拉致問題を「政治利用」してのし上がった安倍総理の罪と罰

 

ストックホルム「再調査」合意の空しい結末

上に引用したように、蓮池が

アジアの「加害国」であり続けた日本の歴史の中で、唯一「被害国」と主張できるのが拉致問題。ほかの多くの政治家たちも、その立場を利用してきた

と指摘しているのは重要である。

結局のところ、安倍のアジア近隣外交とは、北朝鮮に対しては拉致一本槍で、韓国に対しては従軍慰安婦問題、中国に対しては歴史認識問題を正面に押し立てて、日本は「中国や韓国に加害者呼ばわりされる謂われはない、それどころか北朝鮮との関係では被害者なのだ」と叫び立てることで日本のプライドを取り戻そうということに尽きる。これではまるで、「僕は何にも悪いことなんかしていないもん。僕に酷いことをしたのはお前じゃないか」と言い張る餓鬼の喧嘩みたいなもので、そこには日本とアジアの未来を見据えた総合的な外交戦略など入り込む余地すらもない

蓮池の言う「政治利用」の本質はそこで、安倍は日本会議由来の「偏狭なナショナリズム」を煽って、自分の栄達や政権の浮揚を図るための道具として拉致問題を利用してきただけなのだ。

2014年5月のストックホルムでの日朝協議における「再調査」合意もまさにそれで、北朝鮮側が「拉致被害者、特定失踪者、日本人妻、残留邦人、大戦終了前後の遺骨調査のすべてについて再調査を始める」代わりに、日本側は対北独自制裁の一部を解除するということになって、当時政府はマスコミを通じて今にも何人かの拉致被害者が帰ってくるかのような一大キャンペーンを繰り広げたが、大山鳴動鼠一匹の体で、何1つ成果が出ないままに終わっている。

それもそのはずで、これは外務省はもちろん、首相肝煎りの拉致問題対策本部もスルーして、北の非公式ルートから持ちかけられた話に安倍側近が軽々しく乗って、「14年の夏の終わりか秋口に成果が出れば、万々歳。仮にも横田めぐみさんが帰ってくるということになれば、安倍が平壌訪問して国中が沸き立つような一大パフォーマンスになって、秋の政局を突っ切れる」という、純粋に政権運営的な思惑から飛びついただけのことで、北からのジャブにまんまと引っかかってしまったのである。

私は同年8月27日付の日刊ゲンダイのコラムで、「北朝鮮のペースに嵌められた」と指摘したが、蓮池は、

心配した通り、「夏の終わりから秋の初めごろ」とされた再調査結果報告の期限は、守られなかった。拉致問題のプライオリティの低い北朝鮮にとっては当然のことなのかもしれない。北朝鮮側は「誰も見つからなかった」という、いわゆる「ゼロ回答」をしようとしたが、日本側が受け入れなかったという説もある

(P.64)

と書いている。要するに安倍の政局思惑からの前のめり姿勢が北に見透かされているということである。

こうして、「拉致問題の安倍」が2度も首相になったというのに、この問題は一向に進展しないばかりか、むしろ膠着を深めている。蓮池がこの本の全編を通じて問いかけているように、拉致問題の解決とは何かという定義を明確にした上で、単に経済制裁を振り回すのではない、本気の対話と交渉の路線をどう設営するのかを考えるべき時である。

image by: 首相官邸

 

高野孟のTHE JOURNAL』より一部抜粋
著者/高野孟(ジャーナリスト)
早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。
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