マネーボイス メニュー

a katz / Shutterstock.com

なぜ「女の敵」ドナルド・トランプは米新大統領の座をモノにできたのか?

なぜトランプ氏は米大統領選挙で逆転勝利できたのか?クリントン氏は何に敗れたのか?足元で進む株高・ドル高の意味とは?現在の米国社会の問題点を踏まえ分析してみます。(『らぽーる・マガジン』)

※本記事は、『らぽーる・マガジン』 2016年11月14日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

女性問題なんてただの飾りです。偉い人にはそれが分からんのです

「隠れトランプ」支持者

選挙戦後半によく登場していた言葉「隠れトランプ」、どうやら彼らの存在が、事前予想を大きく間違えさせたようです。

隠れ○○…表立って趣味嗜好を公言できない、あるいはファンであることを表明できない事情がある人たちの総称で、対象物があまりにもマニアックだったり、あまりにも嫌われている存在で、ファンであることを公言すれば自分の立場を悪くする時に用いられます。

日本の歴史における、隠れキリシタンと同じ意味の「隠れ」ですね。

【関連】イギリス国民を「EU離脱」に追い込んだ、欧州連合とECBの自業自得=矢口新

今回の大統領選挙戦で特徴的だったのは、バンパーステッカーを見かけなかったことだ…とは、アメリカ在住の方の話です。大統領選挙と同時に行われる上下院議会選挙の看板はたくさん見られたそうです。

では、なぜ人々は、トランプ氏支持を公言できないのでしょう。

それは、「トランプ支持者=人種差別容認」というレッテルが貼られていたからです。トランプ支持者にも、人種差別は良くないと思いながら、それ以上にその他の政策を支持している層がいるでしょう。やはり人種差別主義者と思われるのは嫌なわけです。

確かに、移民者に仕事を奪われている人たちは、移民者への感情を表に出せないまま、本心では快く思っていないところはあるのでしょうが、それを「人種差別」という言葉で括られることは、不都合極まりないのでしょう。

事前予想にも大きな影響

この「隠れトランプ」現象は、事前予想にも大きな影響を与えました。

世論調査でどちらを支持するかを調査する際、あるいは各陣営が戸別訪問をして現状を把握する際に、この「隠れトランプ」の存在が統計を狂わせたのです。

明らかにクリントン支持、トランプ氏支持を表明すれば、そのままカウントできますが、無言、あるいは取材に応じない場合は「拒否」というカテゴリーに入るそうです。ここに多くのトランプ支持者がいたようです。

また、隠れトランプ支持者は回答の際、トランプ支持と表現する変わりに「変革に投票する」と表現していたそうです。これは実にあいまいですね。

まさに「隠れトランプ」と呼ばれる支持者が事前調査を撹乱(別に意図していたわけではないでしょうが)したことが、選挙結果を決定したとも言えるのかもしれません。

ヒラリーの「誤算」

そしてもう1つ、「隠れトランプ」効果は「子ども投票」にも現れました。

アメリカでは、選挙権のない年齢の子どもたちにも模擬投票をしてもらう慣習があります。実に良いことだと思いますが、この子ども投票の結果は、そのまま本選挙の結果を表すと言われてきました。

過去70年間でこのジンクスが崩れたのは2回だけ、しかもそのうちの1回は、民主党ゴア候補と共和党ブッシュ候補との戦いで、事実上引き分けのようなものでしたから、かなりの精度があるといわれていました。

それが今回外れたのです。子ども投票では、クリントン氏圧勝の結果でした。子どもは家で親の会話を聞いているので、親がクリントン支持を話し合っていたら、その子どももクリントン氏に投票する…という流れのはずでした。

つまり、親が家で嘘をついていたか、本当はトランプ支持だと言えないでいたか、あるいは、トランプが好きだけれど現実にはきっとクリントンが勝つ、なんて会話をしていたのか?内容までは定かではありませんが、ともかく、親たちが子どもの前で語っていた言葉と実際の投票行動には、大きな差があったと言えそうです。

この「隠れトランプ」支持者の存在が、今回の選挙における事前調査の精度を狂わし、それがクリントン陣営の行動を鈍らせ、クリントン支持者の投票行動を怠慢にさせたと考えられます。

Next: ブルーカラーを舐めんな!? 女性を敵に回したトランプ圧勝の理由



「マイノリティ化」に恐怖した白人層

まずは、アメリカ独特の問題として人種問題があります。今回は、白人と非白人という対立構造の中でトランプ支持が増幅した側面があります。

アメリカ建国は白人の手によるものです。ヨーロッパでの宗教戦争に敗れた一団が、海を渡ってアメリカ大陸にやってきたわけです。ピューリタン革命(清教徒革命)と呼ばれるもので、常にアメリカのトップは白人であり、プロテスタントであるべきだという思想があります。WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)がそうですね。

彼らは常に、人種差別発言を繰り返してきました。ですから、その存在自体が批判されていた中で、堂々と人種差別を公言するトランプ氏の登場に「俺たちも堂々と人種問題を叫んでもいいんだ…」と沸き立ちました。

トランプ氏は過激発言で、彼ら白人層の熱狂的支持を得ることになりました。オバマ大統領時代はずっと日の目を見なかった白人層が息を吹き返した、そんな感覚だったのではないでしょうか。

アメリカは世界大恐慌以降、移民政策を国是としてきました。かつてはマイノリティーと呼ばれたヒスパニック系やアフリカ系のアメリカ国民が増え、いまや白人層がマイノリティになる恐怖が出てきています。

彼ら白人層が、自分たちの存在意義に危うさを感じていたところで登場したのが、ドナルド・トランプ氏なのです。

白人層からすれば、今後の人口構成上、今回が最後の白人大統領選出の機会だと思っていたでしょうし、黒人大統領に続く女性大統領の誕生も、絶対に阻止したいという思いがあったのではないでしょうか。

前回選挙なら、アメリカ初の女性大統領というのは、強いシンボルとなっていたでしょうが、今となっては女性のトップは当たり前で、真新しさも感じなくなったのでしょう。

「女性蔑視なんて、俺たちの世界では常識さ」

次に移民廃絶発言です。アメリカ中間所得者層には、常に「いい思いをしていない」というあきらめ感が蔓延していました。いわゆる格差です。

メキシコ国境に壁を造る、移民は排除する、アメリカ人の労働機会を奪っているのは移民である等々…トランプ氏は「アメリカの労働を移民が奪う」というシンプルな対立構造を煽ることで、今までグローバリゼーションに埋もれてきた中間所得者層の不満にスポットを浴びせたのです。

オバマ政権の「CHANGE」で何も変わらなかった中間所得者層や若者層には、期待していた分、裏切られた感覚も強く残っていました。

トランプ氏の女性蔑視や人種差別発言といった問題点よりも、今の生活不安を代弁してくれたことのほうが彼らには重かったようで、それが移民排斥の動きに繋がっている感があります。

中間所得者層にとって、今の閉塞しきったアメリカを変えるには大胆なことをしなければだめだ…この思いにより、オバマ政権を継承するクリントン氏に変革は無理だ、との結論に達したのでしょう。

トランプ氏支持者は、彼の女性蔑視発言は過去のものだと断言し、今とは違うと受け入れています。

中間所得者層はブルーカラーが多く、職場ではパワハラまがいのことは日常茶飯事に起こっています。女性蔑視は常にあり、あのような言葉に目くじらをたてているのは、エスタブリッシュメント(支配者)層だけだと言っていました。

この現実が有識者には理解できず、日本のマスコミも、女性蔑視発言のトランプ氏が支持されることを予想できなかったのではないでしょうか。

彼ら中間所得者層は、トランプ氏が大統領になったあとの世界経済や、世界各国との関係が難しくなることなどどうでもいいのです。知ったこっちゃないという感じで、それで今まで「いい思い」をしてきたエスタブリッシュメント層(支配者層)が困れば、それはそれでよいという考えです。

トランプ大統領誕生でマーケットが暴落すれば、高報酬を得ているウォール街の連中に「ざまーみろ」と言えます。この屈折した感情に、今のアメリカが抱える問題の本質、その一端が現れているのではないか…そんなふうに思うのです。

結果、マーケットは一時的に暴落するも、その後大きく回復しているところが皮肉といえば皮肉です。

Next: なぜ「トランプ・ショック」で株高・ドル高が進行しているのか?



トランプ勝利で株高・ドル高が進行している理由

なぜ、トランプ氏の勝利でも株価は暴落せず上がり、ドルは急落せず買われているのでしょうか?

難しい言葉は置いておいて、大まかなイメージで表現しますと、トランプ氏は、オバマ大統領がこれまで行ってきた金融機関への締め付けを取っ払うことを選挙中に言っていたからだと思われます。

金融機関への行動の縛りを取っ払う、銀行と証券の垣根を作り、自分たちが自由に投資できる枠を制限してきたものを自由にするといった感じです。その思惑から銀行株が大きく上昇してきました。

また、国内産業を活性化させると言っていました。石炭などの資源活用インフラ支出拡大を見込み、工業株や素材株も上昇しています。

保護政策を取ることから、国内向け政策に重点をおき、財政出動が拡大すると見られます。

公共事業を増やし、雇用を増やし、そうすることで賃金が上がり、それがインフレにつながり、インフレになればFRBは金利を引き上げるという連想が働き、国債が売られ足元の長期金利が上昇し、金利差でドルが買われるという状況になっています。

勝利宣言の演説を見て、それまでの過激発言が鳴りを潜め、国民に寄り添う姿勢を見せたのも「意外とトランプってまともじゃん…」と好感されたようです。

いまの株価上昇、ドル買い加速の背景は、こんな感じでしょうかね。

「トランプ・ショック」は遅れてやってくる

ここで重要なのは、まだトランプ氏は何もしていないということです。つまり、実際の行動や発言で批判されることは何もないということです。それゆえ、選挙中の政策にまつわる話から、思惑だけでマーケットが動いているということです。

これはアベノミクス初動とまったく同じです。アベノミクス相場では、安倍政権が実際に行動する前に株価が最も上昇し、円安が進みました。思惑でマーケットは動くのです。

アベノミクスも、実際に動いてからは批判が多く、ほころびも露呈してきました。トランプ氏の評価は来年、実際に大統領に就任して動きはじめてから決まるでしょう。やはり、トランプ・リスクはこれからではないかと思われますね――
続きはご購読ください。初月無料です


※本記事は、『らぽーる・マガジン』 2016年11月14日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

【関連】「標的」にされたドイツ銀行。いったい誰が、何のために?=斎藤満

【関連】躊躇なくスパイを送り込む中国の諜報活動~だから日本は勝てない!=北野幸伯

らぽーる・マガジン』(2016年11月14日号)より一部抜粋
※タイトル、本文見出し、太字はMONEY VOICE編集部による

初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

らぽーる・マガジン

[月額330円(税込) 毎週月曜日]
絶対に知るべき重要な情報なのに、テレビなどが取り上げないことで広く知らされていないニュースを掘り起こし、また、報道されてはいるけどその本質がきちんと伝わっていない情報も検証していきます。情報誌は二部構成、一部はマーケット情報、マーケットの裏側で何が動いているのかを検証。二部では、政治や時事問題、いま足元で何が起こっているのかを掘り下げていきます。“脱”情報弱者を求める人、今よりさらに情報リテラシーを高めたい人はぜひお読みください。CFP®資格の投資ジャーナリストが、毎週月曜日にお届けします。

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。