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「日本は物価2%目標で貧困化する」菅総理のスガノミクスが見捨てる層とは=斎藤満

日銀の物価安定目標が日本経済の足かせになっています。首相交代は異次元緩和策の見直しを行う絶好のチャンスでしたが、それをみすみす逃しました。菅政権下のスガノミクスも、安倍政権の経済政策を継承するとしています。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2020年9月23日の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

アベノミクス見直しのチャンスを逃したスガノミクス

日銀が進める物価安定目標は、今の日本経済には負担になっています。

安倍総理が退陣して政権が変わるタイミングこそ、日銀は「物価安定目標」をはじめとする異次元緩和策の見直しを行う絶好のチャンスでした。

しかし、17日の会見で、日銀の黒田総裁は「任期まで頑張るつもり」と言い、「新政権とも連携して政策を進める」と述べました。

政策見直しのチャンスをみすみす逃したことになります。

日銀の物価目標、景気の足かせに

同じ物価安定目標でも、インフレを抑制する方向での安定目標と、インフレを刺激する方向での安定目標とでは、経済に与える影響はまったく異なります。

前者は80年代までの日本や、何年か前の主要国で取られていたもので、主に金融引き締め的な政策です。短期的には引き締めが経済に負担となりますが、長期的には物価の安定が投資や消費を通じて経済の安定をもたらすと考えられました。

逆に後者の、昨今の日本や世界の主要国でなされる「インフレ率を2%に高める」ための安定目標は、金融緩和策によるもので、短期的には経済を刺激すると期待されるものの、長期的な影響は考慮されてきませんでした。

しかし、この7年8か月の日本経済を見ると、やはり長期的には成長の足かせになっていたと考えられます。そのからくりを見ていきましょう。

Next: 企業や資産家を喜ばせたアベノミクス。犠牲になったのは個人



物価目標が景気低迷の一因

デフレ脱却を目指したアベノミクスの柱となったのが、日銀と一体となって進めた2%のインフレ率を目指した「物価安定目標」で、日銀は伝統的な手段を超えて「異次元」の金融緩和を進めました。政策金利はゼロを通り越してマイナスまで下げ、国債や株式投信、不動産のREITなどを大量に買い、流動性を大量供給しました。

その結果、2014年4月の消費税引き上げでいったん水を差されましたが、それでも為替は円高が修正され、ドル円は一時125円まで円安になりました。

そして株価も日経平均が8,000円台から短期間で2万円を回復し、2018年には2万4,000円台をつけ、「ハプル後最高値」を記録しました。

この円安・株高がアベノミクスの最大の成果と見られるようになりました。

この間、企業の利益も過去最高を更新し、企業の株式時価総額も東証一部だけでGDPを一時上回り、企業にとっても、株を保有する資産家にも利益となりました。企業にとっては、日銀の異次元緩和だけでなく、法人税減税や雇用の流動化、つまり非正規雇用拡大を後押ししてもらい、固定費としての人件費を変動費化し、人件費全体を抑制することができたことも、利益拡大に貢献しました。

アベノミクスは企業や資産家には良い政策であり、市場もこれを歓迎しました。

だからこそ、安倍総理の退陣表明を受けて、日経平均株価は一時700円以上も下げました。アベノミクスが終わるのではとの懸念が出たためです。

犠牲になったのは個人

ところが、市場や企業の評価とは裏腹に、アベノミクスが実施された7年8か月の間、GDPは定義を変え、研究開発費などを加えたことで水準が20兆円余りかさ上げされたことを除けば、ほとんど成長しなかったことになります。

内閣府の「景気動向指数」でも、7年8か月のうち、半分近くで指数が低下を見せ、その間、実体的には「景気後退」の状況にあったと見られます。

企業が潤い、株価が上昇したのに、なぜ成長が進まず、景気も停滞が長く続いたのでしょうか?

それはアベノミクスという政策が、個人の犠牲のもとに企業が潤うように設計されたもので、企業のプラス面よりも個人が犠牲を強いられたマイナス面がより大きかったためです。

実際、政策自体が企業に利する反面、個人には負担が大きい政策です。

まず財政は、法人税の実質減税を進めた半面、個人には2度も消費税を引き上げ、社会保険料負担も高まりました。

そこへ日銀の異次元緩和も個人には負担となりました。現在、個人の金融資産は1880兆円あまりですが、ゼロ金利政策が続いているために、利息収入はほぼゼロです。90年代前半には利息収入が年間30兆円以上あって、所得の下支えをしていましたが、この10年以上、金利収入が消滅しました。

しかも、円安にしたので輸入品が割高となり、家計を圧迫し、海外旅行も高くつくようになりました。円安で喜んだのは輸出企業や日本に来る外国人旅行者と、彼らのインバウンド消費に期待した観光地の業者でした。

それだけでなく、マイナス金利によって金融機関の収益が悪化したため、銀行の店舗、ATMが減り、利便性が低下したうえ、預金者への手数料負担が増え、通帳発行にも手数料が取られる方向にあります。

Next: 株価は上がるが景気は沈む。格差拡大が日本の命取りに



貧富の差が大きく拡大

安倍政権ではこのほか、派遣社員など、非正規雇用の利用を促進した結果、4割近い労働者が非正規雇用となり、平均年収が180万円以下で、正規労働者の4割以下の給与しか得られず、しかも年金にも入れない労働者も少なくありません。

この結果、労働分配率は着実に低下し、個人の株式保有は170兆円余りで、金融資産全体の1割にも届かず、株高の恩恵は一部の資産家に限られています。

この結果、実質GDPに占める純粋家計消費(民間非営利団体の消費や実体のない帰属家賃を除いた消費です)の割合は足元で42.2%で、10年前の47%から大きく低下しました。その低下のほとんどがアベノミクスを実施してからのものものです。

労働者の取り分が減り、賃金が減る中で円安にして物価を上げようとすれば、実質賃金はそれだけマイナスになり、実質金利もマイナスとなって家計を圧迫します。

所得分配の修正が必要

つまり、個人の犠牲のもとに企業を儲けさせようとしたのですが、企業はそれを労働者に還元せず、しかも企業が利益を設備投資で支出するプラス面よりも、家計が圧迫されて消費が収縮したマイナス面か大きく、そのために低成長と、景気後退の長期化をもたらしました。

つまり、新政権がこのままアベノミクスを継承すれば、日本経済は長期低迷を余儀なくされます。

これを打破するためには、個人から企業への偏った所得分配を是正し、つまり労働分配率を長期的な平均水準に戻し、金融政策もマイナス金利による円安や実質金利の引き下げをやめ、金融機関や預金者に利益を戻すことです。

個人消費を活発化させ、国内需要を高めないと、企業は国内投資もできません。政権が変わった今こそ、政策も根本的な見直しが必要で、その良いチャンスでもあります。

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2020年9月配信分
  • 日銀の物価安定目標は景気の足かせ(9/23)
  • 勢いを失ったトランプの選挙戦(9/18)
  • 広がるW字型景気リスク(9/16)
  • アベノミクス継承政権買いの限界(9/14)
  • 7月の家計消費息切れは何を意味するのか(9/11)
  • 世界貿易は6月底入れだが(9/9)
  • 法人企業統計にみるコロナの明暗(9/7)
  • 中国習近平政権に異変か(9/4)
  • 「アベノミクス」は何だったのか(9/2)

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2020年8月配信分
  • トランプ再選にコロナ、中国戦略(8/31)
  • コロナで不動産業界に激震(8/28)
  • コロナが教えてくれたもの(8/26)
  • 今こそ消費主導経済の重要性(8/24)
  • コロナで収縮する貿易に備える(8/21)
  • ドル安は長期化の可能性(8/19)
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  • 米大統領選、バイデン候補の勝ち目は(8/7)
  • コロナフリーを獲得したニュージーランド(8/5)
  • 先鋭化するトランプの対中戦略(8/3)

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2020年7月配信分
  • 失った時間は永久に取り戻せない(7/31)
  • ワクチン開発の政治化リスク(7/29)
  • フラット化の中でドル高が修正(7/27)
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  • 回復の力をそぐ2メートルの壁(7/10)
  • 試される人間の知恵(7/8)
  • 計算違いした香港中国化の代償(7/6)
  • 政治リスクが高まる日米株式市場(7/3)
  • 規制と自由、コロナ共生下の経済成果は(7/1)

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2020年6月配信分
  • 世界貿易にもコロナ・ショック(6/29)
  • 転倒した憲法改正解散(6/26)
  • 市場の期待と当局の不安がぶつかる米国経済(6/24)
  • 狂った朝鮮半島統一シナリオ(6/22)
  • 見えてきたコロナ危機の深刻度(6/19)
  • 崖っぷちの習近平政権(6/17)
  • FRBが作ったドル安株高の流れに待った(6/15)
  • 長期金利上昇を意識し始めた主要中銀(6/12)
  • コロナで狂った中国の覇権拡大(6/10)
  • トランプ「拡大G7」の狙いは(6/8)
  • 準備不足の経済再開で大きな代償も(6/5)
  • コロナより政権に負担となった黒人差別(6/3)
  • 自動車依存経済に警鐘を鳴らしたコロナ(6/1)

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2020年5月配信分
  • 非効率のビジネスモデル(5/29)
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  • 日本は反グローバル化への対応に遅れ(5/25)
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2020年4月配信分
  • コロナ対応にも米国の指示(4/27)
  • 原油価格急落が示唆する経済危機のマグニチュード(4/24)
  • ソーシャルディスタンシングがカギ(4/22)
  • ステージ3に入る株式市場(4/20)
  • 「収益」「効率」から「安心」「信頼」へ(4/17)
  • コロナショックは時間との闘い(4/15)
  • 株価の指標性が変わった(4/13)
  • 108兆円経済対策に過大な期待は禁物(4/10)
  • コロナ恐慌からのV字回復が期待しにくい3つの理由(4/8)
  • コロナを巡る米中の思惑と現実は(4/6)
  • 働き方改革が裏目に?(4/3)
  • 緊急経済対策は、危機版と平時版を分ける必要(4/1)

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2020年3月配信分
  • コロナ大恐慌(3/30)
  • 大失業、倒産への備えが急務(3/27)
  • 新型コロナウイルスと世界大戦(3/25)
  • 市場が無視する大盤振る舞い政策(3/23)
  • 金融政策行き詰まりの危険な帰結(3/18)
  • 政府の面子優先で景気後退確定的(3/13)
  • 市場に手足を縛られたFRB(3/11)
  • コロナの影響、カギを握る米国が動き始めた(3/9)
  • トランプ再選の真の敵はコロナウイルスか(3/6)
  • 2月以降の指標パニックに備える(3/4)
  • 判断を誤った新型コロナウイルス対策(3/2)

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2020年2月配信分
  • 世界貿易は異例の2年連続マイナス懸念(2/28)
  • 政府対応の失敗で「安全通貨」の地位を失った円(2/26)
  • 信用を失った政府の「月例経済報告」(2/21)
  • 上昇続く金価格が示唆する世界の不安(2/19)
  • IMFに指導を受けた日銀(2/17)
  • 中国のGDP1ポイント下落のインパクト(2/14)
  • 習近平主席の危険な賭け(2/12)
  • 政府の「働き方改革」に落とし穴(2/10)
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マンさんの経済あらかると』(2020年9月23日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による

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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。

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