本稿ではHIS<9603>を取り上げます。コロナ禍で大ダメージを受けたあと、旅行需要が戻ってきているとはいえ、まだ業績・株価は回復しているとは言えません。これは買いのチャンスでしょうか?見えないリスクが潜んでいるのでしょうか?HISのビジネスモデルを分析しながら、投資してもよいかどうかを考えます。(『 バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問 バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問 』佐々木悠)
プロフィール:佐々木悠(ささき はるか)
1996年、宮城県生まれ。東北学院高校、東京理科大学経営学部卒業。協同組織金融機関へ入社後、1級ファイナンシャル・プランニング技能士を取得。前職では投資信託を用いた資産形成提案や多重債務者への債務整理業務に従事。2022年につばめ投資顧問へ入社。
HISは儲かっている?
HISは1980年創業の大手旅行代理店です。
格安航空券を仕入れパッケージプランとして販売し、当時敷居が高かった海外旅行を普及させることで、成長してきました。
業績を見てみると、コロナ禍で大きく赤字が拡大しているものの、24年10月期の予想では、少しずつ回復していることがわかります。
出典:決算短信より作成
この利益をセグメントごとに分けてみると、ホテル事業やテーマパーク事業などがありますが、やはり主力は旅行事業です。HISは旅行ビジネスによって利益を得るビジネスと言えるでしょう。
出典:決算短信より作成
コロナ禍で大幅に業績が悪化した際、傘下だったハウステンボスを台湾の投資会社に売却しました。
ハウステンボスは2010年に獲得し、HISによって経営再建された大型リゾート施設です。コロナ前は旅行事業につぐ収益源でしたが、資金確保に向けて売却されてしまいました。
それほどコロナ禍が厳しい状況だったのです。
では、主力の旅行事業の詳細を深掘りしてみましょう。
旅行事業の内訳の推移を見てみると、その収益源となるのは、「海外旅行」や「海外法人インバウンド」です。
HISは北米やインドネシア、タイ、ベトナムなどに子会社があります。こういった現地法人が、日本からのパッケージツアーの受客を受け入れることが、「海外法人インバウンド」です。(海外旅行にくと、HISのグループ企業がバスツアーを手配する、なんてことがありますね)
反対にそれらの現地法人の拠点がある国から、日本などに旅行・業務渡航するケースもあります。これは「海外法人アウトバウンド」と振り分けられています。
これらをまとめると、「海外旅行」や「海外法人インバウンド」が中心ということは、日本人が海外に旅行するアウトバウンド需要の拡大が、HISの業績に大きな影響を与えると言えるでしょう。
出典:決算短信より作成
その点、コロナ禍の終息で海外旅行需要は回復しているものの、円安の継続はネガティブです。これがいつまで続くのか?これも重要な視点であると考えます。
また、市場全体の推移を見ると、出国日本人数は未だコロナ前の半分以下です。
出典:官公庁
これらをまとめるとHISの事業環境は、「コロナ禍から回復はしているけれども為替の影響などもあり、本来の需要が戻ってきてるわけではない」こういったことが言えるでしょう。
難しい状況のHISですが、ビジネスモデルをもう少し深掘りしてみましょう。
HISのビジネスモデル
HISへの投資を検討する上で、絶対に考えておきたいことがあります。それはビジネスモデルとお金の流れです。
ざっくりと図解すると以下のようになります。
旅行代理店のビジネスはまずは航空機やホテルなどのチケットを獲得することから始まります。その獲得したチケットなどを、パッケージ化して旅行者等に販売することで売上を上げていますが、旅行者の予約から収益認識までにタイムラグがあるのです。
予約段階で得た現金は、貸借対照表上の旅行前受金として計上されます。
そして、実際に旅行を終えサービスが終了すると、売上として収益に振り返られるのです。つまり、旅行前受金は将来の売上の源であり、そこで得た現金は、次なる旅行者を獲得するための広告宣伝やチケット獲得などに使われます。
売上や利益をチェックすることも大切ですが、この旅行前受金をチェックすることが非常に重要です。
出典:決算短信より作成
最新の旅行前受金を見てみると、まだまだコロナ前の半分以下の金額となっています。したがって、需要は回復しているものの、やはりHISは完全回復しているとは言い難い状況が見てとれます。
このお金の流れから同社のリスクについても、考えることができます。
コロナ禍においてはキャッシュフローが大幅に悪化しました。
出典:マネックス証券
この時には、前述の旅行前受金が旅行キャンセルによって800億円近く流出しています。これに伴い、営業キャッシュフローが一気に悪化しました。
したがって、旅行需要が多い局面では予約によってキャッシュが溜まりやすい特性がありますが、コロナ禍のような局面では一気に現金が溢れ出てしまう(経営危機に陥る)ことがあります。
これらのビジネスモデルの特徴を踏まえて、HISの今後を考えてみましょう。
HISが目指すもの
HISの中期経営計画を見ると、ポートフォリオの再構築をかかげています。
出典:中期経営計画
旅行事業の主たる顧客は、日本人の海外旅行客であると説明しました。
そして、中期経営計画の成長ドライバーと位置付けられているのは、ホテル事業です。
これは、インバウンド需要も取り込むことになります。
HISのホテルと言えば、変なホテルです。ネーミングにも驚かされますが、ロボットや最新技術を駆使した「変わり続けるホテル」という意味のようです。
実は、ホテル事業単体で見れば好調です。24年10月期の利益予想は20億円であり、過去最高を達成する見込みです。
出典:決算短信
帝国データバンクのレポートによると、旅館・ホテルの市場は急回復しているようです。それは国内観光の始動に加え、訪日外国人の回復の影響もあるでしょう。
一方で、この業界には深刻な人手不足という根強い問題があります。
しかし、「変なホテル」の運営はロボットを上手に使うものですから、人手不足の影響は他のホテルよりは少ないと考えられます。これにインバウンド需要の回復(主に中国人観光客が回復するシナリオ)が訪れれば、ホテル事業はさらに成長する可能性があります。
出典:日本政府観光局(JNTO)より作成
このホテル事業を強化することでポートフォリオの再構築を図り、インバウンドとアウトバウンドの両輪で成長する狙いが読み取れます。
これらを踏まえて、投資するべきか否かを考えてみましょう。
HISに投資すべきか
これらを一度まとめます。
まずは株価の動きを見てみましょう。
ぱっと見て、コロナショックから回復しているとは言えない株価の動きであるとわかります。実体経済では人の動きは活発になっており、HISにとっても徐々に回復している様子が目立ちます。
しかし、まだまだ業績ではコロナからの回復・成長を成し遂げているとは言えません。
出典:決算短信より作成
同じ解説になりますが、今後の売上源となる旅行前受金が伸びてきていません。
出典:決算短信より作成
これが、株価が伸び切らない大きな理由であると考えます。
私個人の印象ですが、旅行需要は戻っているものの、HISの回復は思ったよりも遅いと感じます。仮説ですが、コロナ禍によって多くの人がデジタルサービスを利用するようになり、HISの相対的な需要が下落した可能性も考えられます。
例えば、楽天トラベルや一休、飛行機の価格比較サイトなどです。
HISもデジタル予約はできるのですが、どうしても実店舗の印象が強いでしょう。
「旅行をするなら、ポイントが貯まってお得な楽天トラベルから」とデジタル媒体に代替されていることから、回復が遅いのかもしれません。
そして、今後HISの業績が拡大するケースとして考えられるのは、為替動向です。
為替がどう動くかは予想できませんが、円安が収まればポジティブです。
また、変なホテルというユニークなポジショニングの成長ドライバーも存在しています。現状、利益貢献度は高くはありませんが、今後の成長ドライバーとして期待できるとも考えられます。
これらを総合的に考えて投資判断をされてください。
※上記は企業業績等一般的な情報提供を目的とするものであり、金融商品への投資や金融サービスの購入を勧誘するものではありません。上記に基づく行動により発生したいかなる損失についても、当社は一切の責任を負いかねます。内容には正確性を期しておりますが、それを保証するものではありませんので、取り扱いには十分留意してください。
『
バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問
バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問
』(2024年4月11日号)より
※記事タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。