依頼者から依頼されたことに関して調査し、真相を解明することが仕事である、探偵。小説「シャーロックホームズ」や、人気アニメ「名探偵コナン」の影響で興味をもったことがある人も多いのではないでしょうか。メルマガ『ギリギリ探偵白書』では、現役探偵による「実体験」が毎回配信されています。今回は、離婚した妻と、離れ離れになってしまった子供の「身辺調査」のお話。目を背けたくなるような「養育費ぼったくり」の真相と「妻の現在」が、探偵側の心境とともに描かれています。事実はハードボイルド小説よりも奇なり?
元妻と子供の身辺調査
室内の壁面は白で統一されている。
床は青と緑の中間色とグレーのタイルカーペットが均一に並び、小さなプリザードフラワーがテーブルにいくつか飾られている。
中央の置き時計は、安物で、秒単位のズレはあるものの、カチカチと一定のリズムを刻んでいる。
T.I.U.総合探偵社の面談室兼会議室は、ビルの3階の1室にある。
会議は多くても5名程度の調査員の打ち合わせに使用するが、依頼人との面談では、せいぜい依頼人は3人、通常は1人であるから、面談室と使うときは、部屋が大きく感じる。
目の前に座っているのは、今朝予約の電話をいれてきた男性である。
脚を開き、左脚を小刻みに動かしている。
髪は整えてあるものの、顔色は悪く、目の下にはクマがあった。
調査主任の下山は、午後出勤をしたことを悔やんでいた。
今朝の出勤は代表の阿部とインターンの秋川、代表代理のサザビーの3人が担当であった。
どうやら、電話は一旦秋川が出て、その後、サザビーが話を聞いたようだ。
サザビー 「では、本日18時ですね。調査主任の下山という者が担当します。」
原則、代表の阿部は個別調査の担当者にはならない規則になっている。
代表代理のサザビーは、全体の調査を統括するため、企業間での取引の担当になることはあっても、その下に現場調査担当者が1名から2名選ばれる。
当然、秋川はインターンであるため、単独での相談対応は許されていない。
そうなると、必然的に当番出勤をしている調査主任が契約や現場の担当者になる。
T.I.U.総合探偵社は、創業当時から標準料金表を採用しているから、該当する調査項目を選び、それを計算すれば、誰でも料金を出せる仕組みが取られている。
各担当者には、個別に決裁権が与えられているから、多少の値引きなどには応じることができるが、大幅な値引きや調査項目の横断には、代表と代表代理いずれかの許可が必要になる。
下山 「ということは、僕一人で対応するということですか?」
サザビー 「今日はみんな出払うからな。それに単純な素行調査だろ?」
下山 「日程はクラウドで確認してということですか?」
サザビー 「更新してない子もいるから、全員に一応、確認だな。」
サザビーは電話で確認した内容を、簡単にまとめていた。
調査対象者は元妻ということであり、その元で暮らすリナ(仮名)5歳の女の子の養育状況などの確認ということであった。
このような調査は、注意事案として取り扱われることになる。
なぜなら、離婚した夫がストーカー化している懸念があり、探偵が事件に巻き込まれる可能性があるからだ。
代表の阿部からは、まずはじっくり話を聞いて、その上で判断すればいいよ。と言われたが、やると決めても、依頼を断っても、その根拠を翌日質問されることになる。
それに、調査現場を掛け持ちしたため、調査報告書の作成に取り掛からなければならない。納期もあるから、報告書を納期までに仕上げるには、徹夜もしなければならないだろうことはわかっていた。
情報流出対策で、報告書などは決められたパソコンで作らなければならない決まりでデータの持ち出しは厳重に管理されている。
焦って、報告書のデータを端折れば、すぐにチェックが入ってやり直しを指示されてしまうから、報告書は詳細に正確に書かなければならない。通常、20時間ほどの調査の報告書を作る場合、まる1日、時間がかかってしまう。
調査になるかならないか、もしかしたら、頭のおかしいストーカーかもしれない相談を仕事とはいえ聴くのは、少々尻込みしてしまうところもある。
下山は深いため息をついた。