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パウエルFRB議長講演で米株高へ、トランプをも転がす「実務派」は米経済を救うか=近藤駿介

24日に行われたジャクソンホール講演で、パウエルFRB議長は「実務派」の顔を見せた。利上げを淡々と続ける姿勢を示しながら、イエレン路線からの脱却を示唆するものだった。(『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』近藤駿介)

※本記事は有料メルマガ『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』2018年8月27日号を一部抜粋したものです。興味を持たれた方は、ぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える無料メルマガに加え、有料版『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』を好評配信中。著書に、平成バブル崩壊のメカニズムを分析した『1989年12月29日、日経平均3万8915円』(河出書房新社)など。

イエレン路線との決別宣言か。キーワードは「理論から実務へ」

株式市場を押し上げたパウエルFRB講演

23日、米中両政府が互いに160億ドルに相当する輸入品に25%の追加関税を発動。制裁対象規模がそれぞれ計500億ドルに膨らみ、貿易戦争の拡大懸念が強まった。

それを尻目に米国株式市場は再び騰勢を強め、24日にはS&P500が7ヵ月ぶりに過去最高値を更新してきた。

米中を中心とした貿易戦争拡大懸念やトルコを始めとした新興国に対する不安など、金融市場は不透明感に覆われている。しかし、足元ではそれらの不透明感の全てが、米国経済が成長を続ける中で長期金利上昇の抑制要因として作用し、堅調な株式市場を押し上げる要因となっている。

今回、S&P500の最高値更新を後押ししたのは、24日にジャクソンホールで行われたパウエルFRB議長の講演が予想以上に「ハト派」との印象を与えたことだ。

パウエルFRB議長は講演の中で、米経済の成長基調が続くなら「政策金利の一段の緩やかな引き上げが適切になりそうだ」と従来の方針を繰り返した

それと同時に、「物価が2%を超えて加速する明確な兆しは見えない」と利上げペースを速める考えがないことも示唆したことが市場の安心感を誘った形となった。

パウエルFRB議長は「ハト派」的な発言をすることで、トランプ大統領から繰り返された利上げ牽制発言に対してFRBの独立性を保つために敢えて「タカ派」的発言をする懸念を一蹴して見せた。

本来、経済の専門家ではなく法律家であるパウエルFRB議長の市場との対話力に対しては、未知数の不安があった。しかし、今回「前門のトランプ政権、後門の市場」という厳しい状況の中で、パウエルFRB議長は法律家らしい見事な手綱さばきを見せ、それが杞憂であることを証明してみせた。

一見「ハト派」的に見えたパウエルFRB議長の講演の中身は、かなりトランプ大統領を意識したものだったといえる。

パウエルFRB議長が示した「第3の道」

7月に続いて8月にもトランプ大統領がFRBの利上げ政策に不満を見せる中、パウエルFRB議長がどのような対応を見せるかは大きな注目であった。

FRBの独立性を強く印象付けるために敢えて「タカ派」的な発言をする可能性も、新興国市場の混乱や逆イールドなど金融的な理由をあげて利上げ先送りの可能性を示唆するなど、トランプ大統領に「忖度」する可能性もあったからだ。

その中で、パウエルFRB議長は「第三の道」を選択して見せた。

パウエル議長は、FRBは「早く動き過ぎて不必要に(景気)拡大の腰を折るか、動きが遅過ぎて景気過熱の危険を冒す」という2つの主要リスクに直面していると指摘。そのうえで、「現行の段階的な利上げ路線は、いずれのリスクも真剣に受け止めた上でのアプローチだと思う」と語り、当面は段階的な利上げが適切であるとの見解を示し、現在推し進めている漸進的利上げを続ける意思を明確にした。

同時に「段階的な利上げによってFOMCが分析する中立的水準に近づいてきた」と指摘することで、現在の漸進的利上げ政策は緩和的になっている金融政策から脱却するための利上げであり、景気にブレーキを掛ける意思がないことを示した。

中立金利」という概念を持ち出すことで漸進的利上げのゴールを意識させ、際限なく利上げが続くわけではないこと、利上げ自体が目的ではないことを示唆することで、「低金利派」を自認するトランプ大統領にも配慮を見せる思慮深さを見せたのだ。

このあたりは前任者のイエレン前FRB議長とは対照的に、議会対策に多くの労力を割いてきたパウエルFRB議長ならではの対応だったといえる。

Next: 海外報道もパウエル議長を評価。「中立金利」はうまく行くのか?



海外報道もパウエル議長を評価

7月17日付のWSJは「『超党派』FRB議長、議会対策で本領発揮」と題する記事で、就任5か月目に入ったパウエル議長の仕事ぶりに対して次のように報じている。

就任から5カ月目に入った米連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長は、議会対策に膨大な時間と精力を注いでいる。

公務記録によると、パウエル議長は就任後の4カ月間に議員18人(共和10人、民主8人)と個別に面会。また、議員8人(共和4人、民主4人)と電話で会談した。

対照的に、ジャネット・イエレン前議長は就任最初の4カ月間で議員3人(共和2人、民主1人)としか会わなかった。電話会談は民主党議員4人にとどまる。

パウエル議長は先週放送されたラジオ番組『マーケットプレイス』のインタビューで、議員と面会するため議会に通い詰めているので『議事堂のじゅうたんがすり切れてしまうだろう』とした上で、これは『FRB議長にできる大変重要なことだと思う』と述べた

出典:『超党派』FRB議長、議会対策で本領発揮 – WSJ(2018年7月17日配信)

「中立金利」を持ち出したパウエル議長

トランプ大統領による利上げ牽制発言に対して、理論的仮説である「中立金利」を持ち出したパウエル議長だったが、「星の位置は認められるところからほど遠いこともある」という表現を使って金融政策の上では「中立金利」を重要視していない姿勢を見せた

6月18日にダドリーNY連銀総裁が辞任し、後任に「中立金利」研究の第一人者であるサンフランシスコ連銀総裁であったウイリアムズ氏が就任した。NY連銀総裁はFOMCの副委員長の要職を担う重要なポストである。そうした中でFOMCの委員長であるパウエルFRB議長が「中立金利」を重視しない発言をしたことは興味深いことである。

22日に公表された7月31日~8月1日開催のFOMC議事録要旨からも、ウイリアムズNY連銀総裁が副委員長に就いたことで改めて「中立金利」や「逆イールド」に関して突っ込んだ議論が行われた様子は見られなかった。当然、トランプ大統領による利上げ牽制発言についても全く議論されなかったし、トルコリラの急落などについても議論がされた形跡は全くなかった。

さらにパウエルFRB議長は、インフレは「もはや労働市場の引き締まりと資源利用への圧力の高まりを指し示す、第一の目安でも最良の目安でもなくなったのかもしれない」と、既存経済学のフィリップ曲線に対する疑問までも投げかけた。

Next: イエレン路線との決別か。「実務家」パウエル氏が語った意味深な言葉



イエレン路線との決別を宣言した?

こうしたことから想像されることは、パウエルFRB議長は「実務家」であるということだ。

これまでのFRBは長年実務経験を積んだ経済の専門家である「理論家」に率いられてきた。しかし、FRB議長が金融の経験を積んだ「実務家」パウエル氏に変わったことで、金融政策に対するアプローチは変化したと考えておいた方がよさそうだ。

パウエルFRB議長の講演で意味深であったのは、グリーンスパン元FRB議長を引き合いに出したことだ。

グリーンスパン元FRB議長は1987年から2006年まで5期20年間FRB議長を務め、金融政策を巧みに操り「インフレなき経済成長」を達成し「マエストロ」と称賛された人物である。しかし、金融緩和を長く続け過ぎたことで、2007年以降のバブル崩壊を招いた張本人だと批判を受ける結果となった。

「Behind the curve(金融政策が後手に回る)」に陥るリスクに強い警戒感を示していたイエレン前FRB議長は、グリーンスパン元FRB議長の失敗、つまり功罪の「罪」の方を意識していたといえる。

これに対して今回パウエルFRB議長は「既存のモデルでは失業率が低下すると物価の押し上げ圧力は強まるが、90年代には当時のグリーンスパンFRB議長が物価圧力をあおらずに経済成長が加速する可能性があると他に先駆けて認識したため、インフレは落ち着きを保った」と発言し、グリーンスパン元FRB議長の「功」の部分を取り上げて見せた

こうした発言は、パウエルFRBはイエレンFRBとは全く異なるアプローチをとることの宣言だと捉えるべきかもしれない。

トランプ対策も万全

パウエルFRB議長がグリーンスパン元FRB議長を称賛して見せたのは、グリーンスパン元FRB議長と同様に「低金利下でのインフレなき経済成長」を目指す意思を示すことで、トランプ大統領に金融政策に関する認識は大統領と同じであることを伝え、無用な利上げ牽制発言を抑え込もうという戦略的メッセージだったといえる。

しかし、同時にそれはトランプ大統領の圧力によって金融政策を変えることはないという強い意思を示したメッセージでもある。

なぜなら、グリーンスパン元FRB議長は1988年の大統領選挙の前に、当時のレーガン政権から景気を優先させるために利下げの圧力を受けたが、FRBの独立性を守りインフレ対策として利上げを行った経験を持つからだ。

もし、パウエルFRB議長がこうしたことを含みにしてグリーンスパン元FRB議長の話を持ち出したのだとしたら、グリーンスパン元FRB議長に勝るとも劣らない老獪な議長だといえる。

Next: 「理論から実務へ」がパウエルFRBのキーワード



「理論から実務へ」がパウエルFRBのキーワード

今回のジャクソンホールでのパウエルFRB議長の講演は、パウエルFRBはイエレンFRBの延長線上にはないということを感じさせるものだった。

そうだとしたら、パウエルFRBは「中立金利の水準はどこか」「イールドカーブのフラットニング化が意味するものは」といった議論に多くの時間を費やすことはないのかもしれない。

「理論から実務へ」がパウエルFRBのキーワードとなりそうだ。

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元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』(2018年8月27日号)より抜粋
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