今、設立の準備が進められている「日本版グラミン銀行」は、バングラデシュのグラミン銀行と同様の仕組みで小口の融資を行い、お金に困っている人々の生活や自立を支援するものだ。私はこの試みにエールを送りたい。ぜひ実現してほしいと思う。しかしそのためには、日本の特殊な状況を乗り越える必要がある。(『田中優の‘持続する志’(有料・活動支援版)』)
プロフィール:田中優(たなか ゆう)
「未来バンク事業組合」理事長、「日本国際ボランティアセンター」理事、「ap bank」監事、「一般社団 天然住宅」共同代表。横浜市立大学、恵泉女学園大学の非常勤講師。著書(共著含む)に『未来のあたりまえシリーズ1ー電気は自給があたりまえ オフグリッドで原発のいらない暮らしへー』(合同出版)『放射能下の日本で暮らすには?』(筑摩書房)『子どもたちの未来を創るエネルギー』『地宝論』(子どもの未来社)ほか多数。
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「日本の貧困」をマイクロファイナンスで克服するための条件
「グラミン銀行」とは?
グラミン銀行を知っているだろうか。バングラデシュで土地なし農民など貧しい人たちに融資し、生活を向上させ、多くの人に未来の可能性を切り開いてみせた、市民による市民のための銀行だ。
その融資方法は、資産のある人たちに融資するのではなく、資産のない人たちにグループを作らせ、5人1組の組合に融資していく仕組みだ。連帯保証ではなく、お互いに納得できる事業に融資し、1人目がきちんと返済すれば、次の人も借りられるようになる仕組みだ。
そのグラミン銀行は、人々がお金を借りに出かけるのではなく、銀行の方から必要としている人々のところに融資の提案に来る。銀行側が村に来て、人々に貧困から抜け出せる可能性を感じさせていくのだ。
だが、まず知っておくべきなのは、バングラデシュのそれまでの状況だ。バングラデシュの一般的な銀行は、入り口に銃を持った警備員が立ち、無用な人たちが近寄らないように警備している。融資する相手は資産家ばかりで、貧しい人たちなど相手にしない。
では貧しい人たちはどうするのかというと、苗を購入するときに仲介人から借金し、収穫時に返済するしかなく、金利にすると数百パーセントになるような莫大な借金を負うのだ。そのため土地を持たない人々がお金を借りるとなると、その門戸はさらに厳しく、千円程度の借金を返せないために土地を取られ、家族が離散し、娘を売らざるを得なくなるような状況だった。
かつてバングラデシュは、世界でも有数の農作物生産量があり、豊かな国に数えられていた。しかし独立後、ハリケーンの被害もあって、飢え死にする人々が出るほどの状況になった。
創設者モハメド・ユヌス氏の抱いた疑問
グラミン銀行の創設者で、当時バングラデシュのチッタゴン大学で教鞭を執っていたモハメド・ユヌス氏は、自分の教えている経済学に疑問を感じていた。「大学の外に飢えて死んでいく人たちが見える。その人たちを救えない経済学に、なんの価値があるのだろうか」と。
やがて彼は「その人たちは信頼に値しない人たちなのだろうか」という疑問を持ち、学生たちと共にその実態を調査した。その結果わかったことは、一家離散してしまう人々の平均的な借金額は、今の日本円にしてわずか千円ほどのものということだった。また、イスラムの教えが強いために、女性は家の中にいて経済活動に参加することができなかった。
そこで彼は、お金に困っている人々に自身のポケットマネーから融資をしてみた。融資は成功だった。彼らはきちんと約束を守り、返済したのだ。
この成功から、モハメド・ユヌス氏は銀行に相談し、「貧しい人たちに融資しないか」と訴えた。しかし銀行側は、この提案を頭から否定した。「何も持っていないあんな連中に融資しろと言うのか」と。
そこで、銀行が融資をしないのならばと、彼自身が銀行を設立することにした。国際機関から融資の元手になる資金を借り、それを貧しい人たちに融資した。そのときに作ったのが、現在のグラミン銀行の融資の仕組みだ。