くのIPO銘柄とは異なり大きく動く可能性は低いでしょう。上場するからといって、慌てて購入する銘柄ではありません。

もちろん豪華列車の「ななつ星in九州」など革新的な取り組みをしていて、将来がおもしろい会社でもあります。じっくり観察し、割安になったタイミングを見極めるには一考の価値があるでしょう。

つばめ投資顧問は相場変動に左右されない「バリュー株投資」を提唱しています。バリュー株投資についてはこちらのページをご覧ください。記事に関する質問も受け付けています。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年10月22日)

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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。

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