相談者はワードでまとめた資料を持参してきた。
それによると、離婚は2年前であった。当時3歳の娘さんの養育費は12万円。
相場からいうと、数倍相当な支払いをしていることになる。
面会は月1回との約束で、年齢によっては泊まりの面会や夏休みなどの数日の泊まりも許されるという条件で、今後成長によってあるであろう様々な発表会や運動会も許されるということであった。
しかし、離婚してからは一度も面会が許されることはなかった。
離婚の時に引越しをした妻子の新居の保証人であった彼の元には、敷金では足りなかった部屋の補修費の請求があり、彼は妻子の引越しを知ることなった。
離婚の原因は、元妻にあった。いわゆる不倫である。
もともと、彼女は勤務先の上司と不倫関係にあり、それでも彼と結婚をした。
つまり、二人と同時に付き合っていたことになる。
正確には、結婚前後、その上司とは関係が切れていたようだ。しかし、子どもが2歳のときに元の職場に戻るという流れで関係が復活したのだそうだ。
離婚の協議書には、元上司とは二度と会わないという文言もあった。
しかし、それがどれだけ有効であったのか下山は疑問に思った。
”人が会うか会わないかなど何者にも拘束できるようなものではない。”
きっと養育費相場を無視して、子ども可愛さに出すお金を高値にするために妻側がのんだ条件なんだろうと下山は思った。
下山は正直に話しをすることにした。
回りくどく説明をしても、目の前にいる相談者のような男性には、単刀直入に話した方が、理解が早いし、なにより、報告書に早く取りかかりたかった。
調査は確かに引き受けるようにするが、条件としては、少しでもストーカー的な被害やドメスティックバイオレンスなどがあったとわかれば、その場で調査を打ち切るということはのんでもらう必要があると。
調査をするには、この2つの条件は絶対的だ。
どちらが引っかかっても、報告は一切できない。ストーカーや暴力夫に、元妻の居場所をお金をもらったからという理由で教えるわけにはいかないのだ。
相談者は依頼者となった。
その瞬間、彼は脚を小刻みに震わせるのを止め、一度、目を閉じてから、背筋を伸ばし、一回り年下であろう下山に深く頭を下げた。