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リーマンショック直前に似てきた債券市場。米中貿易戦争は何をもたらすか?=近藤駿介

ついにキックオフとなった米中貿易戦争。リーマンショック前の状況に似て、債券市場にその影響が出てきています。この局面で投資家は何に注目すべきでしょうか。(『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』近藤駿介)

プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える無料メルマガに加え、有料版『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』を好評配信中。著書に、平成バブル崩壊のメカニズムを分析した『1989年12月29日、日経平均3万8915円』(河出書房新社)など。

利上げ路線に変化の兆し。債券市場から米国経済は崩れ始める…

貿易黒字国側が妥協するのが原則

サッカーW杯で各国が死力を尽くした戦いを繰り広げる中で、貿易戦争もキックオフとなった。トランプ政権は7月6日に予告通り中国の知的財産侵害に対する制裁関税の実施を始め、これを受けて中国もすぐさま同規模の報復関税をかけることを表明し、貿易戦争が始まった。

トランプ政権が貿易戦争を仕掛ける相手は中国に留まらず、同盟国であるはずのEU日本、カナダ、メキシコにまで広がって来ていることが金融市場の大きな懸念材料になっている。

メディア等では、この貿易戦争の行方に関する専門家の見通しなどが報じられている。貿易戦争の行方は市場にとって大きな関心事ではあるが、投資家としてはこうした議論に必要以上に深入りするのは賢明ではない

米国を巡る貿易不均衡問題における原則は、その主張が正当なものかどうかに関係なく「貿易赤字を抱える米国が主導権を握り、貿易黒字国側が何かしらの妥協する」ことになることである。先週にもこの原則に従った動きがみられた。

G7ではEUが妥協を見せた

6月の米朝首脳会談直前にカナダで開かれたG7では、トランプ大統領が孤立し「それなら関税をゼロにしよう。それならどうだ」と発言したことが報じられた。

そしてG7後にトランプ大統領はEU域内から輸入する全ての自動車に20%の関税を賦課する考えを示し、貿易戦争の拡大を辞さない強硬な姿勢を示した。

そして7月4日に駐独米大使が独自動車大手経営者に対して米国とEU間の自動車への関税をそれぞれゼロにすることを提案し、トランプ大統領の発言が単なる戯言ではなかったことを示して見せた。

米国側からのこうした提案に対して、メルケル首相はEUで一致することを条件に「関税を下げる用意がある」と発言し、米国からの提案を前向きに検討する姿勢を見せた。そして、株式市場はこうした貿易黒字を抱えるEU側が妥協するやり取りを好感する格好で反発となった。

しかしその後、駐独米大使がこの提案を撤回する可能性があることを示唆したこともあり、依然として米国とEU間の貿易摩擦の行方は不透明なままだといえる。

Next: 「利上げ」路線に変化の兆しか。企業活動にブレーキがかかり始めた



企業活動にブレーキがかかる

貿易戦争の行方は予断を許さないが、投資家にとって重要なことは、公表された6月のFOMC議事録で指摘されていたように、「貿易政策を巡る不透明感から、新規投資計画を縮小または棚上げする企業もあった」ことである。

足元で重要なことは、貿易摩擦の行く末を論じることよりも、貿易戦争に伴う不透明感が企業活動にブレーキにかけるということだ。

「利上げ」路線に変化の兆しか

こうしたFRBが懸念している動きは株式市場にはあまり反映されなかったが、債券市場にはイールドカーブのフラットニング化という形で現れている。

FRBが物価の指標としているPCEコア物価指数が前年比で2%に達し、パウエル議長も「雇用の力強さが増して経済活動も底堅く拡大している」「段階的な利上げが理に適っている」と景気動向や利上げ路線に自信を見せる中で、10年国債と2年国債の利回り格差は0.28%台と2007年8月以来の低水準まで縮小してきた。

FRBが年内あと2回の利上げする姿勢を見せている中でイールドスプレッドが0.28%台まで低下したことで、逆イールドが現実味を帯びてきた。

10年国債の利回りがこのまま上昇しないとすると、FRBがあと2回利上げをすると逆イールドになってしまう。逆イールド化が起きると景気後退入りするという現象が、少なくとも1975年以降は続いていることが指摘されており、今後の利上げ路線に変化が出て来る可能性は否定できない

債券市場から米経済が崩れ始める

イールドカーブのフラットニング化については6月のFOMCでも議論され、「一部の出席者は、それら(債券買い入れ政策などの)要因が将来の経済活動を占う指標としてのイールドカーブの傾きの信頼性に響く可能性がある」との指摘があったことが報告されている。

イールドカーブが将来の経済活動を占う指標としての信頼性を失っているとしても、現実として世の中はイールドカーブに反応して動くことになる。

物価が目標に到達する前から利上げ路線をとってきたFRBにとって、イールドカーブが必要以上にフラットニング化することは悩ましいものである。

特に、10年を超える超長期国債のフラットニング化は頭痛の種のはずである。10年国債までとそれ以上の超長期国債とでは流動性に大きな差があるため、通常10年以上のイールドカーブの傾斜は10年までのそれよりも大きくなる。

しかし、この1年間で10年超国債のイールドカーブは極端にフラットニング化してしまった。足元の30年債の利回りは2.931%と3%を割れて来ており、2.824%の10年国債との利回り格差は0.1%強にまで縮まってしまっている。

ゼロ金利政策を続けている日本ですら、30年債と10年国債の利回り格差は0.65%程度あることと比較しても、米国のイールドカーブのフラットニング化の異常さは明らかである。

Next: リーマンショック前を彷彿とさせるイールドカーブのフラットニング化



FRBがイールドカーブの変化に警戒

30年国債と10年国債の利回り格差がここまで縮まったのは、21世紀に入ってからリーマンショック前の2006年から2007年にかけての期間以来のことである。

またこの時には10年国債と2年国債のイールドスプレッドも0%前後と、極めて低い水準で推移していた。

この期間の極端なイールドカーブのフラットニング化がリーマンショックを引き起こした経験からしても、FRBが資産インフレ、バブルを発生させてしまう可能性を秘めている極端なイールドカーブのフラットニング化に懸念を抱くのも当然のことだといえる。

リーマンショックの再来なのか

リーマンショックを引き起こす要因ともなったイールドカーブの極端なフラットニング化が起きた2006年から2007年にかけては、金利水準は4%代後半と足元の3%弱の水準に比較して高かった。

つまり、金利の水準よりもイールドカーブの過度なフラットニング化が資産バブルを起こす要因として強いといえる。

そして足元イールドカーブがリーマンショック前と同様に過度のフラットニング化傾向を見せる中で、米国の住宅価格指数はリーマンショック前の水準を10%程度上回って来ている。

このままイールドカーブの過度なフラットニング化が続けば、FRBは何かしらの手を打ってくるはずである。

FRBはどう出る?

過去の3回のQE(量的緩和)によって、FRBは多額の国債とモーゲージ債を保有している。したがって、FRBがその気にさえなれば、保有している債券を売却することでイールドカーブをスティープ化させることは物理的に可能な状況にある。

FRBが保有債券を市場で売却するという手段をとった際の市場への影響は未知数であり、極めてリスクの高い政策ではある。

しかし、イエレン元議長が将来のFRBのポートフォリオは国債が中心であることが望ましいという発言をしていたことを考えると、モーゲージ債の売却は可能性のある選択肢の一つだといえる。

株式市場はEUとの貿易戦争において妥協が図られる可能性が出て来たことを好感しているが、債券市場でFRBと市場の戦争が始まっていることは頭に入れておくべきである。FRBの行動次第ではリスク資産に直接影響が及ぶ可能性が高いからである。

Next: 最も魅力的な市場は、依然として米国市場。2018年後半の戦略は?



際立つ「ナスダック」の上昇

6月末が終わり、米国の資産運用は下半期に突入してきた。上半期にロケットスタートを切った米国株式市場だったが、半年間のパフォーマンスを見てみると、NYダウは▲1.8%とマイナスで終わってしまった。一方、ナスダックは8.8%上昇、S&P500指数も1.7%上昇となった。

これは、貿易戦争のリスクを避けるために、多国籍企業の多いNYダウを避ける動きが強まったことを表したものだと考えられる。

また、米国を除いた主要国も軒並みマイナスパフォーマンスを記録し、結果的にナスダックの上昇が際立つ形となった。

こうしたことから考えられることは、最も魅力的な市場は依然として米国市場であるということだ。

そうした中で貿易戦争の先行き不透明な情勢が続くことを考えると、下期のスタートは上期のように世界中の株式市場がロケットスタートを切る形ではなく、まずは影響の及び難いナスダック中心とした動きからスタートすることである。

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元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』(2018年7月9日号)より抜粋
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