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「ほぼ日」株、買ったらどうなる?“糸井さん流”との賢い付き合い方=栫井駿介

あの糸井重里氏が代表取締役を務める「株式会社ほぼ日」が3月16日、ジャスダック市場に新規上場します。しかし、この会社の上場に対する考え方は非常に独特です。社長である糸井氏自ら「利益を目的としていない」と公言しているのです。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)

プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。

株式会社 ほぼ日<3560> 3月16日ジャスダック市場に新規上場

「ほぼ日手帳」が屋台骨の中小企業

3月16日に、コピーライターの糸井重里氏が代表取締役を務める「株式会社ほぼ日」がジャスダック市場に新規上場します。

同社は1979年に設立された、糸井重里氏の個人事務所を前身とする会社です。売上高は37億円、従業員数65名と、上場企業としてはこぢんまりとしています。公開価格(2350円)を基準とした時価総額は約50億円です。

上場するからといって、実態は個人事務所に毛が生えた程度にすぎません。事業内容は、1998年に開設したWebサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」の運営や、そこから派生する商品の販売です。

当初はTシャツや紙袋などを細々と販売していましたが、2001年に発売した「ほぼ日手帳」が大ヒットします。2004年にロフトでの取り扱いを開始すると人気が加速し、ロフト手帳部門で12年連続売上1位を記録しました。発行部数は年間約60万部にのぼります。

売上の7割は「ほぼ日手帳」に支えられています。一本足打法の会社と言っても過言ではありません。それだけで上場できるほど、手帳が爆発的に売れていると言うこともできますが、大きなリスクであることに疑いの余地はありません。

このような会社が、本当に上場企業としてふさわしいと言えるのでしょうか。

時代の流れに逆らう「利益無視」の姿勢

糸井氏の上場に対する考え方は非常に独特です。

通常、企業が上場するときには、上場後の成長戦略(エクイティ・ストーリー)を公表し、これからいかに儲けるかを投資家に示します。その内容に納得した投資家が、上場時に株式を購入するのです。

しかし、糸井氏の考え方は従来の上場とは明らかに異なります。社長である糸井氏自ら「利益を目的としていない」と公言しているのです。

利益を目的としない上場企業とは一体何なのでしょうか。彼はこの上場を「柔らかい上場」と銘打ち、利益や成長を目的とするのではなく「多くの人々が集う場」になることを目指していると言います。

株主は経済的なメリットよりも、「ほぼ日の株主で良かった」と思えるような、「家族に似ている」存在だとしています。経営と株主の緊張関係を求める昨今のコーポレート・ガバナンス強化の流れとは真逆を行っているのです。

このようなスタンスですから、値上がり益や配当など、経済的なメリットを求める投資家にとっては、投資するに値しないとんでもない会社ということになります。

Next: 「ほぼ日」は本当にとんでもない会社なのか?さらに詳しく見てみると



老舗の自社サイトは広告掲載なし

しかし、常識では考えられないことが起こるのが株式市場の醍醐味でもあります。ここでは、あえて同社のビジネスモデルを「経済的なメリット」の観点で見つめ直してみます。

ビジネスモデルの根幹となるのが、Webサイトの「ほぼ日刊イトイ新聞」です。ここには様々な文章がちりばめられています。役に立つと言うよりも、読んでいてほっこりする内容がほとんどです。

サイトが立ち上げられたのが1998年です。Yahoo! JAPANの開設が1996年ですから、Webサイトの中では老舗の部類に入ります。

このウェブサイトからは、様々なヒット作が生まれています。例えば「オトナ語の謎」という特集では、会社などでやり取りされる不思議な日本語が日々更新され、滑稽な例文が話題となり、最終的に書籍化までされています。

「ほぼ日刊イトイ新聞」は、無料で見られるウェブサイトとしては珍しく広告を掲載していません。広告業界出身の糸井氏は、広告を設置することで自由な発言が妨げられると考えているためです。Yahoo!やFacebookをはじめとするWebメディアが広告収入の増加に躍起になっている中で、特異な存在と言えます。

Webサイトを無料で公開し、広告も掲載していないとなると、収入源はせいぜい内容をまとめた書籍を出版するくらいしかないようにも思えます

起死回生の「ほぼ日手帳」は超優良事業

そんな中、会社を軌道に乗せる大きな存在となったのが、ホームページ上での物販の開始でした。その中でも「ほぼ日手帳」は会社を大躍進させる立役者となります。

手帳は毎年買い替え需要が発生し、反復性の高いビジネスです。一度「ほぼ日手帳」を気に入った人であれば、特に迷うことなく毎年購入するでしょう。これが、同社の安定した収入源となります。

単に手帳の販売と言ってバカにしてはいけません。一度作ってしまえば、あとは印刷するだけですから、製造コストはさほどかかりません。単価もセットで4,000~5,000円程度と安くはなく、売上高総利益率(粗利益率)は約60%にものぼります。

それ以外の経費も、商品の配送コストや人件費以外は大してかかっていませんし、これから大きな投資をする予定もなさそうです。手帳が売れ続ける限り資金繰りに困ることはなく、実はかなりの優良事業と言えるのです。

Next: 「ほぼ日」成長の可能性は? ビジネスモデルの手本はディズニー



ビジネスモデルの手本は「ディズニー」

「ほぼ日手帳」の大ヒットにより大きく成長してきた同社ですが、裏を返すとそれが大きなリスクでもあります。売上の7割を占め、これに取って代わる商品はまだ生まれていません。そのような状況で、成長戦略を描くことは容易ではありません。

いくら考えても、成長を具体的にイメージできる会社ではありません。おそらく、糸井氏自身もできていないのではないでしょうか。しかし、成長する可能性がないかというと、そうとも言い切れません。

この会社の根幹を支えているのは、「ほぼ日刊イトイ新聞」に蓄積されたオリジナルコンテンツです。人々の心に響くコンテンツを生み出し、それを商品と結びつけることで、共感を呼ぶことを目的としています。

今の日本は、何でも「安くて良いもの」を求める傾向があります。ユニクロやニトリなどが典型的な例です。このような競争に巻き込まれると、特徴のない小さな会社は価格競争に巻き込まれ、やがてジリ貧となってしまいます。

一方で、規模は小さくても、人々の感情に訴えかけるビジネスは価格競争に巻き込まれにくく、高い収益性を生む可能性を有しています。

例えば、東京ディズニーランドは度重なるチケットの値上げにもかかわらず、入園者数を増やし続けています。これは、多くのファンの心をがっちり掴んでいるからです。

糸井氏自身も、ライバルはディズニーと公言しています。糸井氏のもともとの仕事であるコピーライティングはまさに人の心を動かす仕事ですから、本領を発揮すればディズニーのような高収益企業になりうる性質を有していると言えるでしょう。

Next: 第2、第3の「ほぼ日手帳」は生まれるか?



第2、第3の「ほぼ日手帳」は生まれるか?

手帳に続く大ヒット商品が生まれるかどうかは、神のみぞ知るところです。しかし、「ほぼ日刊イトイ新聞」をベースとしたヒット商品生成システムが機能すれば、第2、第3の「ほぼ日手帳」が生まれる可能性を含んでいます

可能性に賭けてみるという意味では、ほぼ日の株式を買うのは悪くないと考えます。そもそも、株式への投資は「誰もわからない物」に投資する側面があります。

「どうなるかわからないが、結果が出るまで暖かく見守る」という意味で、糸井氏は株主を家族に例えているのかもしれません。

ほぼ日のPERは、昨年度実績に対して15倍と、特に割高な数字ではありません。これは、糸井氏が「小さく上場する」と言ったことが反映されているようです。創業者が株式を高く売り抜けることを目的とした「上場ゴール」とは一線を画しています。

安定的な売上を誇る「ほぼ日手帳」の収益基盤がありますから、急激に業績が悪化する要素は見当たりません。短期的な成果を求めるのでなければ、可能性を信じて株式を持つ選択肢はありでしょう。

もちろん、すぐに株価が上がらなくても気にしないことが大前提です。ほぼ日のサービスや糸井氏の考え方に共感できるなら、「家族」として株主になってみるのも面白いでしょう。

つばめ投資顧問は相場変動に左右されない「バリュー株投資」を提唱しています。バリュー株投資についてはこちらのページをご覧ください。記事に関する質問も受け付けています。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年3月9日)

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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。

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