麻生氏は10万円現金給付について「その分だけ貯金が増えた」と発言しています。統計だけを見ると確かにその通り。しかし、消費者の立場では違う見方もできます。(『高梨彰『しん・古今東西』高梨彰)
※本記事は有料メルマガ『高梨彰『しん・古今東西』』2020年10月26日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
日本証券アナリスト協会検定会員。埼玉県立浦和高校・慶応義塾大学経済学部卒業。証券・銀行にて、米国債をはじめ債券・為替トレーディングに従事。投資顧問会社では、ファンドマネージャーとして外債を中心に年金・投信運用を担当。現在は大手銀行グループにて、チーフストラテジスト、ALMにおける経済・金融市場見通し並びに運用戦略立案を担当。講演・セミナー講師多数。
「その分だけ貯金増えた」麻生氏発言で波紋
麻生さんが突っ込みたがりを誘うひとことをまた発しています。10万円の給付金についてです。
先ず、ご本人が仰った数値に関して申し上げると、ウソはついていません。共同通信の報道を引用すると、麻生太郎副総理兼財務相は、一律10万円の特別給付金に関して、以下の発言をしたとのことです。
「(個人の)現金がなくなって大変だということで実施した。当然、貯金は減ると思ったらとんでもない。その分だけ貯金は増えた」
「お金に困っている方の数は少ない。ゼロではないですよ。困っておられる方もいらっしゃる。だが、現実問題として、預金、貯金は増えた」
給付金を追加するかどうかの議論が出ている中です。「困っている人は多い」との反発が早速出て来ます。
データを見ると、おっしゃる通り
といったところで、発言に根拠があるのか、給付金の支給額と預金関連データをみてみます。
最初に給付済み金額の推移です。総務省によると、給付の割合は99%超とのこと。直近の総額は12.66兆円です。日本の人口は1億2,588万人。これに10万円を掛けると、給付金額にほぼ一致します。というか、掛け算すると人口の100%を超えていますが、あまり細かいことはここでは問わず、先へと。
次に日銀が公表している預金データです。国内銀行の普通預金は給付金に関係なくずーっと増えています。8月分の普通預金残高は1年前と比べて32兆円余りの増加です。
また、ここ数年をみると、1つの傾向があります。2017年からコロナ禍直前まで、おおむね前年比17兆円増えていました。この値が給付金交付の始まった5月以降、チャート上にてピョコンと上昇しています。5月以降の前年比増加額を示しますと、5月23.4(兆円)、6月28.4、7月31.1、そして8月32.0兆円増です(この値、0.1兆円未満を切り捨てています)。この4ヶ月を平均すると28.7兆円増。それまでの17兆円増との比較だと、11.6兆円の増加です。
給付金が12.66兆円。普通預金は11.6兆円の増加。この2つの値を並べると、麻生さんの「その分だけ預金は増えた」という発言通りです。
因みに、普通預金はトレンドとして増えていますが、定期預金は逆に減少しています。コロナ禍直前まで、普通預金は前年同月比+4兆から5兆円程度。この値も5月以降3.5兆円程度に若干減少しています。ただ、定期預金の減少幅はここ数年少なくなっていて、この減少がどれだけ給付金と関係あるかは微妙なところです。
Next: 本当に消費増につながらなかったのか?立場によって評価は変わる
「家具・家事用品」の消費は目立って増加
そして、給付金が消費増に繋がったかどうか確かめるため、試しに総務省の家計調査をみてみます。
こちらは解釈が微妙です。値をそのまま申し上げると、5月まで減少した後、6月以降は5月よりも増加しています。しかし、これは一気に落ち込んだ消費の反動と捉えることも可能でして、給付金の影響がどれだけあるのか、判断は難しいところです。
一方で、品目別の値をみると、目立った特徴があります。「家具・家事用品」の増加です。
6月以降、(名目の)前年比増減率は、6月+31.4%、7月+20.4%、8月+11.1%です。全体の支出はこの期間もマイナス(6月-1.1%、7月-7.3%、8月-6.7%)。この中での2ケタ増は特筆すべきところです。
細かくみますと、エアコンや冷蔵庫、洗濯機などの支出額が増えています。
思うに、「10万円の範囲内で、今まで買うのをためらっていたものを求める人が増えた」ということではないでしょうか。1点ならば居間用のエアコンや洗濯機などでしょうし、ホームセンターやネットでまとめ買いするなら、雑貨を何点か求めるのではないかと。
一方で、普通預金がほぼ給付金分だけ新たに増えた現実を勘案すれば、10万円の給付金がそのまま使われることもない、とも。
「心理的な支え」の面が大きい
麻生さんの立場ならば「効果は薄い」ですし、反論するならば「新たな消費を生んだ」です。
費用対効果の捉え方1つで、見解は異なります。「お前はどうなんだ」と聞かれれば、一個人としては「もらえるならば下さい」です。一方、マクロ経済、全般的な考え方でみれば、「給付金は、消費を刺激するより、10万円を得ることによる心理的な支えの面の方が大きい。数値としての刺激効果は限られる」となります。
巷の「5万円追加」にしても、「再び10万円」にしても、結果は一緒かと。
GoToなんとかへの期待も出るでしょうが、基本は同じ。むしろ5万円給付の方が、GoToトラベルの上限金額と重なり、波及効果があるかもしれません。
もともと貯蓄志向が強い日本人におカネを与えたところで、喜んで貯金するだけです。
Next: 政権支持率が下がれば対応は変わる?むしろ消費税を下げるべき
消費税を下げた方が景気刺激策になる
増税の難易度、というか選挙への負の影響はあるのでしょうけど、消費税を下げた方が目先の消費は刺激される気がします。
令和2年度の消費税、予算では21.7兆円。1年限定で12兆円分減税すると税率は6割弱なので、4%か5%くらいでしょうか。
時限立法の恒久化なんて選挙直前には必ず出て来ます。麻生さんにしても、副総理としては賛成でも、財務相としては頑なに反対するはず。
「その分だけ預金は増えた」は、選挙と共に生きる人ならではの発言です。いっそ、与党自民党の支持率がガクンと落ちた方が、「給付金じゃなくて減税」は出易いのではないでしょうか。
今回のまとめ
・麻生財務相、給付金に関し「その分だけ預金は増えた」、確かに増えています
・「一部は消費に」も確かですが、貯蓄好きには減税の方が費用対効果は高そう
・麻生さんの一言は、選挙と共に生きる人ならではの発言です
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『高梨彰『しん・古今東西』』(2020年10月26日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による
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