4月から働き方改革第2弾が実施され、正規雇用と非正規雇用との間のあらゆる待遇について、不合理な待遇差を禁じることになりました。しかし、非正規雇用には朗報なはずのこの改革が、新型コロナウイルスの感染拡大で事態は一変しています。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2020年4月3日の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
4月から始まった「働き方改革第2弾」
4月から働き方改革の第2弾が実施されました。
昨年の大企業に続いて、この4月からは中小企業に対しても残業時間が年360時間に制限されます。それと同時に、4月1日から「パート・有期雇用労働法」が施行され、正規雇用と非正規雇用との間のあらゆる待遇について、不合理な待遇差を禁じることになりました。
そこでは、非正規雇用に対しても、通勤手当など多くの手当てがつくようになり、正規雇用との賃金格差も縮小するよう、求められています。
これまで人手不足が強く、労働者側に有利な環境であったため、この働き方改革は2,000万人以上に膨らんだ非正規雇用には朗報なはずでした。中には年収が130万円を超えて社会保険負担がつくことを懸念する声も聞かれるほどで、非正規雇用の処遇改善が期待されていました。
ところが、新型コロナウイルスの感染拡大が事態を一変しました。
客足急減
真っ先に影響を受けたのが、中国からの観光客など、インバウンドに期待していた分野が、1月末から中国の団体客がキャンセルとなり、さらに海外からの訪問客が急減して、観光地を中心に、ホテル、旅館、観光バスなどで需要が急減、航空会社、旅行会社、観光地での飲食店で客足が遠のきました。
これがさらに海外からの入国制限拡大に至って、空運会社は減便で収入が急減、これに政府や東京都からの外出自粛要請も加わり、土日を中心に営業停止に追い込まれる企業が増えました。
東京ディズニーランドなどの各地の遊興施設は休止となり、イベントも停止が続き、春の選抜高校野球、ゴルフイベント、プロ野球開催が中止ないし延期となり、これを当て込んでいた旅館、飲食店は客を失いました。
学校の休校で給食業者が仕事を失い、子供が家にいるために、仕事に出られない人も多くなりました。
感染者が出た施設では営業を停止して消毒に当たるなど、感染拡大の影響が、急速に経済活動のブレーキとなってきました。
日銀短観3月調査でも、雇用判断で人手不足感がやや後退したのが確認できますが、コロナの影響を受ける業態では、人手不足の状況が一転して人余りに変わりました。
Next: そんな転機となるときに、非正規雇用の処遇改善がぶつかり、この4月から――
コスト高となった非正規雇用
そんな転機となるときに、非正規雇用の処遇改善がぶつかり、この4月から非正規雇用の労働コストが高まりました。
同一労働・同一賃金の考えのもと、非正規雇用にも各種手当の支給が義務付けられ、正規雇用との賃金格差是正が求められました。それでなくとも、雇用調整をしやすい労働力、つまり雇用の調整弁として利用してきた非正規雇用のコストが高まれば、それだけ調整圧力が高まります。
実際、コロナウイルスが広がる前の段階から、新年度からのコスト高を見込んで、派遣社員の契約を打ち切るところが少なくなかったようです。
使用者側からすれば、コスト高になる非正規雇用を利用する意味がなくなるからです。
そして3月下旬になって、東京などの感染拡大が加速し、「感染爆発」が懸念されるに至って、事態は一層深刻になりました。
大手アパレル会社は4月入社予定の学生に対して、急遽内定取り消しを通知しました。
突然内定を取り消されて、すぐに別の仕事が見つかる保証はありません。正社員の首を切りにくいだけに、業務縮小が見込まれる場合、新卒採用を減らすか、非正規雇用の調整で乗り切るしかありません。
そこへ非正規の処遇改善、コスト高となれば、これまで以上に彼らの首切りが多くなります。
その場合、感染拡大の影響がどれくらい続くのか、そして企業の体力によって、雇用調整の圧力は変わってきます。
まもなく始まる倒産・失業ラッシュ
財務省の「法人企業統計」によれば、資本金1千万円以上の企業は非金融部門だけでも「内部留保」が470兆円余りあり、ある程度の間は乗り切る体力はありそうです。
しかし、利益準備金の蓄積が乏しい中小企業になると、2〜3週間ならともかく、1か月、2か月と長引くほど、ピンチになります。
倒産を避けようとすれば、最大のコストに当たる人件費を削るしかなく、その際、変動費として採用している非正規雇用が真っ先に切られます。その潜在的な「失職可能性者」は2,000万人以上います。このうち、パートが1,000万人強、バイトが500万人弱となっています。
政府は近いうちに緊急事態宣言を行い、東京か首都圏などのロック・ダウン(都市閉鎖)に出る可能性があります。その場合、週末のみならず、平日も休業を余儀なくされる企業が出てくるはずです。
すでに自粛によって客を失っているところへ、政府の要請でさらに2〜3週間、あるいはそれ以上の間、移動制限がなされれば、コストを吸収できずに、解雇、倒産に追い込まれる企業が増えると見られます。
米国では約8割の人が非常事態宣言のもと、「移動制限」「外出制限」を余儀なくされ、営業停止となる企業が急増しました。これを受けて、3月14日から21日の1週間で、一気に300万人以上の人が新たに失業保険申請を行い、4月分の雇用統計以降、失業率が爆発的に上昇すると見られます。
日本でもこれから同様の事態が起こる可能性があります。
Next: 新型コロナウイルスの感染拡大と非正規の処遇改善が重なってしまったこと――
ワーキング・プアから、失職プアへ
新型コロナウイルスの感染拡大と非正規の処遇改善が重なってしまったことが、裏目に出たことになりますが、非正規雇用の処遇改善は避けて通れないものです。
国税庁の民間給与の実態調査によれば、正規雇用の年収480万円に対して、非正規雇用は180万円にとどまっています。
これでは結婚して子供も持てない「ワーキング・プア」と言わざるを得ません。
この状態を打破するために、「同一労働・同一賃金」を掲げて非正規の処遇改善に出たのですが、これがコスト高となってかえって非正規雇用の失職リスクを高めてしまいました。だからと言って制度を逆戻りして「ワーキング・プア」を受け入れるわけにもいきません。
失職者には直接所得補填などの対処によって窮地を救い、そのうえで処遇改善の制度は維持したいものです。
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『マンさんの経済あらかると』(2020年4月3日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。