中国経済は「三種の神器」であるEV(電気自動車)・電池・ソーラーパネルの三製品の輸出急増構想が行き詰まった。不動産バブルが生んだ過剰債務処理の重要性がますます大きくなっている。習近平の描いた「中国式経済成長」が崩れたいま、収拾策をどうするのか最終段階を迎えた。(『 勝又壽良の経済時評 勝又壽良の経済時評 』勝又壽良)
プロフィール:勝又壽良(かつまた ひさよし)
元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。
行き詰まった中国経済
中国国家主席の習近平氏にとって、まことに都合の悪い事態が起こってきた。不動産バブル崩壊の後遺症を処理する財政支出拡大を行わない一方で、「三種の神器」であるEV(電気自動車)・電池・ソーラーパネルの三製品の輸出急増構想が行き詰まったからだ。これで、習氏の描いた「中国式経済成長」は崩れたわけで、収拾策をどうするのか最終段階を迎えた。
習近平氏は、一貫して財政赤字拡大を忌避してきた。財政には、経済全体を調整する機能が備わっている。政治と密接な関係を深めているのだ。財政運営が成功することは、政治も成功したというシグナルになるので、習氏は不動産バブル崩壊に伴う財政赤字拡大を忌避したかったに違いない。政治の「良いところ取り」を狙って、失敗部分を切り捨てたかったのだ。
習氏は、インフラ投資や企業への補助金を湯水のごとく支出させてきた。いわゆる「過剰投資」である。これによって、毎年のGDPを押上げる効果を期待できたので、迷うことはなかった。この「補助金漬け」が、中国経済に「過剰投資」をもたらした。過剰投資は、必然的に「過剰能力」を生むので企業は低い操業度になる。これによって、中国経済は生産性を引上げられない宿命的な欠陥を抱えることになった。
長い目で見ると、低い生産性が低いGDP成長率になる。習氏は、これをかさ上げさせるべく、さらにインフラ投資と企業補助金を給付してきた。こうして繰返される過剰投資が、中国経済を蝕んでおり、慢性的な低生産性の事態へ追込んでいる。IMF(国際通貨基金)は、2026年から3%台成長へ落込むと危惧している。29年には3.31%まで低下するとみている。これは、24年4月時点の予測である。
中国は、あがいてもどうにもならない局面へ向っている。経済は、思惑を離れてセオリー通りに動くのである。
リチウム電池の設備抑制
中国工業情報化省は6月19日、リチウムイオン電池産業に関する新たなガイドライン(指針)を発表した。生産能力の拡大を抑制し、技術革新、製品の品質向上、生産コスト低減を促す、とした。しかも、実施は20日からである。慌ただしい決定だ。
発表によると、農地や環境保護地区でのリチウムイオン電池製造は、停止または大幅に縮小される。これは、リチウムの精製過程で多量の二酸化炭素を排出して環境を破壊するからだ。先進国が、リチウム精錬を取り止めた理由は環境負荷問題にあった。中国は、こういうマイナスに目をつぶって、「経済成長」目的で突進した。今、ようやくその負担の大きさに気付かされたのだろう。
工業情報化省はまた、リチウム電池のサプライチェーンにおける生産能力の急速な拡大と低操業度が、電池や原材料などの価格を急落させると指摘している。中国電池業界は、CATL(寧徳時代新能源科技)とBYD(比亜迪)2社の寡占体制ができあがり、飽くなき価格引下げ競争を行っている。23年の世界シェアは、CATLが36.8%、BYDは15.8%である。
こういう状況下での値下げ競争は、国内弱小電池メーカーの生存自体を脅かしている。中国政府が、設備投資競争を止めたのは当然であろう。
同省は、「リチウム電池産業の計画や新規プロジェクトの立ち上げは、資源分野の発展、生態系保護、省エネルギーに沿ったものでなければならないと」指摘している。中国が、リチウム電池の増設にストップを掛けたのは、自然破壊と密接な関係を持っている。
だが、これだけが設備抑制の理由ではない。電池を搭載するEV輸出に陰りが出たことだ。もはや、従来通りの輸出が不可能と判断した証拠であろう。