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英国離脱ならユーロは「最安値」に向かう~困るのはむしろEU=矢口新

EUからの離脱で英国が失うものは大きい。しかし、一方のEUにとってはそれ以上に得るものが少ない。足元はポンドが対ユーロで約9.5%下落しているが、実際に英国がEUから離脱すれば、ユーロは最安値に向かって売り込まれる可能性が高いと見る。(『相場はあなたの夢をかなえる ―有料版―』矢口新)

EU離脱の是非を問う国民投票で笑うのは英国かEUか?

現在の市場コンセンサスは「EU離脱で困るのは英国」だが

3月22日に起きたベルギー、ブリュッセルでのテロ爆発を受け、英国のEU離脱機運が一気に高まった。直後に行われた世論調査では、離脱派が残留派を相当数上回っていたが、4月初めの時点ではほぼ半々で均衡している。

英国銀行高官は、EU離脱に関する英国の国民投票が引き起こす不確実性が、投資と経済成長を抑制しかねないと述べた。

一方、ドイツ連銀総裁は、英国のEUからの離脱は「英国はEUの域内市場の恩恵を受けてきた」「英国がEUから離脱した場合には、EUは競争や自由貿易において、重要な推進役を失うことになる」とし、英国とEUの双方にとってマイナスだと述べた。

2016年に入って、EU離脱懸念からポンドは対ドルで4%以上下落、一方でユーロは対ドルで5%近く上昇している。つまり、ポンドは対ユーロで約9.5%下落している。また、ポンドとユーロのボラティリティの差は、3月末には過去最大にまで広がった。

このことが示唆するように、市場のコンセンサスは離脱で困るのは英国で、EUは利益こそあれ困ることはないと見ている。

一方で、バンカメの通貨アナリストは、EU離脱懸念を既に織り込んだポンドに対して、楽観的に買われているユーロを売ることが、英のEU離脱へのリスクヘッジとなるとの見解を発表した。
Hedge `Brexit’ by Selling Euro as Volatility Gap Hits Record

英国とEUの関係史から分かること

ここで、英国と欧州連合(European Union)との関係史を復習しておこう。

欧州連合は、第二次大戦の戦勝国と敗戦国に分かれながら、共に荒廃し、米ソ冷戦体制下での埋没を恐れたフランスとドイツが、究極的な統一国家を意識して、超国家共同体を設立したことに始まる。

そして、1950年のシューマン宣言(フランスと西ドイツの石炭・鉄鋼産業を共同管理、欧州の経済と軍事における重要資源の共同管理構想)、1952年の欧州石炭鉄鋼共同体(フランス、西ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)、1957年の欧州経済共同体(European Economic Community)と、欧州原子力共同体(共にフランス、西ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)などを経て、1993年のマストリヒト条約の下に発足、2009年のリスボン条約で、欧州連合は今日の形となった。

英国の参加は1973年となる。現在の加盟国は、旧ソ連の構成国を加えて28カ国。

他の欧州諸国の超国家共同体には、1955年に発足した西欧同盟があり、英国は上記6カ国と共にその創立メンバーだった。こちらは、2009年のリスボン条約で消滅した。

また、英国はユーロの前身だったEMS(European Monetary System)に1990年末から参加していたが、1992年のポンド危機で離脱、今日もユーロには参加していない。

この離脱は、英国の主体的な意志によるものではなく、EMS内では為替リスクがないとして巨大化した、ドイツマルク売り英ポンド買いキャリートレードの崩壊だった。大手金融機関は顧客の反発への危惧からその存在を隠し、名前を売りたかったソロスだけが目立ったに過ぎない。

とはいえ、英国は自身の意志でEMS再加盟を見送り、ユーロ導入に当たっては、国民投票で不参加を決めた。

つまり、日英同盟以前の「栄光ある孤立」の昔から、英国は欧州大陸諸国から「距離を置いて」きた。そして、6月23日にはEU離脱の是非を問う国民投票が実施される。離脱すれば、英国は再び欧州で孤立する。

欧州諸国が群れることのメリットは、発足時の理念に最もよく表れている。米ソ2大国に挟まれた欧州が、2大国に対して発言力を持つために、サイズを大きくする必要があったのだ。米国は合衆国という名の州政府の集合体、ソ連は各ソビエト共和国の連邦国で、通貨は1つ、合衆国内の州間や、連邦内の共和国間の行き来は、「基本的には」自由だった。これは、欧州ではユーロやシェンゲン協定で実現されている。

一方、ユーロ導入後のEU主要国で、失業率を劇的に低下させ、貿易黒字幅を拡大したのはドイツだけで、フランス、イタリア、スペインなどは高失業率、ユーロ不参加の英国も貿易赤字に甘んじている。英国の場合は、EUに参加しながら、ユーロ政府とは距離があるので、発言力も限定的だ。

また、サブプライムショックに至るまでのアイルランドは、欧州のどの国よりも経済的な優等生だった。ところが、サブプライムショック後1年以上も利上げされ、その間にどん底にまで転落、お荷物扱いされることとなった。同時期の英国が利下げで何とか乗り切ったのと好対照だった。

つまり、国家が群れると、大事なことはすべてボス大国の言いなりにならねばならないのだ。イタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシャなどの苦悩も、基本的には同根だ。

EUの中核をなすユーロ圏は、単一の通貨、金融政策の機能不全が鮮明になりつつある。そこに、近年の難民問題、シェンゲン協定の維持をめぐる軋轢などで、デメリットが目立ち始めている。つまり、統一国家の理念そのものが揺らいでいるのだ。

Next: 双方の事情を比較して分かった現実「英国の離脱で困るのはEU」



英国がEUから離脱することのデメリットとメリット

ここで、英国がEUから離脱することのデメリットとメリットを整理しておこう。

英国にとってのデメリット:

(1)
対EU貿易のコストが上昇する。2014年時点で、EUは英国の輸出の44.6%、輸入の53.1%と、対外貿易の約半分を占める。離脱により、相互撤廃されている関税が課せられると、輸出関税で競争力低下し、輸入関税で原材料のコスト増となる。新たな貿易協定締結には多大な時間とコストがかかる。

(2)
金融、保険などのサービス面でも、相互の企業に新に1つ1つ許認可や免許が必要になると、時間とコスト面での負担が大きく、競争力が低下する。

(3)
英国への対内直接投資残高は、ドイツへの約1.5倍、フランスへの約2倍、日本への10倍以上もある。これが1)、2)の要因で、英国から他の欧州諸国や欧州外へビジネスを移転させる可能性が出てくる。

(4)
スコットランドの独立問題が再燃する可能性がある。

英国にとってのメリット:

(1)
今の欧州連合は、発足時の理念とはかけ離れている。米ソ冷戦は終結し、旧ソ連構成国までが欧州連合に加わっている。英国は離脱によって欧州大陸の難民受け入れ問題から距離を置くことができ、テロ対策も幾分容易になる。

(2)
EU、ユーロ圏が抱えるギリシャ、スペイン、ポルトガルなどの経済問題、負担増からも距離を置くことができる。英国は毎週3.5億ポンド、年間で約200億ポンドをEUに拠出金として支払っている。この資金を国内の経済対策、社会保障、インフラ整備、国境警備の強化などに振り分けることができる。

(3)
この夏、EUは米国、カナダからの観光客やビジネス出張者に入国ビザ申請を要求する計画だ。決定すれば、例え、短期滞在でも例外なくビザが要求される。これは、米国がEU加盟国であるポーランド、クロアチア、キプロス、ブルガリア、ルーマニアからの入国者にビザを要求し、カナダはルーマニア人とブルガリア人に要求しているための対抗措置だ。原案でも英国とアイルランドは、米加人への入国ビザ申請要求には従わない予定だ。ここで英国が離脱すれば、米加につくか、EUつくかなどの無用な軋轢から逃れることができる。

EUが英国に離れられることのメリットとデメリットは?

一方、EUが英国に離れられることのデメリットとメリットを考えてみよう。

EUにとってのデメリット:

(1)
EUにとっても重要な貿易のパートナー、金融の拠点を失うことになる。

(2)
ドイツを牽制できる存在がなくなり、ユーロ圏の小国はこれまで以上に事実上の属国化する。これは、短期的にはドイツにプラスだが、中長期的には負担増や、不安定につながる可能性が高い。

(3)
スペインのカタルーニャ、バスク地方を含む各地で、独立、離脱運動が盛り上がる可能性がある。

EUにとってのメリット:

(1)
ビザ問題が象徴しているように、EUにいながら、ユーロ圏ではない大国がいなくなることで、ドイツ、フランスなどがより主導権を取りやすくなる。

このように、EUからの離脱で英国が失うものは大きい。しかし、経済的なパートナーは、日本や米国、カナダ、中国、ロシアなど、事実上、世界中に求めることができ、中長期的には十二分に取り返せる可能性がある。

一方のEUにとっては、失くすだけで、得るものが少ないように思える。痛手を受けるのは、むしろEUの方ではないか。

Next: 国民投票前後のポンド、ユーロ相場はこう動く



投票後の材料出尽くしでポンド買い戻し、ユーロ売り戻し。その後は?

いずれにせよ、市場や運用者が嫌うのは不透明感だ。

カナダの一部の大手年金基金などには、英国の国民投票まで、英国への投資を手控える動きが出てきている。カナダの年金基金は、英国の不動産への投資で過去3年間、世界2位となっている。インフラへの投資も多い。カナダの年金基金の運用総額は7000億カナダドルを超えると言われる。

もし、あなたがポンドやユーロのポジションを持っているのなら、対ドルでも対円でも、短期トレードに徹することを助言する。なぜなら、英国の世論は残留、離脱僅差で推移しており、2カ月先にはどうなるか分からないからだ。また、他人が決めることに、自分の資産を左右されることもない。

とはいえ、ポンドとユーロのレートを大胆に予想するならば、6月中旬頃までは、ポンドは弱含みで推移するかもしれない。そこで残留が決まれば、不透明感が遠退き、これまでの大幅な買い戻しが期待できる。離脱でも、これだけ売られていれば、材料出尽くしで、いったんの買い戻しが期待できる。

その後は短中期的に売られるだろうが、私は、英国は欧州なしでもやっていけると見ている。ポンドが中長期的に売られ続ける可能性は低いのではないか。

一方、ユーロの方が心配だ。大きな問題を抱えているのは、英国ではなくEUだからだ。にもかかわらずユーロは買われているので、英国の残留が決まっても、材料出尽くしで売られるだろう。英国が離脱すれば、EUとユーロ圏内部の矛盾がより顕在化し、ユーロは最安値に向かって売り込まれる可能性が高いと見る。

【関連】私がスイス・ユニオン銀行で目の当たりにした「為替介入」の現場=矢口新

本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年4月12日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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