知らない方がよかった?探偵によって暴かれてしまった「元妻の本音」

 

阿部    「おいおい、そしたら、あれか、養子縁組してるってことか?」

下山    「そこまではわかりませんけれど。」

阿部    「養育費はずっと払ってるんだよな。」

下山    「ええ、一度も怠らず、習い事とか幼児教育の費用とかも払っているそうです。」

阿部    「金づるか。」

下山    「少し様子をみたいと思います。」

下山は状況を確認するために、情報収集チームを代表の阿部に頼んだ。

阿部は、準調査員のきく子とベテラン調査員のゲンさんを現場に派遣すること
にした。

下山は現地で、コンビニの袋をぶら下げながら、巡回張り込みを行う。

巡回張り込みとは、住宅街などで一点張り込みが不可能な場合に行う緊急的な張り込み方法で、近隣住民を装いながら、散歩をしているように歩きながら、張り込みを行うという手法である。

代表の阿部からの直伝である。阿部は張り込みを研究しており、虫と呼ばれる通信機能をもつ小型のカメラを作ったり、巡回張り込みに犬を借りてきたりする。なぜか、たいていの動物は阿部に懐き、その指示に従うようになる。

犬の散歩で情報を集めたり、近所に住んでいる住人に溶け込んでしまう。代表代理のサザビーも張り込みには長けていて、気がつけば近所の少年とキャッチボールを始め、その母親からジュースをもらったり、ベストポジションといえる一戸建ての縁側で、その住人と将棋を打ちながら張り込むことすらある。

下山は、あのクラスになると、一種のバケモノのようなものだと思っている。常人であろう自分には、自分なりのやり方がある。

すでに、ゴミ出しをしている姿を確認しているし、保育所がどこかもつかんでいた。それを、情報収集チームに報せ、きく子とゲンさんは、聞き込み対策の下準備を進めさせる。

このような調査においては、素行の確認などは「動のチーム」、聞き込みなどの情報収集は「静のチーム」として動き、互いに連携をすることが、調査成功の鍵となっていく。

きく子は、妊婦に化けていた。

お腹に何かを詰めるようなことはしていないし、太った様子でもないが、そのような仕草を自然と行って、子ども達が遊ぶ公園で、静かにベンチに腰かけている。

ゲンさんは年齢的に、「うちの娘がいつもお世話になっています。」と挨拶をして回っている。

しばらくすれば、詳細な情報が集まってくるであろう。

依頼人の元妻は、依頼人と別れたのち、しばらくは依頼人に用意させた都内のマンションで生活をしていた。

そこでは、元上司を部屋に連れ込むなどをしていた。近隣の住人や管理人には、元上司を兄だと紹介したようだ。近くに勤めているので、時々様子を見に寄ってくれると言っていた。

依頼人には仕事を探していると言っていたようだが、元妻は養育費と行政からの手当て、財産分与でもらった預金と、自分の口座に隠していたお金で、生活のやりくりをしていたそうだ。

また、夫であった依頼人と別れたことや依頼人が元上司を訴えなかったことから、彼女らの密会は節操のない頻繁な状態となり、それが元上司の妻が疑う原因となったようだった。

結局、浮気は明らかにされ、元妻は多額の慰謝料を請求され、元上司もほとんどの財産を取られ、職では降格処分が下された。

元上司夫婦には、子がいなかったため、養育費の支払いなどはなかったようだが、財産分与とは別である慰謝料を一括では支払えず、分割で支払うようになったそうだ。

元上司の降格人事と時をほぼ同じくして、元上司と元妻は婚姻し、新居であるアパートに移り住んだ。ここでは、過去のことを知る人物はいないので、普通の夫婦として暮らしているということであったが、生活は苦しい状況であった。

元上司は、子を養子縁組し、自らの子としたが、それによって扶養義務が自分に移るということを知らなかった。

しかし、それがわかると、夫婦喧嘩をしたようだが、結果として、依頼人と子を会わせず、唯一の連絡手段である携帯番号とメールアドレスを変えてしまえば、養育費は余分な収入として得られると考えたようであった。

元妻は、買い物帰り、それを咎めたのであろう電話の先の人物にこう言った。

「あのバカ男が正直で素直で、誰にでも優しいって善人面している限りはさ、死んでも養育費は払い続けるんじゃないの?それこそ、死んで貰えばさ、あいつの持ってるものはさ、リナが受け取る権利があるんでしょ。それこそ、養育費が終わる頃にでも過労で死んでくれないかな。」

下山は素行の確認を続けていた。

元妻は、子どもを保育所に預けると、駅まで自転車で向かい、駅前のパチンコ屋の開店前の行列に並ぶのだ。

そこで、整理券をもらうと、狙った台に座り、数時間を過ごす。途中で資金が尽きれば、決まった男らの内、その日の勝ち台を引いた者と近くの休憩施設に入り、小遣い稼ぎをするのだ。

それは、近くのトイレということもあったし、ミニバンの後部座席ということもあったようだ。

こうなると、狂ってるとしか考えられない。

下山がパチンコ屋で彼女の行動を目で追っていると、隣の台に座っている初老の男が話しかけてきた。

「あれは、あれで、結構、いい女だぞ。なんなら、紹介してやってもいい。」

”バカな、この店の客も狂ってやがるのか!”

下山は怒りのようなものを思い浮かべながらも、表情はそれに合わせるようにして、興味あり気に、その初老の男に色々と聞いてみた。

すると、はじめは、元上司に連れてこられたそうだということがわかった。

ビギナーズラックであろうか、その時は、大勝ちしてパチンコ玉を周りに並べ、閉店まで大当たりが続いたそうだ。

それからしばらくすると、朝の行列に並ぶようになった。

そして、負けると台の前で呆然と座るようになった。

常連客の一人が、それに声をかけるようになり、少し玉を譲ってもらったり、打ち方を教えてもらうようになった。

しかし、ギャンブルはギャンブル、パチンコといえぞ、テラ銭のような仕組みは必ずある。負けがこむと生活費にも手をつけてしまうのであろう。

それでも、すでにパチンコ依存になっているだろう彼女は、店に通い続けた。

身体を預ければ、あぶく銭を稼いだ男らは、いくらか置いていく。

それなら、多少負けても、遊ぶ金には苦労しなくなる。

ちょうど競馬場などのギャンブル場の近くにある風俗店に似ていると下山は思った。

下山は報告書を作成していた。

調査の様子は、報告書作成前に、代表の阿部に説明していた。

阿部は、眉間に皺が寄り、目つきが険しくなっていた。

そして、「報告の際は同席する。」と言って帰ってしまった。

報告書には、母子が笑顔で遊ぶ写真が添えられている。

子は母が、パチンコに通っていることやそこで男らから金をもらっていること、実の父が、実は生きていて毎月養育費を払っていることを知らない。

交通事故で亡くなったと元妻は子どもに吹き込んでいた。

そして、この子は、お母さんが大好きなのだということが写真からもよくわかる。

それでも、こうした生活が続けば、いずれは破綻する。

人としての関係が破綻し、生活するための資金が破綻し、信用も破綻する、そういう過程を、児童虐待に関する証拠収集調査で、嫌という程、下山は見てきた。

調査員は冷静な判断をするためにも感情移入させてはいけないと教え込まれていても歯を食いしばり、拳を握りしめたことが何度あったことか……。

下山は複雑な心境のまま、依頼人へ電話をした。

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