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中国をイラッとさせたトランプ関税、真の標的はロシアだった=高島康司

トランプ大統領は3月8日、鉄鋼とアルミに高関税をかけることを正式に決定した。これを受けて、中国商務省は自国の利益を守るために「強力な」措置を講じると表明。またロシアは、世界貿易機関(WTO)の仲裁裁判所に異議申し立てを行う方針を明らかにしている。今回のトランプ関税は世界経済にとって大きな転機であり、貿易戦争と不況を呼び込むことになるだろう。(『未来を見る!ヤスの備忘録連動メルマガ』高島康司)

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鉄鋼・アルミへの関税は序章? 背景にある軍産複合体の狙いとは

報復関税の連鎖へ

3月1日、トランプ大統領は、アメリカが世界から輸入している鉄鋼に25%、そしてアルミニウムに10%の関税をかけると発表した。これは、国際競争力を喪失して不振が続く製鉄業を立て直すとともに、兵器にも使われるこれらの原材料の供給先を中国などの海外への依存を警戒した安全保障上の処置であるとされている。

しかし、アメリカに鉄鋼を輸出しているのは中国だけではない。むしろ中国からの輸入量は少なく、カナダが最大の輸入先となっている。EUからの輸入量もかなり多い

今回の高関税は海外からの鉄鋼とアルミニウムに一律に賦課するとしている(※編注:トランプ大統領は3月8日、カナダとメキシコを対象から当面除外し、欧州や日本を含めた他の国は今後の協議で除外するかどうかを検討すると発表している)。

早速EUはこれを実施した場合、ワインやオートバイなど約2,800億ユーロ(3,500億円)相当のアメリカからの輸出品に同程度の報復関税を適用するとした。また中国も同様の報復関税の適用をほのめかした

まだトランプ政権は高関税の実施には踏み切ってはいないものの、撤回もしていない。もし発表通り実施されると、貿易戦争を誘発する報復関税の連鎖の引き金になる可能性がある。

株価の大幅下落と国防総省の反対

このような状況なので、発表を受けて株価は大きく下落した。ニューヨークダウは400ドル、日経平均は600円を越える下落であった。

一方、トランプ政権内にも高関税に反対する声は多い。国防総省は米軍の中国産の鉄鋼やアルミニウムに対する依存度は低いので、高関税を賦課するのであれば、中国などアメリカの安全保障上問題のある国に限定すべきだとした。高関税を輸入される製品に一律にかけると、カナダやEU、そして日本などの同盟国との関係が悪化するので、反対するとしている。

実はアメリカが、鉄鋼に高関税をかけるのは今回が初めてではない。2002年、ブッシュ政権のとき、グローバリゼーションの進展で競争力を失いつつあった米国内の製鉄業を救済する目的で、鉄鋼に対し30%の高関税を2005年まで賦課するとした政策が実施された。

しかし、EU、中国、そして日本などこれに反発した各国は、WTO(世界貿易機構)にアメリカを提訴。アメリカは20億ドルの制裁金の支払いを命じられて敗退した。その結果、この政策は1年9カ月ほどで中止された。

今回の高関税の賦課も同様の結果になることが予想され、また国内の反発も強いので、実施されたとしても短期間で終了するはずだとの観測も多く出ている。

Next: なぜトランプ大統領は反対を押し切ってまで関税をかけるのか?



今後はより多くの製品に高関税が課される

このような高関税の導入であるが、その目的は今年11月に行われる中間選挙をにらみ、トランプ大統領の基盤であるラストベルトの支持を確実にする必要から実施されたと見られている。

周知のようにラストベルトとは、グローバリゼーションの進展による国際的競争力の喪失で衰退したかつての製造業の中心地域のことで、ペンシルバニア州やミシガン州などの中東部に集中している。こうした地域では輸入品におされて不振が続いているので、高関税を賦課して国内の製鉄業を立て直せば、雇用の増大が見込めると判断したと見られている。

しかし、実施される可能性の高い今回の高関税は、中間選挙に勝利するという短期の目的だけではない。もちろんそうした目的があることは間違いない。

だが、今回の政策ははるかに長期的なトランプ政権の政策に基づいている。それを前提にしたとき、今回の政策はほんの端緒にしか過ぎず、ここから多くの製品に高関税が賦課される可能性が高いと見たほうが妥当だ。

「長期的な安全保障戦略」の一環

今回の高関税政策は唐突に出されたものではない。意外にあまり報道されていないようなのだが、これは昨年の7月21日に出された「大統領令」による調査を踏まえた結果なのである。

これは、防衛産業の強化へ向け、国内製造業の防衛関連製品や部品の供給能力などについての実態調査を指示する大統領令であった。すでに大統領令の前からトランプ政権は「国家安全保障上の脅威」を理由に鉄鋼やアルミ製品について輸入規制を視野に調査中だったが、大統領令によって実質的に調査範囲を拡大した。

調査は国防総省が主導し、商務省やエネルギー省など政府全体で実施し、調査結果と対策案を270日以内に提出する。国内製造業がこれ以上衰退すれば、軍需品の確保に必要な製造能力や人材、物資、税収などが失われ、国防上の課題になり得るとして影響を幅広く調査する方針だった。

この調査は、トランプ政権の経済の繁栄と力強い製造業、防衛産業の基盤なくしては、軍事大国ではいられないとの判断から実施された。

3月1日に発表された鉄鋼とアルミニウムの高関税の実施は、このように昨年から行われていた調査の最初の結果として出されたものだ。昨年の時点では調査を受けて提出する対策案が、貿易相手国への制裁措置など通商政策にも波及するかどうかには言及されなかったが、今回の発表で同盟国といえども高関税適用の例外ではないことがはっきりした。

Next: 目的は軍事力の強化。貿易戦争の引き金となるか



ロシアに負けない軍事力を

そして、この大統領令はトランプ政権のさらに大きな構想を選定にして出されたものだ。その構想の具体的な内容は、トランプが大統領選に勝利した直後の2016年12月16日に、CNAS(新アメリカ安全保障センター)というシンクタンクが出した「未来の鋳型(Future Foundry)」というレポートである。これは次期国防長官に向けて出された政策提言だが、トランプ政権の基本的な政策になっている可能性は高い。

ちなみにCNASとは、2009年にジャパン・ハンドラーのひとりである元国務次官補カート・キャンベルが中心となって設立した、軍産複合体系のシンクタンクである。ここには、リチャード・アーミテージ、ジョセフ・ナイなど、ジャパン・ハンドラーの中核的な人物が多数結集しており、選挙中はクリントンを支持していた。

「未来の鋳型」は、ロシアの軍事力はアメリカをすでに上回っており、アメリカは覇権を維持するだけの軍事力をすでに保持していないとする報告書だ。その理由は、アメリカの軍事産業がITや製造業などの最先端テクノロジーにアクセスできていないからである。アメリカの軍事産業のベースとなっているテクノロジーは、すでに時代遅れになっているのだ。

この状況を打開して軍事力を再建するためには、軍事産業を再編成し、最先端テクノロジーを基礎にした生産基盤を早急に作らなければならないとしている。

発表されたロシアの最新兵器

このレポートの前提になっているのは、アメリカの兵器システムはロシアのそれに劣っているという明白な認識である。そのように聞くとちょっとピンと来ないかもしれないが、3月1日、ロシアのプーチン大統領が一般教書演説で明らかにしたロシアの最新兵器システムを見れば、アメリカのこの不安が決して根拠のないものではないことが分かる。

以下がプーチン大統領が言及したロシア軍の最新兵器だ。

・原子力推進巡航ミサイル
推進力が原子力なので航続距離の制限がない。無限に飛行可能。

・ICBM搭載の無人原子力潜水艦
非常に深い深度を高速で音もなく移動できる。

・「キンザール」ミサイル
最高速度はマッハ10で航続距離が2000キロ中距離弾道ミサイル。

・「アヴァンガード」ミサイル
最高速度マッハ20の戦略ミサイル。

これらの兵器で特に注目すべきなのはミサイルだ。速度とコースを変えながら飛行できるので、アメリカのミサイル防衛システムを突破できるとしている。

こうした最新鋭兵器はアメリカもまだ保有していないと推測できる。それというのも、CNASのレポート、「未来の鋳型(Future Foundry)」にもあるように、現在のアメリカの兵器システムは1990年代の生産システムによって作られたものなので、AIやロボットなどを中心とした第4次産業革命型のテクノロジーには追いついていないからだ。

Next: 製造業の拠点はすでに海外へ。米国が軍需産業を立て直す秘策とは?



「製造業のアメリカ」への回帰

しかし、アメリカの軍需産業を技術的に高度化することは容易ではないはずだ。なぜなら軍需産業は国家の安全保障に深くかかわる分野なので、IT産業が行っているように、生産拠点を労働力の安い海外に分散させることは実質的に不可能だからである。兵器の開発と製造は基本的に米国内で行わなければならないからだ。

だが、すでにアメリカの製造業の拠点は海外に移転してしまっている。軍事力を高度化するためには、生産拠点をアメリカに戻さなければならないのだ。そのためには、高関税を実施して海外からの輸入を抑制し、製造業を保護する政策を実施しなければならない。

これはレポート、「未来の鋳型」にも滲み出ている思想である。また以前も当メルマガで書いたように、ブラジルの著名なジャーナリストであるペペ・エスコバルが、トランプ政権の背後にいるブレーンのひとりから、トランプ政権の方針として聞き出したことだ。

また「未来の鋳型」には、アメリカの労働者はグローバリゼーションの進展で没落し、大変な格差が生まれていると書かれている。これはアメリカの国力を維持するには大変なマイナスであるとする認識も前提にある。ひとつの家族が夫の給与だけで豊かに暮らせるという、かつてのアメリカを取り戻してこそ、社会は基礎から安定するという認識だ。

これは国家の安全保障にとっても非常に重要なことだ。アマゾングーグルなどの最先端のIT企業は、結局は効率的な配送サービスやデータの解析と運用をするビジネスにすぎない。国家の安全保障に寄与するところはほとんどない

したがって、製造業の国内回帰を促進させて軍事産業を強化し、それに必要となる国内のインフラを整備することで、中間層を復活させなければならない。

グローバリゼーションの否定と一国主義

これが今回の鉄鋼とアルミニウムに対して、保護主義的な高関税をかける方針の前提にある認識だ。これは、安全保障上の脅威からアメリカを守り、軍事技術でロシアや中国を凌駕するとしたトランプ政権の方針から出された政策である。これは、大統領令に基づき昨年の7月から開始された調査の最初の結果である。

ということは、製造業の基盤をアメリカに回帰させて軍需産業を強化するために、半導体などの高度なテクノロジーにこれから包括的な高関税が賦課される可能性は高いと見るべきだろう。

これはまさに、これまで世界経済をけん引したグローバリゼーションを否定し、軍需産業をベースにした一国資本主義のモデルへの回帰である。

Next: 今後、世界的な不況が始まる可能性がある



これから始まる可能性がある、世界的に深刻な不況

さて、トランプ政権によるこのような保護主義的な政策は、世界経済にどのような影響をもたらすのか。その結果は明らかである。この政策は、生産拠点の世界的な分散と、金融資本の発展に主導された現在のグローバリゼーションの否定である。

軍産複合体は、グローバリゼーションの結果、ロシアや中国などの新興国が急速に台頭したため、アメリカの軍事的な優位が失われつつあると認識しているのだ。

アメリカの覇権を維持して安全保障上の脅威を除去するためには、グローバリゼーションの経済成長モデルを否定してでも、製造業の国内回帰を促進し、軍需産業の高度化を図らなければならないと見ている。

その結果として起こるのは、保護関税の強化による貿易戦争である。これによりグローバリゼーションは減速し、世界経済は停滞するに違いない。

そうではないことを願うが、もしこれが今回発動される高い鉄鋼とアルミニウムに対する高関税の実態であるとするなら、これからトランプ政権は包括的な高関税の適用へと進むのかも知れない。

もちろんこれは世界経済にとっての決定的な転機になる。これからどうなるのか注視しなければならない。

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※本記事は、未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 2018年3月9日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

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未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ」(2018年3月9日号)より一部抜粋・再構成
※太字はMONEY VOICE編集部による

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