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米大統領選に固唾を呑む市場。ヒラリーでもトランプでも株高・ドル高は続く=矢口新

米大統領選挙は、日本時間11月9日午前8時から開票される。6日になって、コーミーFBI長官は、新たに発見された電子メールの捜査が完了したことを明らかにし、クリントン氏の問題に関して訴追を求めないとした「7月時点の結論に変更はない」と説明した。これで7日以降に出る最終世論調査では、クリントン氏が再びリードを広げると思われる。(『相場はあなたの夢をかなえる ―有料版―』矢口新)

プロフィール:矢口新(やぐちあらた)
1954年和歌山県新宮市生まれ。早稲田大学中退、豪州メルボルン大学卒業。アストリー&ピアス(東京)、野村證券(東京・ニューヨーク)、ソロモン・ブラザーズ(東京)、スイス・ユニオン銀行(東京)、ノムラ・バンク・インターナショナル(ロンドン)にて為替・債券ディーラー、機関投資家セールスとして活躍。現役プロディーラー座右の書として支持され続けるベストセラー『実践・生き残りのディーリング』など著書多数。

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米大統領選は僅差の波乱含み。それでもドル高・株高になる理由

メール問題をクリア、クリントン氏が再びリード

米大統領選挙は、日本時間11月9日午前8時から開票される。最近までの趨勢は、民主党候補のヒラリー・クリントン氏が、共和党候補のドナルド・トランプ氏を基本的にリード、3回行われたTV討論での対決後はその差を大きく広げていた。

しかし、10月末になって、FBIがクリントン氏の個人メールシステム職務使用問題を再調査すると発表したことで、その差を一気に縮めた。

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ワシントン・ポスト紙とABCテレビの世論調査で、1日にはトランプ氏の支持率(人気)が、クリントン氏を1ポイントながら逆転したと報じられたが、6日には3ポイント再逆転と、予断を許さない。9つの世論調査中、6日時点でトランプ氏がリードしているのはLAタイムズとUSCのものだけだ。

6日になって、コミーFBI長官は、新たに発見された電子メールの捜査が完了したことを明らかにし、クリントン氏の問題に関して訴追を求めないとした「7月時点の結論に変更はない」と説明した。これで7日以降に出る最終世論調査では、クリントン氏が再びリードを広げると思われる。

もっとも、米大統領選の投票は各州毎に集計され、その州で1票でも多く獲得した候補者が、その州が持つ全票を獲得できるという勝者総取り(Winner Takes All)システムを採用している。そのルールの下では、クリントン氏の優位は私的メール問題でも揺るがなかった。

とはいえ、白黒(青赤)をはっきりとさせていないスウィングステートのうち、結果を大きく左右されると言われている大票田のフロリダ州の、6日時点のクリントン氏のリードはわずか0.2ポイントだ。

一方、スウィングステートのうちフロリダ州次ぐ大票田のオハイオ州では、4つの世論調査機関のすべてがトランプ氏リードで、平均では3.5ポイント、クリントン氏を引き離している。

ちなみに、これまでの大統領はすべてオハイオ州で勝ってきたことから、トランプ氏がこの州を取ると、ジンクス的には大統領になれる

さて、一連のメール問題を要約すると以下のようになる。

1. ジェームズ・コーミーFBI長官は、クリントン氏が国務長官時代に個人メールシステムを職務に使ったことが、「機密情報の扱い」に違反するかについての捜査を7月に終了、FBIがクリントン氏を訴追しない方針を明らかにしていた。

2. 10月28日になって、捜査に関連する一連の電子メールを新たに発見、メールを読むことを許可する裁判所命令を取得したと議会に伝えた。

FBI職員がアンソニー・ウェイナー元下院議員に対する別の捜査(わいせつなメールを未成年者に送りつけた疑い)で押収したノートパソコンに、65万通に及ぶ電子メールが含まれていた。

その多くは、ウィーナー氏の別居中の妻でクリントン氏側近のフーマ・アベディン氏のアカウントに属するものだった。メールのメタデータ(データに関する属性情報を記述するデータ)は数千通のメッセージがクリントン氏の個人メールサーバーから送受信されたことを示唆していた。

3. 民主党は、投票日が間近に迫っていることで、コーミー長官の行動は明らかな選挙妨害だと訴えている。ハリー・リード上院院内総務は10月30日、政府職員が選挙に影響を及ぼす地位を利用することを禁じた連邦法に違反している可能性があると述べた。

先手を打ったコーミーFBI長官

また、コーミー長官から事前に相談を受けた司法省は、選挙に影響を及ぼしうる、あるいは及ぼすとみなされる行動を禁じる同省の長年の方針に反すると警告していたという。

しかし、コーミー長官は、選挙が終わるまで公表を控え、より大きな批判を受ける可能性に直面するよりも、情報を共有するほうがいいと判断したと見なされている。

Next: 「トランプ大統領誕生」の悪夢を招きかねない最大の懸念とは?



米国人にとっての最大の懸念は「自国政府」

私はトランプ氏の戦い方に、米プロレスでの悪役(ヒール)の姿を重ねて見ている。米プロレスに対し、格闘技としての強弱の決着や、プロレス技の応酬を期待する人たちもいるだろうが、子供番組のような、正義の味方と悪役とのショーとして見る人たちも多くいる。

しかし、観客には大人も多いので、子供番組のように、単に正義の味方を応援しているわけではない。米プロレスでの正義の味方はしばしば、融通の利かない、くそ真面目な、間抜けな役どころとして描かれている。目端の利く悪役は痛快で、その人気も高いのだ。

政治家は元来、正義の味方を気取っている。共和党からの指名争いでは、悪役のダーティな戦いに対抗すれば自分もダーティとなって、今後の(正義の味方としての)政治生命が断たれてしまう。とはいえ、対抗しなければ私生活の暴露などでやられっ放しなので、正義の味方の全員がリングから降りてしまった。

米国人にとっての最大の懸念とは何か、ご存知だろうか?なんと「自国政府」なのだ。911の真相や、イラク、アフガニスタン侵攻の真相、ウィキリークスや、スノーデン氏の暴露などで、一般の米国人が自国政府を疑うようになった。そんなイラク戦争の退役軍人への処遇にも、政府に対する不満が高まっている。

「チェンジ」を訴えかけて大統領になったオバマ氏も、911の首謀者とされたビンラディン氏を裁判にかけずに虐殺したことで、真実の解明に自ら蓋をしてしまった。クリントン氏は、ビンラディン氏の隠れ家で、家族の面前で行われた虐殺シーンの全世界放映に、拍手喝采をした米政府要人の1人だった。

トランプ氏は911の真相や、イラク戦争、プーチン大統領などについても、メディアの報道だけしか信じない人には、途方もないでたらめばかりを並べている。また、正義の味方の嘘を暴くことで、悪役のダーティな生き方を、本音に忠実な生き方だと、こちらは詭弁を弄している。

それでも支持率が伸ばせるのは、米国人の正義の味方への不信感の強さの表れではないのか?こういった背景を知っていると、メール問題再燃での支持率急低下も納得がいく。

もう「正義の味方」はたくさんだ?

ここ10年ほどの間に明らかにされた米国のレイプ頻発問題は、大学キャンパス内でのレイプ、米軍内でのレイプ、教会牧師やボーイスカウトの指導者による子供たちへのレイプなどだ。

また、警察官によるアフリカ系米人射殺が相次ぎ、「黒人の命だって大切だ」との反警察運動が全米レベルで起きている。反対に警察官殺害事件も随所で起きている。本来、最も安全であるべきはずの場所が危険に曝されているのだ。

日本人にとっては、銃器による事件が多い米国で、どうして銃器規制が進まないのかが不思議に思える。しかし、「自国政府」が最大の懸念であり、自分たちに危害を加える恐れがあるのが、街のならず者たちだけでなく、牧師や指導者、軍人、警察官もそうだとすれば、一般国民は銃を手放さない、手放せないのも、理解できなくはない。

そういえば、西部劇でも、西部の開拓民を苦しめるのは、インデアンや牛泥棒たちだけではなかった。正義の味方であるはずの、保安官や、街の有力者がしばしば黒幕だった。自分と自分の家族を守るのは、仲間と銃だけだった。敗戦国となったことがない米国は、そのまま武装解除が行われていないという見方も可能かもしれない。

もちろん、政府への懸念はこうした犯罪だけではない。格差拡大で、古き良きアメリカを支えてきた白人の中産階級が没落しつつあるのだ。一部の経営者たちが巨額の収入を得る一方で、多くの一般人は、医療費暴騰や奨学金ローンなど、常に人生に対する危機感を抱きながら生きていることへの懸念だ。

クリントン氏が反感を持たれているのも、いわゆるエスタブリッシュメントで、正義の味方を演じているからだとも言えるのだ。それで、私的メール問題を再調査するだけでも、支持率の急低下につながるのだ。

Next: クリントンとトランプ、本当に市場フレンドリーなのはどちらか?



両者の主張

今回の大統領選は個人攻撃に終始し、まともな政策論争が少なかったと言われている。

大学教育を受けた白人は伝統的に共和党候補を支持してきた。とはいえ、トランプ氏は伝統やエスタブリッシュメントに「暴言を吐く」ことで支持を伸ばしてきた。トランプ氏は、2012年のミット・ロムニー氏を上回る59%以上の白人票を獲得することが不可欠となっているらしいが、どうだろうか?

一方のクリントン氏側は、2012年の大統領選で投票者全体に占めるアフリカ系米国人の割合は13%で、そのうちの93%がオバマ大統領に投票した。ヒスパニック系が占める割合は10%で、そのうちの71%がオバマ大統領に投票。ミレニアル世代は19%で、そのうち60%がオバマ大統領を支持した。その高率からの減少は避けられないと思うが、どこまで減少を食い止められるかが課題となる。どちらのハードルも高い。

両者の主な主張を要約すると、以下の通りだ。

クリントン氏:

1. 日本や韓国などの同盟国とは防衛協定を結んでおり、それを順守。

2. 富裕層に増税、石油やガスの大企業への優遇税制を撤廃。大規模なインフラ投資を通じて、雇用増を目指す。

3. 米国の雇用や賃金上昇につながらない貿易協定には反対。TPPにもこの基準を適用、今後、細部を詰めるべき。

4. ウォール街に対する規制強化で巨大金融機関の解体も辞さず。

5. 医療保険改革(オバマケア)を守る。

6. 12~15ドルの最低賃金を推進する。

トランプ氏:

1. 対価を支払わない国は守らない。日本が核武装しても構わない。

2. 法人税率35%を他の主要工業国並み、またはそれ以下の15%にまで引き下げる。

3. 国益を保護しない貿易協定は拒絶。TPPは、裕福な者たちが貧しいものたちを抑圧するためのもの。

4. 規制緩和を推進。

5. 医療保険改革(オバマケア)を撤回する。

6. 最低賃金は10ドルになるようサポートする。

また、トランプ氏は現職の連銀議長を攻撃し、連銀の利上げが遅すぎたために、バブルが形成されつつあると批判した。そのことで、トランプ氏が勝てば、イエレン議長は速やかに辞任するとの見方も出ている。

上記1~6を整理してみると、クリントン氏は民主党の伝統に沿った増税、公共投資といった「大きな政府」、言い換えれば社会主義的な政府を目指し、トランプ氏は意外にも共和党の伝統に沿った減税、規制緩和といった「小さな政府」を目指していることが分かる。もっとも、だからこそ共和党内からも、それなりの支持を得てきたと言えるのだが。

Next: トランプは大きなリスク要因。金融界にとって理想の展開とは?



株価続落からの反発

先週の木曜日まで、S&P500株指数は8日間続落し、2008年10月上旬以来のこととなった。つまり、リーマンショック後と同じくらい嫌気された。S&P500株指数は金曜日も下げて、9日続落となり、1980年以降で最長の連続安となった。おかげで、円も買われた。

しかし、コーミーFBI長官発言で、週明けになっての円は売り戻されている。

通常、大統領選の前週には、株式市場は上昇する。1928年以降の、すべての大統領選前週を平均すると、S&P500株指数は1.8%上昇していた。今回の下げ幅は約3%だが、この続落で株価は「トランプ氏勝利」を織り込んだとの見方もある。週明けには買い戻しが入ったが、暴言王のトランプ氏はリスク要因なのだ。

大統領選挙に合わせて議会選挙も行われる予定で、上院では100議席のうち34議席が、下院では435議席すべてが改選となる。改選前の上院は共和党54議席、民主党44議席、無所属が2議席となっている。下院は共和党246議席、民主党188議席、欠員が1だ。

金融界にとっては、共和党が上院と下院の両方で引き続き過半数を維持することがプラスとなる。上院では民主党が改選分で4議席増やすと過半数に達するが、過半数を得ると、エリザベス・ウォレン上院議員のような反銀行強硬派が、銀行や、ヘッジファンド、ファンドマネージャーに対する規制を強化する恐れがあるからだ。

どちらが勝つにせよ、僅差が予想され、市場は来年3月に期限が切れる債務上限の引き上げ措置を懸念している。米国は政府債務の上限を議会が定めているが、2年前には債務上限の引き上げを巡ってオバマ政権と議会が紛糾、デフォルトを回避するため2017年3月までの暫定措置として債務の引き上げにこぎ着けた経緯がある。

従って、来年3月には上限問題が再燃することになるが、妥協が図られる保証はない。

直近の調査では上院は46対46と均衡している。一方の下院は共和党が優勢なものの、トランプ氏の影響で議席を減らす見通しだ。

議会をコントロールするのが共和党で、政府が民主党になると、ねじれ現象となり、法案が通りにくくなる。一方で、政府が共和党でも、共和党議会には反トランプ氏派が多く、やはり法案が通りにくくなると考えられている。

民主党が下院をコントロールする見通しは少ない。いずれにせよ、政府と議会は緊張関係を深めると思われる。一方、それを好感する声も多い。

Next: 米大統領選は波乱含みも、日米ともに「株高・ドル高」へ



米大統領選は波乱含みも、日米ともに「株高・ドル高」へ

S&Pが1980年以降で最長の連続安となったように、米大統領選はクリントン氏で決まりというわけではない。クリントン氏は安定度でははるかに勝るが、それは現状と大差ない政治を行うことを意味する。

一方、政治家としてのトランプ氏は未知数で、事業家としても、人間性にも、疑問符がついている。大統領にふさわしい人物だと見なす人が多いとは思えない。しかし、仮に大統領になれなくても、そういった人物が最後まで米大統領選を争った意味は大きい。

現在の世界最大の懸念は格差問題だ。富が偏在し、一般大衆の購買力が低下することで、消費低迷、デフレが進行している。また、こういった経済問題が政治リスク、地政学的リスクを高めている。

この問題に対処するには、税制改革しかない。税制改革とは、もちろん格差是正につながる方向で、富裕層に重く、一般大衆に軽くするものだ。

日本は法人減税と消費増税を行ったために、一般大衆の購買力が低下し、1997年をピークにマイナス成長となった。結果的に税収も減り、財政が更に悪化した。そして、デフレ環境への対処として、超低金利、マイナス金利政策を採り、かえってデフレを悪化させた。日本の低迷は消費増税から始まった。来年成人を迎える人たちにとって、日本経済は未だ産まれた時のピークを超えられないでいる。

クリントン氏が大統領になれば、選挙公約通りに格差是正の方向に進めるだろうか?格差是正により、一般大衆の購買力を高めることこそが、経済成長にとっても、財政再建にとっても、最も効果的だと認識しているだろうか?変われなければ、日本のようにじり貧となる。

トランプ氏は未知数だ。リスク要因だ。しかし、変わるためには、リスクを取る必要があると感じる人が多ければ、土壇場での逆転もあるかもしれない。

米大統領だけでなく、議会選挙もある。欧州でも選挙シーズンを迎える。ブレグジットもある。原油価格もある。日米欧の金融政策もある。いずれにせよ、金融市場は波乱含みだ。しかし、カネ余り、金利差などの根っこは簡単には揺るがない。基本的にはドル高、米日ともの株高方向だと見ている。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年11月8日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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