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2018年夏上陸「日本版グラミン銀行」はサラ金とこの国の貧困に勝てるか?=田中優

今、設立の準備が進められている「日本版グラミン銀行」は、バングラデシュのグラミン銀行と同様の仕組みで小口の融資を行い、お金に困っている人々の生活や自立を支援するものだ。私はこの試みにエールを送りたい。ぜひ実現してほしいと思う。しかしそのためには、日本の特殊な状況を乗り越える必要がある。(『田中優の‘持続する志’(有料・活動支援版)』)

プロフィール:田中優(たなか ゆう)
「未来バンク事業組合」理事長、「日本国際ボランティアセンター」理事、「ap bank」監事、「一般社団 天然住宅」共同代表。横浜市立大学、恵泉女学園大学の非常勤講師。著書(共著含む)に『未来のあたりまえシリーズ1ー電気は自給があたりまえ オフグリッドで原発のいらない暮らしへー』(合同出版)『放射能下の日本で暮らすには?』(筑摩書房)『子どもたちの未来を創るエネルギー』『地宝論』(子どもの未来社)ほか多数。

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「日本の貧困」をマイクロファイナンスで克服するための条件

「グラミン銀行」とは?

グラミン銀行を知っているだろうか。バングラデシュで土地なし農民など貧しい人たちに融資し、生活を向上させ、多くの人に未来の可能性を切り開いてみせた、市民による市民のための銀行だ。

その融資方法は、資産のある人たちに融資するのではなく、資産のない人たちにグループを作らせ、5人1組の組合に融資していく仕組みだ。連帯保証ではなく、お互いに納得できる事業に融資し、1人目がきちんと返済すれば、次の人も借りられるようになる仕組みだ。

そのグラミン銀行は、人々がお金を借りに出かけるのではなく、銀行の方から必要としている人々のところに融資の提案に来る。銀行側が村に来て、人々に貧困から抜け出せる可能性を感じさせていくのだ。

だが、まず知っておくべきなのは、バングラデシュのそれまでの状況だ。バングラデシュの一般的な銀行は、入り口に銃を持った警備員が立ち、無用な人たちが近寄らないように警備している。融資する相手は資産家ばかりで、貧しい人たちなど相手にしない

では貧しい人たちはどうするのかというと、苗を購入するときに仲介人から借金し、収穫時に返済するしかなく、金利にすると数百パーセントになるような莫大な借金を負うのだ。そのため土地を持たない人々がお金を借りるとなると、その門戸はさらに厳しく、千円程度の借金を返せないために土地を取られ、家族が離散し、娘を売らざるを得なくなるような状況だった。

かつてバングラデシュは、世界でも有数の農作物生産量があり、豊かな国に数えられていた。しかし独立後、ハリケーンの被害もあって、飢え死にする人々が出るほどの状況になった。

創設者モハメド・ユヌス氏の抱いた疑問

グラミン銀行の創設者で、当時バングラデシュのチッタゴン大学で教鞭を執っていたモハメド・ユヌス氏は、自分の教えている経済学に疑問を感じていた。「大学の外に飢えて死んでいく人たちが見える。その人たちを救えない経済学に、なんの価値があるのだろうか」と。

やがて彼は「その人たちは信頼に値しない人たちなのだろうか」という疑問を持ち、学生たちと共にその実態を調査した。その結果わかったことは、一家離散してしまう人々の平均的な借金額は、今の日本円にしてわずか千円ほどのものということだった。また、イスラムの教えが強いために、女性は家の中にいて経済活動に参加することができなかった。

そこで彼は、お金に困っている人々に自身のポケットマネーから融資をしてみた。融資は成功だった。彼らはきちんと約束を守り、返済したのだ。

この成功から、モハメド・ユヌス氏は銀行に相談し、「貧しい人たちに融資しないか」と訴えた。しかし銀行側は、この提案を頭から否定した。「何も持っていないあんな連中に融資しろと言うのか」と。

そこで、銀行が融資をしないのならばと、彼自身が銀行を設立することにした。国際機関から融資の元手になる資金を借り、それを貧しい人たちに融資した。そのときに作ったのが、現在のグラミン銀行の融資の仕組みだ。

Next: なぜグラミン銀行は男性ではなく女性に融資するのか?



なぜ男性ではなく女性に融資?

その効果はてきめんに現れた。平均貸出額は1万円にも満たず、人々は借りたお金を使って住まいの土地を洪水時にも水没しないように盛土し、室内で雨に濡れずにすむように屋根にトタンを貼った。

なんとそれまでの彼らは、雨の降る室内に住み、洪水の時期には水の中で寝ていたのだ。雨に濡れなくなれば、内職ができるようになり、病気にならずに生きられるようになる。

そして、その融資は次第に女性たちに傾くことになる。男はカネを得たとしても次のステップやギャンブルに使ってしまうが、女性たちは子どもを学校に行かせたり、1日1回だけだった食事を2回以上へと増やしていく。再生産のためにお金を使うのだ。

その点では、女性たちの方が適していた。次第に女性たちへの融資が大きくなり、現在では、ほとんどすべてが女性に対する融資となっている。

彼女らにとっても、1回目の融資が返済できないようなプランだったら、次の人が融資を受けられなくなってしまう。そのためグループで事業を手助けし、良い返済プランになるように協力して進めるのだ。

また同時にグラミン銀行が取り組んだのは、貧しい人たちに小規模でも貯金をさせることだった。やがてグラミン銀行はその小さな貯金から融資ができるようになり、全額自給できるようになって、国際機関からの融資も全額返済した。

バングラ最大の銀行に

その頃にはグラミン銀行はバングラデシュで最大の銀行となり、設立したグラミン・フォンは携帯電話の事業では国内最大のものとなっていた。それが2006年のノーベル平和賞受賞につながっていったのだ。

グラミン銀行の金利は現地では低利なのだが、日本から見ると高金利であるように感じるかもしれない。金利は必ず、その社会のインフレ率とパラレルに動く。融資を行っても、金利以上の上昇率でインフレが起きてしまえば、貸し出した時よりも実質少ない返済金額しか得られなくなってしまう。そのため、金利はインフレを割り引いて考えなくてはならない。

このグラミン銀行事業が成功したことから、世界中で新たな「グラミン銀行」同様の銀行作りが始まった。「マイクロファイナンス」という言葉で、それまで金融にアクセスできなかった人々にその可能性を提供したのだ。

Next: 「日本版グラミン銀行」に立ち塞がる我が国の問題点



「日本版グラミン銀行」に立ち塞がる我が国の問題点

しかし「ファイナンス」という概念がその国の文化とぶつかることもある。たとえば、文明とあまり接触していないアフリカの地域では、「借りて返す」という文化がない。そこでは、みんなで無償の寄付を行うことが多い。

たとえば優秀な子どもが先進国に留学するとなれば、周囲のみんな(同じ部族であることが多い)がカンパして行かせるのだ。しかしそれは必ずしも美談ではない。帰国して社会的地位を築いたならば、縁故でいい仕事をもらったり、会社で採用してもらったりするからだ。こうした「返済する」という文化のないところでは、マイクロファイナンスが成功しないのだ。

また、タイでマイクロファイナンスを実施した例では、先進国の人たちが元手を出した銀行では返済されず、彼ら自身が出資した銀行だけが成功できた例もある。銀行のオーナーシップに大きな差が出るのだ。

そのような状況で始められようとしているのが「日本版グラミン銀行」の仕組みだ。設立を準備している財務省出身の菅正広・明治学院大学院教授によれば、グラミン銀行と同様に5人の「連帯責任者」を組んでもらい、そこに最大20万円の融資額(初回)を行うという。

例えばシングルマザーが家事代行サービスを始めたり、資格をとったりするのに必要なお金を貸します。菅さんは「所得が少ない人で、働く意欲と能力があればだれでも対象になる」と話します。<中略>

「連帯保証」ではないので互いの借金をかぶるわけではありませんが、一定の不利益が生じる可能性があります。<中略>

「お金を貸して終わり」ではなく、返済まで仲間や銀行が伴走するのです。

※出典:「日本の貧困」にも有効? グラミン銀行、来夏上陸へ – NIKKEI STYLE(2017年11月7日)

またマイクロファイナンスに詳しい日本総合研究所の井上岳一シニアマネジャーは、

『起業』というと大ごとですが『小商い』したいという人はけっこういるのです。例えば都会で非正規で働いていた人が田舎でパンの店を開きたいとか、シングルマザーがネイルサロンを開きたいとか。軽トラを買ったり店の改装をしたりするちょっとしたお金があれば、人生をやり直せるという人は少なくありません。そこにお金が回っていないのです。

※出典:「日本の貧困」にも有効? グラミン銀行、来夏上陸へ – NIKKEI STYLE(2017年11月7日)

と説明する。こうした小さな資金需要に対して個人的な融資をするのではなく、共同責任者のつながりや銀行の伴走支援を通じて生活困窮者に解決の可能性を示したいというものだ。

そもそも日本では、護送船団方式と呼ばれる政府の過干渉により、一部の財閥にしか銀行は設立できない。日本では特に金融分野に非常に多くの過干渉的な規制がある。現在でも、多額の資金と共に「まったく新しい試み」でない限り、新たな銀行の成立は認められないことになっている。しかも「まったく新しい試み」であるかどうかは規制庁の判断次第であり、単に規制された金額以上の資金を積むことも認められないのだ。

そんな日本に対し、長年にわたって市民社会を築いてきた他の先進国ではまったく違う。新たな銀行を作るのは、「市民の権利」と考えられている。

ところが我が国では、日本版グラミン銀行を作ろうとする人たちの言う、「初回の融資額は最大20万円。例えばシングルマザーが家事代行サービスを始めたり、資格をとったりするのに必要なお金を貸す」という形態が、規制庁に「新たな試み」として認められなければ、銀行として設立することができないのだ。

Next: 日本版グラミン銀行は「サラ金」に勝てるか?



日本版グラミン銀行は「サラ金」に勝てるか?

さらに言うと、日本には「サラ金」が存在する。「おカネのない、他の金融機関から借りられない人たちに簡単な手続きで融資する」ことはできるのだから、金融界全体から見るなら「新しい業態」ではない。金利を無視してそう見られたのなら、日本版グラミン銀行の設立は許されないことになってしまう。そうなると、金貸し業をするためには、いわゆる「サラ金規制法」である「貸金業法」に登録した業者とならなければならない

私たちは25年前から「未来バンク事業組合」という、非営利の「貸金業法登録」の事業をしている。貸金業法に登録しているのは、上に述べたような規制のためだ。私たちは、現在の銀行などの融資に、大きな問題があると思っている。バングラデシュで見られたように高額預金者と資産のない人々への対応は異なるし、かつては一般人への住宅ローン貸し出しも手がけない銀行が多かった。そして資金の融資先は、銀行の出自と同じ財閥系の問題ある事業者が多い。

日本の人々は、何も知らないから銀行に預金するのではないかと思うほどだ。環境や人権に問題のある原子力や戦争の武器製造者に融資しているのは、大手銀行や生命保険事業者だ。政府が短期国債を発行して銀行の資金を集め、政府が購入しているのはアメリカ国債だ。アメリカは財政赤字と貿易赤字に悩まされていて、資金がない。アメリカが世界で戦争できるのは、日本からの国債購入があるおかげだ。イラク戦争が多くの人々を殺すことができたのは、私たちが銀行に貯金していた資金があったおかげなのだ。

さらに、原発事故を起こして実質的に破たん状態になっている東京電力を買い支えたのは、銀行系のファンドと生命保険会社だった。そしてその損失を恐れるあまり、破綻すらさせていない。

私たちの預けた私たちの貯金は、私たちの意図に従っていないのだ。

貧しい人々が借金する「サラ金」に対しては、やっと規制がされるようになった。その人の年収総額の3分の1以上は貸せなくなったのだ。サラ金が個人の経済破たんを招き、個人の生命保険から返済させるために自殺を招くような仕組みを防ぐために作られた規制だった。しかしその規制は、「サラ金」すなわち「貸金業法登録事業者」にしか適用されなかった。つまり銀行は規制を受けていないのだ。

予想通り今、貸金業法の規制を受けない「銀行」は、その人の収入を無視して貸し出し始めた。返済されなかった場合の補償と融資審査をサラ金に請け負わせている。おかげで規制されて減り始めていた個人の経済破たんは、銀行が貸し出すことになって再び増加傾向にある。あなたの貯金が個人の経済破たんにも関係しているのだ。

こうした実情を見るにつけ、金融に新たな「非営利部門」に対応する法が必要になっていると思う。おそらくこのままでは、「日本版グラミン銀行」は、サラ金を規制する「貸金業法登録事業者」としてしか存立できないだろう。そうなると、国家試験である「貸金業取扱主任」合格者が必要になり、「ドアを蹴ったりしないように」といった研修を受けさせられるのだ。従来の金融の問題に目覚めて非営利の金融を設立しようとする人たちに、「ドアを蹴るな」といった研修が必要だろうか。

Next: マイクロファイナンスが「日本の貧困」を救うための条件



「日本の貧困」を救うための条件

今回の「日本版グラミン銀行」の設立にエールを送りたい。ぜひ実現してほしいと思う。しかしそのためには、日本の特殊な状況を乗り越えてもらいたい。

概して日本人は真面目で、きちんと借金をせずに暮らしたいと考えているし、借りたものは返そうとする心情を持っている。

ところが、人々は教育の中で「金融教育」を受けておらず、金融リテラシーに乏しい人たちだ。そして一方では、カネは簡単に借りられる状況になっている。その金利が複利で、金利に金利が掛かることから、放っておけば天文学的な金利に追われることすら知らないままに。しかも自ら貯金したおカネが、どこに使われているかも知らずに。

一方の金融の規制は、非営利事業に向けての仕組みになっていない。たくさんの規制に加えて、新たな「新事業」を進めたいと思っても、担当者のさじ加減に左右される。このままでは「日本版グラミン銀行」の設立は危ぶまれる状況にある。

そこで、最初から妥協するのではなく、志を大きくして意志を実現してほしい。そのために金融に関する規制を、現状の営利事業向けのものに対し、「非営利事業」がしやすい法制度に変えることから始めてほしい。

誰もがカネを借りなければ不足する時期と、逆に余る時期がある。金融は、その時間差を埋めるために必要不可欠なものだ。それを埋めていく事業を営利だけにさせるのではなく、非営利に成り立たせることができるかどうかが試されている。ノーベル平和賞を受賞するよりはるか前に、私たちはモハメド・ユヌス氏から「未来バンク事業組合」設立を賛辞する手紙を頂戴したことがある。

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新たな社会を生み出すためには、新たな仕組みが必要だ。非営利の融資事業が窒息させられるような仕組みではなく、新たな仕組みを生み出すことから始めてほしい。私たちは「非営利事業法人」なる名称をいただいたが、まだ現状を改めることまではできていない。人々のために、人々と共にある金融機関の設立を切に願っている。

image by:Wikimedia Commons

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年12月23日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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