マネーボイス メニュー

360b | Evan El-Amin | Drop of Light / Shutterstock, Inc.

投資家が警戒する「第2のプラザ合意」と超円高を日本が回避する方法=矢口新

今、巷で「第2のプラザ合意」の可能性が取り沙汰されている。しかし、日米貿易協定の中に、通貨安誘導に関する為替条項を盛り込んだところで、効果的な円高誘導は難しい。超円高は杞憂に終わるのではないか。もっとも、トランプ大統領に恐れをなして、財務省・日銀が大量の円買い介入を行うことがなければだが――(『相場はあなたの夢をかなえる ―有料版―』矢口新)

プロフィール:矢口新(やぐちあらた)
1954年和歌山県新宮市生まれ。早稲田大学中退、豪州メルボルン大学卒業。アストリー&ピアス(東京)、野村證券(東京・ニューヨーク)、ソロモン・ブラザーズ(東京)、スイス・ユニオン銀行(東京)、ノムラ・バンク・インターナショナル(ロンドン)にて為替・債券ディーラー、機関投資家セールスとして活躍。現役プロディーラー座右の書として支持され続けるベストセラー『実践・生き残りのディーリング』など著書多数。

※矢口新氏のメルマガ『相場はあなたの夢をかなえる ―有料版―』好評配信中!ご興味を持たれた方はぜひこの機会に初月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

超円高回避の条件、それは日本の「自国第一主義」に賭かっている

予想通りと想定外

米トランプ大統領は、1月20日の就任後1週間余りで、2桁に迫る大統領令に署名した。その内容は市場の予想通りでもあり、予想を裏切るものでもあった。

予想通りというのは、大統領選の期間を通じて主張してきたことと、概ね同じ線上の「常識外れの」政策であったこと。予想を裏切るというのは、トランプ大統領による主要閣僚の指名が概ね「常識的」であったことから、政策もまた常識的になるとの思惑が高まっていたからだ。

特筆すべきところは、オバマケア撤廃を含め、前政権が行ってきたことを、ことごとく否定したことだ。そして、これまでの主張通り、保護主義的な政策を前面に押し出してきた。

TPPからの正式離脱、入国審査の厳格化、中東・北アフリカのイスラム7カ国出身者に対する当面の米国入国制限、難民受け入れ停止、メキシコとの国境に「壁」を建設、などなどだ。

「通貨安誘導に対し極めて強い制限を導入」

また、海外展開を志向していた米製造業に国内回帰を促し、他国の企業に米国内での雇用につながる米国投資を要請した。一部の国からの輸入品には高関税を課するとも述べている。

26日には、共和党上下両院の集会で演説し、諸外国との今後の通商交渉には「通貨安誘導に対し極めて強い制限を導入していく」と表明した。米が離脱を決めたTPP参加国との貿易協定に対しても、1対1の2国間での協定を構築していくと強調した。

こうした協定の中に、通貨安誘導に関する為替条項を盛り込むとみられている。

27日には英メイ首相と会談し、「英国がEUを離脱すれば他国に干渉されずに、米英2国間で自由貿易協定を結べるようになる」と、英国の決断を支持した。

米自動車業界などは、「通貨安誘導の対策が不十分」として、TPPに反対してきた。日本に対しては、主に自動車分野の貿易不均衡を問題視しているが、2月10日で調整している日米首脳会談でも通商問題が議題になり、ドル円レートに言及する可能性がある。

為替介入などの通貨安誘導に対しては、関税引き上げなどの制裁措置がとれる仕組みの導入を検討しているとされる。また、米側が貿易赤字を抱える日本などからの輸入品には、20%の税金を掛けることを検討しているとされた。

1985年「プラザ合意」の背景

1985年9月22日、先進5カ国(G5)の蔵相、中央銀行総裁たちは、ニューヨークのプラザホテルに集まり、為替レートの安定化を決めた。これを、会合を持った場所にちなんで、プラザ合意と呼ぶ。ちなみに、当時の先進5カ国とは、日米英独仏だ。

とはいえ、為替レートの安定化とは名ばかりで、ドル高是正、言葉を換えれば、米ドルの通貨安政策に他の4カ国が従ったものだった。ここでは「国際協調主義」の名のもとに「米国第一主義」が貫かれた

Next: 今回は日本に有利?1985年との違いと「第2のプラザ合意」の行方



なぜ1985年の「プラザ合意」で円高が進行したのか?

当時の米国はインフレ抑制のための高金利政策を採っており、ドル高も米国の都合だった。その結果、民間投資が抑制され、貿易、財政の双子の赤字が膨らんでいた。日本は自ら通貨安政策を採っていたわけではないが、360円から300円に、1985年当時は240円ほどと、通貨安のメリットを受け、貿易黒字も空前の規模に膨らんでいた。

日本の貿易黒字は実需の円買いを生み、円高トレンドの根っこをつくる。大きな流れとしては、日本は2011年まで貿易黒字を続け、根っこの円高トレンドも続いていた。大震災で燃料輸入が急増し、貿易赤字に転じたことと、急速な円安に向かったことは、偶然の一致ではない。つまり、1985年当時のドル円は、当局の一押しで、急速なドル安円高に向かう下地があったのだ。

今回は日本に有利?「第2のプラザ合意」の行方

では、「第2のプラザ合意」はあるのか?

米国第一主義」「2国間での貿易協定」に、多国間での合意はいらない。「国際協調主義」であろうが、「合意」があろうが、国連、IMF、BIS、EUなどの歴史が教えてくれるのは、日本などの政治小国の意見は無視されるということだ。

この時、「国際協調主義」では「理念が優先」されるので、小国は建前だけで押し切られる。

では、「2国間での貿易協定」ならばどうか?こちらでは、小国は本音で押し切られる恐れがある。しかし、本音の場合は、国際政治と違って、発言力だけで押し切られることはない。実利の重みが増すからだ。

その意味では、これまで、建前は「国際協調主義」だが、本音は当然の如く「米国第一主義」だった米国が、「国際協調主義」を捨てたことで、日本など政治小国はやりやすくなったのではないか?

米国がなぜ「国際協調主義」という建前を捨てたか?建前に巣くう「国際エリート官僚」たちが、米国政府を凌ぐ力を持ち始めたからかもしれない。現実に、彼らは欧州各国政府を凌ぐ力を持っている。

大統領令に見られる通り、トランプ大統領は手強い。議会も共和党なので、政策も前政権より運営しやすいと思われる。しかし、これまでよりも交渉相手がはっきりしており、また、本音で渡り合える可能性が高まった。

日本の政治家たちも、政治家としての能力を発揮する機会が増えたと言えるだろう。

Next: トランプの「米国第一主義」を恐れる必要がない本当の理由とは?



「自国第一主義」を過剰に恐れる必要はない

トランプ大統領が就任演説で最も強調したのが「米国第一主義」だ。そのことを、「ポピュリズム(大衆迎合主義)」と非難するのが、メディアの論調だ。同じように、EUを離脱し、今後の英国の政策は英国自身で決めるとしたブレグジットも「ポピュリズム」と非難された。

確かに、大統領令にみるトランプ大統領は協調性に欠け、自国のことばかり考えているように見受けられる。この面で、トランプ大統領を擁護するのは、米国民でもない限り、難しい。

とはいえ、民主主義の国では、どこの国でも政治家は国民によって選ばれる。そして、どの国の国民も、自国の政治家には「自国第一主義」でいて貰いたいと願っている。誰が、日本の政治家に「米国第一主義」や「中国第一主義」などを望むだろうか?

もっとも、「自国第一主義」の対義語は「他国第一主義」ではない。ここでの対義語は「国際協調主義」だ。また、「大衆迎合主義」の事実上の対義語は「エリート官僚主義」、あるいは「理念優先主義」だ。

名ばかりの「国際協調主義」こそ諸悪の根源

現在の世界で「エリート官僚主義」、あるいは「理念優先主義」が最も顕著なのが、EUだ。特にユーロ圏では、通貨金融政策を決めるのは、各国の中央銀行ではなくECBだ。また、ユーロ圏では、将来の国家統合の理念のもと、財政収支の健全化を強く求めている。

つまり、経済政策の2本柱である、通貨金融政策と財政政策の実権を、各国政府ではなく、EU政府が握っている。しかし、EU政府は各国の国民が直接選んだ政府ではない。国際機関を例に挙げれば、日本の一般国民が、国連事務総長やIMFの専務理事の選挙に関与できないのと同様だ。

「エリート官僚主義」や「理念優先主義」は、平時には機能するかも知れない。ところが、2007年に米国発で起きたサブプライムショックと呼ばれる住宅バブルの崩壊、その余波で起きた2008年のリーマンショックにより、各国の財政収支は急速に悪化した。ユーロ圏での財政赤字の許容幅はGDP比3%なので、ユーロ圏の諸国は、不況時に緊縮財政を強いられた

不況時の緊縮財政は、景気をさらに悪化させる。ユーロ圏の諸国でも、各国の首長は自国民に選ばれているので、「自国第一主義」とばかり、緊縮財政には消極的だった。その結果、ドイツを除く主要国の首長はすべて解任され、その後の選挙で選ばれたEU政府に忠実な首長が、緊縮財政を受け入れた

以下のグラフに見るように、イタリアの財政赤字はGDP比5%ほどで踏みとどまっている。

ところが、アイルランドの財政赤字は2010年にGDP比32.1%にも拡大した。許容幅を10倍も上回ったのだ。アイルランドでも、首長の入れ替えはあったのだが、代わった首長も、EU主導の緊縮財政を受け入れなかったことが見て取れる。つまり、国際協調主義を捨て、自国第一主義を取った。アイルランドはユーロ政府の「エリート官僚主義」、あるいは欧州統合の「理念優先主義」を捨て、「大衆迎合主義」を選んだのだ。

その結果が2015年の実質GDP成長率が前年比26.3%増という、突出した高成長につながった。アイルランドの法人税率は世界各国から叩かれているが、それではイタリアのように緊縮財政に従って、超低成長であれば良かったのだろうか?

GDP成長率というと、もう1つ大衆には実感が湧かないかも知れないが、失業率は極めて身近だ。イタリアの失業率は2012年に2桁台となり、2015年でも11.9%に留まっている。一方のアイルランドは、2012年に14.7%まで上昇したものの、2015年には9.4%にまで低下した。

ポピュリズムではなく「生活防衛の知恵」

こうして見ると、大衆が「自国第一主義」の政治家を支持することは、無知でも、騙されているわけでもなく、生活防衛のためには不可欠な知恵だと見なすこともできる。

ギリシャは2016年に基礎的財政収支がGDP比2%の黒字になったと発表した。一方、アイルランドは2017年中に黒字化するとしている。共に、財政健全化という点では優等生だが、ギリシャはユーロ政府主導の緊縮財政により達成し、アイルランドは自国優先の財政出動により達成した。どちらの政府が自国民にメリットがあるかは、失業率の数値を見れば明らかだ。

ここでは、誰がユーロ圏の経済政策により恩恵を受けてきたかは触れないが、興味のある方は以下のマネーボイス記事をご覧頂きたい。
イギリス国民を「EU離脱」に追い込んだ、欧州連合とECBの自業自得=矢口新

国際機関が行うこと、正しくは「国際エリート官僚」たちが行うことは、しばしば意味不明なのだ。

Next: 米国による極端な円高誘導は困難、あとは日本次第!



理念や建前が抑圧してきた「本音」の復権

例えば、1990年代に導入されたBIS規制は、グローバル・ビジネスを行う銀行の健全化が目的とされていた。ところが、当時はいくつもあった金融機関のトリプルAが消滅したどころか、優良とされていた銀行が多く破綻し、多くが吸収合併し、健全と目されるところがほぼなくなった。

見方によれば、BIS規制があったからこそ、ドイツ銀行でも(当時はトリプルAだったが)生き残れていると主張することは可能だ。仮に、BIS規制がなければ、日本にはもはやメガバンクなどなかったのだろうか?

とはいえ、基本的には世界経済が拡大してきた中で、健全な銀行がほとんどなくなったのは何故か?BIS規制こそが、銀行の健全化を阻害してきた可能性はないのか?

しかし、ここでの最も大きな問題は、BISの決定が民主主義的、あるいは市場経済的に株主などの監視のもとに行われているのかということだ。

「エリート官僚主義」や「理念優先主義」のもとで起きたのは、結局は、貧富格差の異常な拡大だ。今や富豪トップ8人が、地球の全人口の下位半数の資産を所有している。2007年以降は国家間の格差も拡大した。国際エリート官僚たちは、いったい誰のために尽くしてきたのか?

それでも、「エリート官僚主義」や「理念優先主義」のもとで地位を高めた人たちもいる。理念や建前は、しばしば実体や本音を覆い隠す。ここ数十年間で報われた人たちが、反トランプ大統領であり、反ブレグジットであるのは、これもまた自然なことなのだ。

米国による極端な円高誘導は困難、あとは日本次第!

円に関すれば、日本の貿易収支は再び黒字化したが、米国が保護主義政策を採ると、異常には偏らない。このことは、実需が円買いに大きく偏ることはないことを示唆している。また、米国金利の上昇傾向が動かないとすれば、日米金利差は拡大し、資本面での円売り需要が高まる

つまり、日米の貿易協定の中に、通貨安誘導に関する為替条項を盛り込んだところで、効果的な円高誘導は難しい。超円高は杞憂に終わるのではないか。もっとも、トランプ大統領に恐れをなして、財務省・日銀が大量の円買い介入を行うことがなければだが。

日本の政治家、当局が「自国第一主義」を採ってくれれば、円安・日本株高は自然な流れかと思う。米株も、「米国第一主義」のもと、しばらくは上昇トレンドを維持できると見ている。


<初月無料購読ですぐ読める! 1月配信済みバックナンバー>

・現地に行ったからといって、それだけで、分かるものではない(1/30)
・繰り返しを厭わない(1/30)
・アイルランドに学べ(1/26)
・分散投資と銘柄入れ替え(1/25)
・Q&A:トレードの仕事の両立(1/24)
・トランプ大統領とポピュリズム(1/23)
・短期トレードの利点(1/23)
・2017年の見通し-6(1/19)
・2017年の見通し-5(1/19)
・2017年の見通し-4 補足(1/17)
・2017年の見通し-4(1/16)
・2017年の見通し-3(1/16)
・2017年の見通し-2(1/12)
・2017年の見通し(1/11)
・Q&A:レンジ売買と、山越え確認、谷越え確認(1/10)
・Q&A:スウィングでも、イベント前にポジションを閉じる?(1/10)
・続くカネ余り(1/4)
・トランプ次期米大統領の米国優先は、米国政治の伝統!(1/4)

※矢口新氏のメルマガ『相場はあなたの夢をかなえる ―有料版―』好評配信中!ご興味を持たれた方はぜひこの機会に初月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

【関連】トランプの「口先介入」でドル円急落、戻り売り目線で対応すべき局面に=今市太郎

【関連】消費税は廃止しかない。財務省データで暴く財務官僚「亡国の過ち」=矢口新

【関連】荒れる2017年相場のキーワードは「カネ余り」その矛先はどこへ向くか?=矢口新

本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年1月31日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

相場はあなたの夢をかなえる ―有料版―

[月額880円(税込) 毎週月曜日(祝祭日・年末年始を除く)]
ご好評のメルマガ「相場はあなたの夢をかなえる」に、フォローアップで市場の動きを知る ―有料版― が登場。本文は毎週月曜日の寄り付き前。無料のフォローアップは週3,4回、ホットなトピックについて、より忌憚のない本音を語る。「生き残りのディーリング」の著者の相場解説!

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。