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浅薄すぎる円安・株高ハッピーシナリオ。「危機の兆し」は至るところに=E氏

12月14日、米連邦公開市場委員会(FOMC)は政策金利を引き上げるとともに、来年の金利軌道がこれまでの想定より傾斜がきつくなるとの見方を示しました。これを受けてドルは急進し円が下落したので日本株は大幅高になっていますが、本日はこのFOMCの金融政策に対する考察と今後のマーケットの見通しについて触れたいと思います。(『元ヘッジファンドE氏の投資情報』)

プロフィール:E氏
国内大手生保、ゴールドマン・サックス、当時日本最大のヘッジファンドだったジャパン・アドバイザリーでのファンドマネージャー経験を経て、2006年に自らのヘッジファンドであるINDRA Investmentsを設立し国内外の年金基金や富裕層への投資助言を開始。2006年10月からのファンド開始後はリーマンショックや東日本大震災で、期間中TOPIXは5割程度下落した中で、6年連続のプラス(累積30%)のリターンを達成。運用歴25年超。

現在の市場が酔いしれる「ドル高=リスクオン」の賞味期限は近い

独歩の円安はなぜ起こったか?

まず、今回FFレートを25bps引き上げましたが、年内の25bps利上げは事前から織り込まれていたのでサプライズはありません

例えば、短期金利市場では、11月下旬から「12月の利上げ確度は100%」を織り込んでおり、そのためドル高、世界的な債券安が進行していたのです。

それにも関わらず、FOMC後にマーケットが大きく動いたのは、来年の経済予測及び金利予測を上方修正したためです。

FOMCは3ヶ月に一度、メンバーの見通しを集計したドットポイントを作成しており、今会合はその見通しが出ています。このドットポイントによると、2017年末のFFレートは、前回9月の最頻値が1.125%だったのに対して、今回は1.375%と20bpsほど上昇しています。

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毎回25bpsの利上げがあるとすると、この上方修正分は概ね1回分に相当するために、マーケットは「来年の金利の上昇ペースが早まった」と解釈したのです。

従来、来年の金利見通しに関するFOMC前のマーケットコンセンサスは年間2回でしたが、今回のFOMCを受けマーケットは速やかに3回の利上げを織り込む形となりました。

例えば、2017年12月限のFF金利先物はFOMC後に20bpsほど上昇していますし、5年債利回りも14日だけで14bps上昇しました。従って、来年の金利見通しが予想よりタカ派だった点に関しては、FOMC声明が発表された14日だけで概ね織り込まれたのです。

しかし、為替市場では、15日もドル高が進行し、特に円相場は14日以降独歩とも言える下落になっており、これを受け日本株も大幅高になりました。ユーロも大幅に下落し対ドルで2003年以来の水準まで売られましたが、変動率では主要通貨で円が最大の下落になっています。

FOMCを受けてのこの円の大幅下落は何によって引き起こされたのでしょう?今回のFOMCの決定に、独歩の円安を引き起こす内容があったのでしょうか?この検証を行っていきたいと思います。

ファンダメンタルズでは説明できない

まず、この1ヶ月程度の円相場のおさらいからですが、100円近辺で推移していたドル円相場の潮目が変わったのは米大統領選がきっかけです。

想定外ともいえるトランプ氏が大統領に選ばれたショックで、11月9日には一時101円台まで急伸した円相場は、その後急激に巻き戻しをすることになりました。

トランプショック以降に円安が加速した理由としては、以下の要因が挙げられています。

こういった要因に加え、トランプショック初期は、過度な売り込みに対して、当選直後はトランプ氏が従前から懸念されている以上のネガティブ材料が出すわけでもないので、ショートスクイズが発生したことで誘発されました。

しかし、それだけではコンセンサス米利上げ確度が100%に到達しても円安が進行した理由や、ドル高以上に独歩で円安となった理由は説明できません。

これは後に述べるとして、まず上の「円安が加速した要因」の妥当性について考察して見ましょう。

はじめの日米金利差拡大ですが、一般に言われているのは、トランプ氏が大統領に就任したら、積極的な財政政策によって米国はリフレ状態になる可能性が高いので米金利は更に上がる可能性が高いと思われるので、今後も日米金利差は開くという見通しで円安が進行しているという見方です。

確かにこの見方は一理ありますが、実際はそのようになっていませんし、対ユーロでも円安になった理由は説明できません。

例えば、米大統領選前日の日本10年債は-6.4bpsでしたが、昨日15日には8.3bpsまで上昇しています。9月に日銀政策決定会合で決定された「緩和強化策」では、イールドカーブの正常化のため長期金利のマイナスは是正するも、プラスに転じる場合はゼロ近傍に据え置くように国債買い入れ額を増額する緩和策を講じるというものでした。

しかし、実際は、トランプショック以降の世界的な債券利回り上昇に釣られ日本国債の利回りが急伸し、国債利回りのプラス幅が拡大する中でも日銀は国債買い入れ額の減額を続けました

元々、2014年10末の日銀政策決定会合で決定された第二次黒田バズーガで、年間80兆円の国債買い入れによるマネー供給を行う緩和措置を遂行しており、この年間80兆円という買い入れ規模は今年8月程度までは守られていました。しかし、9月以降はマイナス金利の是正のためという名目で、国債買い入れ額は年間75兆円レベルまで減額していたのです。

長期的に金利が上昇していくのなら9月の決定は緩和に繋がるでしょうが、このように、目先に関しては「テーパリング(緩和縮小)」を開始したのと同じ引き締め効果になっているのです。

つまり、トランプショック以降、日銀は長期金利を固定するアクションは14日まで行っていませんでしたので、米国金利上昇に相当するだけ日米金利差が拡大していくという見方は間違いです。

また、トランプショック以降、日本国債の利回りは15bpsほど上昇しましたが、同期間のドイツ10年債利回りは16bpsの上昇となっているので、利回り上昇だけ見る限りでは、日本円が対ドルでユーロ以上に大幅に売られる理由にはなりません

そして、円安の要因2点目に関しては、先ほど述べたように、日銀は「緩和の強化」と言いながらも短期的には引き締めバイアスになっているため、米国の利上げ加速で日本円だけが金融政策の方向性の違いという理由で独歩に売られる理由にはなりえません。

つまり、一般に言われているファンダメンタルズ的な観点からの円安の説明では、今回の急激な円安は説明が出来ないのです。

Next: 実はさほど儲かっていない?短期筋の円売り仕掛けで起こっていること



短期筋の円売り仕掛けで起こっていること

では、なぜドル高以上に円安が進行したのか?

一番大きな理由は、ヘッジファンドなどの短期筋によるポジション解消と、短期的な売り仕掛けの対象になったという需給要因によるものと考えています。つまり、あくまでも需給要因による大幅変動が「何かファンダメンタルズで構造変化が起きている」という幻想を引き起こしているのに過ぎないのです。

元々短期筋は、主要通貨の中で円はドルに次いでロングの対象でしたが、トランプショック以降急激にロングの解消を急ぎました。

この理由は、ヘッジファンドの決算月11月を控えてロングもショートもポジション解消の方向にあることや、トランプショックで全アセットにショートスクイズ的な動きが生じたため、持ち高ロングだった円は(上で説明したファンダメンタルズによる屁理屈も可能なので)格好の売り対象になった可能性が高いです。

この短期筋によるロング解消のための円売りは11月下旬まで続きました。つまり、101円からの急激な円安は、一見すると仕掛けた筋が大儲けしたかのように見えますが、少なくとも短期筋に関しては112~113円台までは自らのロングを処分していたので、儲けたどころか大損しながら売り叩いていたのです。

この持ち高解消のための円の叩き売りは11月下旬で終了したため独歩の円安は終焉するかと思われましたが、予想に反し12月以降も円は他通貨よりも弱含むこととなりました。それは、短期筋がロングを解消しただけでなく、そのままドテンでショートを積み増し始めたからです。

一転して円ショートを増やした理由は定かではありませんが、同じ時期に原油のロングが急増し、ゴールドやシルバーなど安全資産とされるアセットのショートが増えていることから、持続的な上昇相場に入ったと判断して、リスクオンアセットのロング/リスクオフアセットのショートのポジションを構築し始めた可能性が高いです。その過程で、安全資産として認識される円のショートを作り始めたのでしょう。

しかし、もしこれが事実とすると、次のような疑問が浮かぶでしょう。

ドル高はリスクオンなのか?

これに対する決まった答えはありませんが、過去は決してそうではなく、それにも関わらずマーケットがドル高/リスクオンをエンジョイしているところに今のマーケットの異常性があると考えています。

利上げ確度の前倒しなどでドルが強くなるということは、米国が利上げに耐えられる経済だと考える事も出来るし、また輸出主導型の先進国においては自国通貨安になるので、米国や日本を始めとする先進国は一般的にはドル高でリスクオンになり易いといえます。

しかし、この期待が過去長く続かなかったのは、ドル高で新興国通貨安やコモディティ安をもたらすために、新興国経済危機などを誘発しやすいためです。

過去のケースでは、先進国がリスクオンを謳歌していても新興国からのリスクオフが波及する形で世界全体がリスクオフに転じることが多々ありました。

Next: リスクオンに酔いしれるうち、一転円高・株安になる



リスクオンに酔いしれるうち、一転円高・株安になる

具体的に見てみましょう。リーマンショック以降、米FRBが引き締め決定をしたのは、2013年12月FOMCでのテーパリング(緩和縮小)開始決定、2015年12月FOMCでのゼロ金利解除決定に続き今回で三度目です。

まず、2013年12月のFOMC後、マーケットは「テーパリング(緩和縮小)が出来るほど力強い経済」に酔いしれて米国や日本ではリスクオンが続きました。

しかし、ドルの大幅上昇にともない、ドル建財務が多い新興国主体にデフォルト懸念が高まりました。アルゼンチンのデフォルト懸念をきっかけに、2014年に入るとトルコ、南アなどのフラジャイル5諸国などの新興国から一斉にマネーが引き揚げられることになり、2014年1月の新興国通貨危機が起きたのです。

この間のドルはというと、FOMC前後であまり大きな動きはなく、年明け後の世界的なリスクオフから緩やかに上昇をし始めました。しかし、安全資産需要のニーズがより強い円の上昇ペースが早かったため、対ドルの円相場は利上げ決定後1週間は下落しましたが、その後(特に新興国危機以降)は円高が進行してしまったのです。

当然、日本株も円高と新興国危機を嫌気して急落したのは言うまでもありません。

次の引き締めである昨年12月FOMCでの初回利上げ時の米国株は、直後は利上げに耐えられる経済を好感して上昇したものの、翌日のマーケット以降は軟調になっています。好調の持続性が短かったのは、昨年10月以降、利上げ時期後退を囃した過度にリスクオンなマーケットが続いたことで11月後半以降は買い疲れ感が出ていたためでしょう。

結果、米国株は年内弱含みのもみ合いで、年明けからは米国利上げに耐えかねた中国の元切り下げを契機とする上海株暴落を嫌気して世界的な株価急落となりました。

この間のドルはやはり利上げを好感して、上海ショック後も上昇し続けていますが、円相場は一転して急上昇しています。

つまり、昨年12月の初回利上げ時の円のボトムはFOMCでの利上げ決定直後の上ヒゲだけで、以降は緩やかに円高になり、年明け後は安全資産逃避需要から急激な円高になったのです。

このように、米国の利上げによるドル高が米国や日本にとってポジティブという浮かれた見方をしてリスクオンに酔いしれているうちに、ドル高で経済危機になる新興国発のリスクオフに足元をすくわれて、一転円高・株安になるというのが過去の引き締め時のケースです。

では、今回はどうでしょう?

米国株はFOMC直後こそ下落したものの、昨日のマーケットでは力強くリカバリーしていますし、ドルは両日ともに強い米経済を謳歌する形で上昇しています。

しかし、その一方で、中国元やトルコリラなど新興国通貨の多くはリーマンショック以降の最安値に沈み、外貨準備が急減していますので、いつ新興国危機が勃発してもおかしくありません。

Next: いつクラッシュが起きてもおかしくない、危険すぎるチキンレース



危険すぎるチキンレース

つまり、今の状況は、2013年12月のテーパリング(緩和縮小)決定時昨年12月の初回利上げ決定時の直後の陶酔(ユーフォリア)状態となんら代わりがないのです。

世界が先進国だけで動いていれば何も問題なくリスクオンを享受し続けることができるでしょうが、ドル建債務が巨額の新興国にとってドル高は黙っていても借金が日に日に膨らんでいく地獄なのです。

新興国発のリスクオフがいつ起きるかは誰にも予測できませんが、既に中国は10月から外貨準備取り崩しによる米国債売却を急増させていますし、ベネズエラ通過暴落など、「危機の兆し」はいたるところに出てきています。

明日にでも新興国危機が起きるのか、今回も年明けからのショックとなるのか、それとも数ヶ月延命できるのか判りませんが、いずれにしてもドル高による危機はいつ表面化してもおかしくない状況になっています。

このような中で、米国の来年の利上げ予測上方修正とそれによるドル高期待だけで円安株高を予測するのは極めて底が浅い見方といえるでしょう。

そもそも、トランプショック以降、マーケットの予見機能は完全に崩壊しています。リスク資産であればリスクトリガーを先取りする形でイベント前からリスクオフになるのが通常ですが、今回は目の前に断崖絶壁が見えているのに突き進むチキンレースのように、予見機能が働かない状況が続いています。

それ故のドル高/円安ハッピーシナリオなのでしょうが、米金利が上昇してドルが上昇すると、ただでさえドル建債務が多い新興国のデフォルトリスクが飛躍的に高まるという当然の帰結すら予測せずに突き進むマーケットは、異常なオーバーシュートに気付いていながらも、持たざるリスク対策で持ち続けるチキンレースをしているとしか思えません。

既に来年3回の利上げを織り込んだのに突き進むドル高と、リスクオンが永続する前提で円売りを仕掛ける短期筋による急激な円安は、このように一旦リスクが顕在化すると一気に巻き戻されるリスクを孕んでいるといえます。

今、円を売り仕掛けしている短期筋は「短期筋」というだけあって、リスクが顕在化したときは即座に買い仕掛けに転じるでしょう。ナンピンを入れるなんて絶対にしません。

ドル高の影響が顕在化するXデーが判らない以上、このようなチキンレースに付き合うのは危険だと私は考えています。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年12月18日)

※太字はMONEY VOICE編集部による

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