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リクルートはGoogleを倒せるか?「仕事探しはIndeed」のCMから分かること=栫井駿介

斎藤工さんと泉里香さんが出演する「Indeed」のCMを、最近テレビやネットでよく見かけます。美男美女の組合せに思わずうっとりしてしまいますが、肝心の内容は詳しく説明されません。実はリクルートが運営する求人情報サイトであり、人材業界を大きく動かす可能性を秘めたサービスなのです。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)

プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。

いまリクルート株は買いなのか? CM連発「Indeed」が成長の鍵

リクルートHDの株価は公開価格の2.5倍

リクルートホールディングス<6098>は、住宅情報の「スーモ」や結婚情報の「ゼクシィ」、飲食店情報の「ホットペッパー」をはじめとするフリーペーパー・サイト、および「リクルートスタッフィング」などの人材派遣事業を展開する会社です。

もともと大学新聞の求人広告代理店として発足し、上記のようなメディアを通じて事業分野を拡大させてきました。積極的な営業姿勢でも知られ、出身者からは多くの起業家を排出していることも有名です。「元リクルート」の看板はブランドにもなっています。

同社が上場したのは3年前の2014年です。それまでも十分な知名度を誇り「巨大未上場企業」として有名でしたが、リクルートコスモス株を巡る贈収賄事件(いわゆる「リクルート事件」)で創業者の江副浩正氏が有罪判決を受けたこともあり、長らく株式市場から遠ざかっていました。

上場を転機に、同社は一気に世界的な拡大戦略に舵を切ります。上場の前後には米国・欧州・豪州で次々に人材派遣会社を買収し、規模の拡大を目指しました。人口が減少する国内事業での成長は難しいと考えた結論です。

その後、買収効果や景気拡大、世界的な人手不足も追い風となり、売上高は右肩上がりに拡大しました。業績の拡大に伴い株価も大きく上昇し、公開価格からの上昇率は2.5倍にのぼります。

リクルートホールディングス <6098> 週足(SBI証券提供)

相次ぐ海外人材派遣会社買収のツケ

しかし、売上高の拡大に対して利益は伸びていません。その理由は海外人材派遣会社の買収にあると考えます。

人材派遣は、競合他社との差別化が難しい事業です。クライアント企業は派遣会社を天秤にかけて比較するため、価格競争は免れません。そのため、どうしても利益率は低くなってしまうのです。リクルートHDにおいても、人材派遣事業は売上高の過半を占めるにもかかわらず、償却前営業利益では全体の25%程度にすぎません。

買収に伴う「のれん」の償却も大きな負担となっています。「のれん」とは、企業を買った価格の簿価を上回る部分で、日本の会計基準では毎年一定割合ずつ費用に計上されます。リクルートの「のれん」は相次ぐ買収により2,800億円にも膨らみ、利益を圧迫しました。

リクルートHDは今年度より国際会計基準(IFRS)を導入しました。国際会計基準では、「のれん」を毎年償却する必要はなく、会計上の費用を大幅に削減することができます。これにより、今期の見かけ上の利益は大きく増加する見通しです。

しかし、多額の「のれん」は大きなリスクをはらみます。買収した会社に払った金額に相当する価値がないと判断されれば、ある日突然巨額の損失を計上することになります。記憶に新しいところでは、日本郵政が買収した豪物流企業の「のれん」減損により約4,000億円の損失を計上しました。

低収益性と「のれん」減損リスクを考えると、海外人材派遣会社の買収は必ずしもリクルートの成長を牽引するものではないと考えます。まだ利益の大半は国内事業によるものであり、上場時に描いたグローバルでの拡大戦略はまだ1合目にたどり着いたにすぎません。

Next: 「仕事/バイト探しはIndeed」のCMを頻繁に目にする理由とは?



「仕事/バイト探しはIndeed」のCMを頻繁に目にする理由

いまだ成果が出ているとは言い難い海外人材派遣事業に対し、大きな可能性を見せているのが冒頭でも触れた「Indeed」事業です。

「Indeed」は簡単に言うと求人情報サイトですが、仕組みは従来のものと大きく異なっています。従来の求人情報サイトは担当者がクライアント企業と交渉し、それぞれの求人情報を掲載していました。一方でIndeedのような「アグリゲート型求人情報専門検索サイト」では、インターネット上に掲載されている求人情報を根こそぎ拾い上げて検索データベース化します。いわば「求人情報のGoogle」です。

Indeedはもともとアメリカの会社で、2012年にリクルートが買収しました。そのため、今でも事業の中心はアメリカです。その会社が今、ものすごい速さで成長しています。2016年の売上高成長率は62%に達し、2017年に入ってもその勢いを維持しています。

出典:リクルートホールディングス 2017年3月期決算説明資料

Indeedの素晴らしいところは、人材派遣事業と異なり利益率が高いことです。働いているのは人ではなくコンピュータであり、追加的な費用はほとんどかかりません。検索のアルゴリズムを高度化させるほど使いやすくなり、Indeedを利用する求職者はどんどん増えていくでしょう。同サイトの月間利用者数は、全世界ですでに2億人にのぼります。

もちろん、競合がいないわけではありません。最大のライバルは検索の本家本元であるGoogleでしょう。2017年6月には類似サービスである「Google for Jobs」を公開しました。後発であるものの強力な相手であり、両者は今後し烈な争いを繰り広げることになるでしょう。

最近テレビやインターネットで頻繁に目にする「仕事/バイト探しはIndeed」のCMも、競争を少しでも有利に進めたい思惑があると考えられます。リクルートの元来の強みは「誰でも思いつくことを誰よりも速くやる」ことですが、それをインターネット上で、かつ世界単位でやろうとしているのです。

Next: リクルートの成長性は「PER36倍」を正当化するか?



リクルートの成長性は「PER36倍」を正当化するか?

上場以来、上昇を続けてきたリクルートHDの株価ですが、今でも買いと言えるのでしょうか。

同社のPERは36倍と、東証1部平均の16倍と比較するとかなり割高な水準と言わざるを得ません。この株価を正当化するためには、かなり高い水準の成長を成し遂げる必要があります。

当面の成長を牽引するのはIndeed事業でしょう。世界的な人手不足もあり、求人がなくなるのは考えにくいことです。Googleや他の競合相手との競争に打ち勝ち圧倒的なシェアを取れるようなら、現在10%程度にすぎないグループ全体への利益貢献度が大きく上昇し、同社の利益体質が様変わりする可能性があります。

国内のメディア事業から生み出される多額のキャッシュを海外買収に振り向けることで成長することも考えられます。Indeedの買収は、現在のところその最大の成功事例と言えます。有利子負債を上回る現金を保有し、買収意欲はまだまだ旺盛です。

一方で、買収には大きなリスクも伴います。株式市場が高騰し、企業を買収するための金額も膨れ上がっています。高い価格で買収を行ってしまうと、数年後に「のれんの減損」という形で多額の損失を計上してしまう可能性もあります。

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もっとも、財務状況には余裕があり、国内事業は堅調であるためそれだけで窮地に陥る可能性は低いと言えます。致命的でない損失により株価が大幅に値下がりした場合は、バリュー株投資家に取って買いの好機となる可能性があるのです。

IndeedのCMを見たら、泉里香にうっとりするだけではなく、リクルートの成長性にも思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

image by:YouTube

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年11月16日)

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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。

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