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経財白書まで忖度。非正規雇用の増加、日本的経営の破壊は安倍政権の功績なのか?=斎藤満

19年度の経財白書が公表されました。今回の白書は、経済分析の深さよりも、アベノミクスを正当化し、その成果を補強するための「広告資料」の印象が強いです。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2019年7月26日の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

本当にアベノミクスの偉大な成果か? 非正規雇用が急増するワケ

今年の白書の強調点

内閣府は23日、19年度の「年次経済財政報告」(いわゆる経財白書)を公表しました。

今回の白書のセールス・ポイントは、日本の生産性向上に向けて、雇用の多様化を訴えていることです。つまり、高齢者、女性、外国人などを含む多様な人材を活用することが望ましく、旧来の年功賃金、終身雇用などの日本型雇用慣行を見直すべき、としています。

雇用人材の多様化によるメリットとして、
・業務量拡大に対応できる(43.7%)
・新しい発想を得られる(30.7%)
・専門的知識が活用できる(29.1%)
・需要に応じた雇用調整が可能(18.1%)
となっています。

そして、人材の多様性が増した企業では、成長に直結する生産性が、13年度から17年度の間に約5%上昇した、としています。

アベノミクスの補強広告

今回の白書は、経済分析の深さよりも、これまで安倍政権が行ってきた政策(つまりアベノミクス)を正当化し、その成果を補強するための「広告資料」の印象が強いものです。

年金破綻を避けるために、定年の延長を訴え、70歳まで働いて年金支給開始を遅らせようとしてきました。これが高齢者雇用の活用、の背景にあります。

また女性活躍と称して、女性労働力を活用できるように、働き方改革も進め、それでも人手が足りないと企業にせっつかれ、十分な議論もしないまま外国人労働力活用のために、入管難民法まで改定しました。拙速な対応との批判をかわすために、白書でその成果を「生産性向上」に役立つと持ち上げましたが、この問題の本質を深く掘り下げてはいません。

特に、非正規雇用を4割近くまで増やし、「ワーキング・プアー」の創出批判が強い中で、白書は企業の立場から「需要に応じた雇用調整」のメリットを強調しました。

従来、固定費と考えられた人件費を「変動費」化できる点を強調、あわせて終身雇用、年功序列型賃金など、日本型雇用は非効率だとして、その見直しを提言しています。

つまり、安倍政権の非正規雇用推進は正しいと主張しています。

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生産性効果に疑問

白書では、人材の多様化を進めた企業の生産性が、13年から17年にかけて5%上昇したとしています。しかし、ここにはいくつかの疑問があります。

そもそもこの事例で紹介された5%の改善という数字は、必ずしも特筆するような高さではありません。年率1%といっても、前年の12年が景気後退にあって生産、そして生産性が循環的に落ちていた時期なので、その後は循環的に上昇しやすい時期でした。

そして、第二次安倍政権になる前からいわゆる「日本的経営」「日本型雇用」は崩れ、外資型の中途採用の拡大、非正規雇用化が進み、白書の言う多様化は始まっていました。

それに拍車をかけたのがアベノミクスですが、この間、マクロでみた労働生産性は1%弱の上昇と、従来よりもむしろ低下しています。これが成長率低下にもつながっています。

個々の企業では多様化で成果を挙げたところがあるとしても、日本経済全体でみると、生産性は高まらず、むしろ先進国の中では低い部類になるまで後退し、これが低成長の一因にもなっています。

合成の誤謬とも言えますが、ミクロで実現したことがマクロでは必ずしも当てはまらないという形になっています。単純に言えば、技能を持った人を引き抜けば、その企業の生産性は上がりますが、引き抜かれた企業の生産性は低下し、合わせてみればチャラ、ということです。

技能の高い優秀な労働力をどこから採ってくるかが問題で、企業間の引き抜きでは上記の通りですが、海外から採ってくれば、国内のマイナスは回避される反面、言葉の障壁、コスト高、慣習の壁など別の問題、デメリットも発生します。

旧来型でも雇用の硬直化は改善

白書では、日本型雇用では戦力外の雇用を解雇することができず、非効率となっているとしています。しかし、現実はすでに変わっています

使えないと思った労働力は閑職に追いやるか、給料の安い子会社に移し、退職・転職を促し、実際に多くはそれを感じて転職・退職しています。

私が以前働いていた金融業界でも、かつては1人の優秀な人間がそうでない10人を食べさせていると言われましたが、状況は変わりました。多くの企業で使えないと見た労働力は早めに外すようになっていて、解雇はできなくとも、それに近い形になっています。

日本型雇用とは対照的な外資系企業の参入によって、優秀な人間を外資に抜かれるようになり、社内で教育し、外国に留学した優秀な人間ほど外資に流出する事態が増え、いやでも日本企業の雇用形態に影響が出るようになりました。

その結果、日本の企業でも社内でじっくり教育するより、外部から即戦力を中途採用する企業が増えました。同時に、これが年功賃金制も破壊し、成果主義型賃金、非正規雇用へと展開します。

できる人間により多くの賃金を払う分、全体の人件費を抑えるために、非専門職は人件費の安い非正規(派遣、パートなど)を使うようになり、政府もこれを後押ししました。

Next: 海外は「日本的経営」を再評価。それでも日本は元には戻れない…



変動費型雇用の弊害

白書ではこの多様化のデメリットにも多少触れていますが、アベノミクスの下で進んだ雇用の多様化にもかかわらず、日本の生産性は全体として高まらず、安倍政権になってからむしろ1人当たりGDPが主要国の中で最低になり、いずれ韓国にまで抜かれそうなほど経済の弱体化が進んだことを分析していません。ここに最大の問題があります。

問題は、優秀な労働力の供給源は企業だという点を軽視しています。海外も含めた大学からの供給は従来と変わりません。たまたま優秀な学生を採れれば良いのですが、学生が急に技能を持った優秀な労働力になるものではありません。かつては企業内でつまりOJTで様々な能力を育て、幹部、リーダーに登用していました。幹部候補生の教育も社内で行っていました。

しかし、雇用の流動化とともに、社内教育が「無駄なコスト」になる可能性が出て、即戦力の中途採用に注力したのですが、社内教育を怠れば、数少ない特定能力を持った経験者に頼るしかなく、社内教育が後退するにつれて、その人材はますます少なくなります。

また、労働者は「いずれ部長か課長か」の夢を持たなくなり、ジョブ・セキュリティも脅かされ、雇用不安が高まるとモラルも下がります

非正規雇用が増えると、企業の社会保険負担が軽くなる反面、低賃金で貯蓄余力がなく、家庭を持つ余裕もなく、将来の年金不安が高まり、結婚、出産も減ります。

海外のシンクタンクからは「日本型雇用」「日本的経営」の再評価論が高まりましたが、一度破壊してしまった制度はなかなか戻りません。「わが社」といえる会社へのロイヤリティが「猛烈社員」のエネルギーとなり、生産性を高めてきた面を過小評価し、形だけの「働き方(働かせ方?)改革」を進めました。

結果的に企業を富ませ、労働者を圧迫し、労働生産性を落とし、経済力も低下しました

政府の広告塔のような「プロパガンダ白書」に意味はありません。白書までが政府に「忖度」するようになった悪しき前例と言わざるを得ません。

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2019年7月配信分
  • 「経済財政白書」まで忖度か(7/26)
  • 安倍総理はなぜ消費増税を選択したのか(7/24)
  • 忍び寄る景気後退に身構える日銀(7/22)
  • 仮想通貨リブラはなぜ叩かれる(7/19)
  • 日本の物価を巡る深い闇(7/17)
  • 株式市場、今後のブラック・スワンは(7/12)
  • 発想の転換、押してもダメなら引いて見な(7/10)
  • 米長期金利低下と株高の正体(7/8)
  • 年金不安で物価押し上げに強い抵抗感(7/5)
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マンさんの経済あらかると』(2019年7月26日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。

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