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日米貿易協定は本当にウィン・ウィンか? 安倍とトランプの友情は1年後に決裂する=近藤駿介

今回の日米首脳会談は、安倍とトランプが共に先の選挙を乗り切るという共通目標を持っていたために「Good deal」が成立した。だがこの関係はもって1年だろう。(『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』近藤駿介)

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プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える無料メルマガに加え、有料版『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』を好評配信中。著書に、平成バブル崩壊のメカニズムを分析した『1989年12月29日、日経平均3万8915円』(河出書房新社)など。

自動車関税と為替条項の先送りに成功。確かに「良い取引」だが…

「TAGとFTAは別物」という詭弁

安倍総理お得意の詭弁が炸裂した。

「今回の日米の物品貿易に関するTAG交渉は、これまで日本が結んできた包括的なFTAとは全く異なるものであります」

これまで米国とのFTA交渉を拒否してきた日本が、日米首脳会談で一転、二国間のモノの貿易を自由化する物品貿易協定(TAG)の締結に向けた交渉を始めることで合意した。政府の対応が変化したことについて、安倍総理は27日の記者会見で「TAGとFTAは全く異なるもの」だということをことさら強調してみせた。

しかし、共同声明では「TAGの議論が完了した後、他の貿易・投資の事項についても交渉する」ということが明記されており、日米両国が「TAGとFTAは一体」であることを認識していることは明らかである。

もともとFTAが「特定の国や地域の間で,物品の関税やサービス貿易の障壁等を削減・撤廃することを目的とする協定」(外務省HPより)であることから、「物品の関税を削減・撤廃することを目的」とするTAGは、FTAの一部であると考えるのが当然である。

共同声明に「TAGの議論が完了した後、他の貿易・投資の事項についても交渉する」と明記されているのは、TAGがFTAの一部分であり、これから日米で開始する交渉が全体としてFTA交渉であることを両国が認識しているからである。

安倍総理は「TAGとFTAは全く異なるものだ」と強調したが、こうした主張は「イナダとブリは全く違う」と言い張るようなもので、全くナンセンスなものである。

安倍総理の主張は実態からかけ離れた全くナンセンスな主張を強調したのは、政治的に意味があったからである。

本当に「ウィン・ウィンの経済関係」か?

日米首脳会談前に行った国連総会での演説でも、日米首脳会談後の記者会見でも、安倍総理は「両国の間の貿易を一層促進することによって、ウィン・ウィンの経済関係をつくり上げていく」という主張を繰り返した。

しかし、本当に「両国の間の貿易を一層促進することによってウィン・ウィンの経済関係を構築しよう」とする意志を持っているのであれば、わざわざ「TAGとFTAは全く異なるものだ」という詭弁を弄する必要などなかったはずである。

「ウィン・ウィンの関係」を目指す安倍総理が、実質FTAである今回の貿易交渉を「物品貿易に関するTAG」と「他の貿易・投資の事項」にわざわざ分けたのは、安倍総理とトランプ大統領の思惑が、「ウィン・ウィンの経済関係」を築くことよりも、「ウィン・ウィンの政治家関係」を重視するという点で一致したからである。

Next: 利害が一致? 日米間で交わされた「Good deal(良い取引)」とは



日米間で交わされた「Good deal(良い取引)」とは?

11月6日に中間選挙を控えるトランプ大統領にとって、安倍総理にFTA交渉をTAG交渉であるという詭弁を弄する余地を与えることで、日米共同声明の中に「TAGの議論が完了した後、他の貿易・投資の事項についても交渉する」という文言を入れて今回の交渉がFTA交渉であることを明確にするとともに、米国内の有権者にアピールできる「米国は自動車について、市場アクセスの交渉結果が自国の自動車産業の製造及び雇用の増加を目指すものである」という一文を入れたのは、「Good deal(良い取引)」であったに違いない。

一方、これまで自動車関税と農産物輸入問題を抱えて二国間のFTA交渉に引き摺り込まれることを拒んできた安倍総理にとっても、「日米両国は信頼関係に基づき議論を行い、協議が行われている間、この共同声明の精神に反する行動を取らない」という一文を入れる成果を得ると同時に、来年夏に参議院選挙を控えるなか、国内向けに「TAGとFTAは全く異なる」と詭弁を弄する余地を残すというのは「Good deal」だったに違いない。

日米首脳会談でこうした「Good deal」が成立したのは、お互いが間近に迫った選挙に向けて「政治的成果」をアピールする材料を欲していたからである。

「政治的成果」をアピールしたい両首脳

9月16~19日にウォールストリートジャーナルとNBCが共同で行った世論調査では、「民主党主導の議会を望む」有権者が52%であったのに対して、「共和党が主導の議会を望む」有権者は40%と、共和党は民主党に12%のリードを許している状況にある。しかし、「トランプ政権の経済政策に満足」と答えた有権者は実に69%に上っている。

このように11月6日に中間選挙にむけて「経済政策」が命綱になっているトランプ大統領にとって、対日貿易交渉で「日本にFTA交渉を認めさせた」というさらなる「成果」は有権者にアピールする材料として必要不可欠だったといえる。

一方、安倍総理は「協議が行われている間、この共同声明の精神に反する行動を取らない」という文言で「自動車関税の引き上げ回避」という「成果」を得ることに成功した。TAG交渉は約2年かかるといわれており、来年夏の参院選後まで自動車関税引き上げを先送りできるのはほぼ確実な情勢となり、参院選に向けての大きな懸念材料を取り除けることになった。

「為替条項」の先送りにも成功

今回、「自動車関税引き上げ回避」という大きな成果をあげることに成功した「TAG」という目くらましは、通貨安政策を禁じる「為替条項」の議論を先送りにするという副産物も生んだ。

これまでトランプ大統領と二国間の貿易交渉を行った韓国もメキシコも飲まされた「為替条項」を回避できたことは、今回の日米交渉における影の成果だったといえる。

安倍総理が異次元の金融緩和の「出口」について言及し始めたなかで「為替条項」の議論が加わってくれば、為替市場で円高圧力が高まることは十分に考えられたことである。FTAをわざわざ「物品貿易に関するTAG」と「他の貿易・投資の事項」に分けたことで、円高圧力が高まる危険性が回避できたのだとすれば、日本的な姑息な手段にも効能があったということになる。

Next: 安倍・トランプの友情は来年夏まで? やがて米国は牙を剥く…



ウィン・ウィンの関係は来年夏まで

今回の日米首脳会談は、トランプ大統領と安倍総理が共に間近に迫った選挙を乗り切るという共通目標を持っていたことによって「Good deal」が成立した。しかし、これが両国にとって「Good deal」であり続けられるのは、来年夏の参院選前後までである可能性が高い。

1年後のトランプ大統領は再選に向けてより大きく、より効果的で具体的な「Good deal」を求めるようになっているはずである。そうした中、既に3選を果たし2021年には退陣することが決まっている安倍総理に対して「シンゾーとの友情があるから自動車に関税をかけられなかった」という甘い態度に出ることは考えにくい。

換言すればトランプ大統領と安倍総理の「友情」は、終幕に近付いているということである。トランプ大統領の「友情」は「与しやすいDeal相手」に贈られる称号でしかないからだ。

安倍総理が「自由貿易の旗手」を自認するように、自由貿易信者が多い日本国内ではトランプ大統領を保護主義的だという批判が強い。しかし、安倍総理が掲げる自由貿易というのは理念であり、トランプ大統領が解決しようとしている貿易赤字は現実であることを無視した議論は危険を孕んだものである。こうした理想と現実の戦いは議論で解決できるものではなく、トランプ大統領を説得することは不可能だと考えておいた方が賢明である。

貿易摩擦は「黒字側が譲歩」するしかない…

忘れてならないことは、善悪の問題ではなく現実問題として、貿易不均衡問題は貿易黒字国側が歩み寄る形でしか解決することはないということである。

つまり、日米関係においては日本側が何かしらの妥協を迫られることになる。それが、関税や数量制限といった「」なのか、あるいは「為替(円高)」なのか、はたまたその両方なのかは定かではないが、日本がは何かを妥協しなければならない立場にあることは認識しておかなければならない。

Next: トランプの説得は不可能。自由貿易での経済発展は絵空事か…



トランプの説得は不可能

「今、日本から米国に輸出される自動車は174万台ですが、トヨタやホンダといった日本企業がアメリカ国内で生産している自動車は、その2倍以上、377万台にのぼります。自動車工場、部品工場、運送サービス、ディーラー。150万人もの雇用をアメリカ国内に生み出すことで、アメリカ経済に多大な貢献をしています」

安倍総理を始め日本国内では、日本の自動車メーカーが米国経済に多大なる貢献をしているという意見が強いが、こうした論理がトランプ大統領に通用することは期待薄である。

それは、トランプ大統領の立場から見れば、40%近いシェアを持つ日本の自動車メーカーが果たしている現在の貢献は、本来は「ビッグ3」が果たしていたはずのものだともいえるからだ。

自由貿易は現実世界では成り立たない?

極論すれば、貿易自由化が世界経済を発展させるというのは教科書の中にしか存在しない幻想である。少なくともトランプ大統領はこうした認識を持っているはずである。

自由貿易理論の前提は「各国は自国の得意とする生産分野(比較優位産業)に特化し、比較優位商品を輸出して比較劣位商品を輸入することにより、資源の再配分と所得増大という2つの効果、つまり貿易利益を実現できる」というものである。

この理論を日米関係に当てはめれば、日本は比較優位にたつ自動車を専ら輸出し、米国は比較優位にたつ農産品を日本に輸出すればいいことになる。しかし、人口や風土、習慣の異なる二国間でこの理論が成立するのは非現実であるし、それで貿易不均衡が解消される保証はどこにもない。

自由貿易が成り立つための重要な要素の1つは、自由でフレキシブルな為替市場の存在である。貿易不均衡が生じれば、貿易黒字国の通貨が高くなることで不均衡を解消していくというメカニズムが働くことである。

しかし、1985年のプラザ合意で強制的に円高にしても日米間の貿易不均衡は解消されなかった現実に象徴されるように、貿易額を大幅に上回る資本取引が行われている社会では、為替市場は貿易不均衡解消という役割を果たせなくなっている。保護主義的なトランプ大統領の出現は、自由貿易理論に対するアンチテーゼだといえる。

Next: 「Good deal」の効力は長くて1年。その後の日本が直面する危機とは…



「Good deal」の効力は長くて1年

今回は選挙に向けてトランプ大統領と安倍総理の思惑が一致したことで「Good deal」が成立した。しかし、この「Good deal」の効力は長くても1年程度しかない。

貿易黒字を抱える日本側が何かしらの譲歩を迫られると考えておいた方が賢明そうだ。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2018年9月23日)
※記事タイトル、本文見出し、太字はMONEY VOICE編集部による

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