田中角栄の人心掌握
良くも悪くも田中角栄は金権政治の申し子だ。今回はその善悪を問わない。田中の心の掴み方だけに注目したい。
ある選挙の際に、田中は早坂に現金の配達人として全国を飛び回るように命じた。田中は金の配り方を次のように説明している。
「お前がこれから会う相手は、大半が善人だ。こういう連中が、一番つらい、切ない気持ちになるのは、他人から金を借りるときだ。それから、金を受け取る、もらうときだ」
「だから、この金は、心して渡せ。ほら、くれてやる。ポン。なんていう気持ちが、お前に露かけらほどもあれば、相手もすぐわかる。それでは百万円の金を渡しても、一銭の値打もない。届けるお前が土下座しろ」
金を支払う部下に土下座をさせる男、それが田中角栄だった。庶民の気持ちの深い部分を理解した男だと思わざるをえない。
田中角栄は目白の田中御殿で地元の人々を暖かく迎え入れた。やあ、やあ、と挨拶して回り、突然、小汚い恰好をした老婆に声をかける。
「おい。そこのトメさん」
びっくりした婆さんが立ち上がる
「オヤジはまだ、抱いてくれるか」
部屋中がわっと明るくなる。婆さんが顔を赤くしていると角栄は続ける。
「よかった。いつまでもかわいがってもらえ。ところで、でかさない倅は、どうしてる」
「先生、こないだ1万円送ってきた」
「それはよかった。バカはおだててやれ。1万円が2万円になるぞ」
場の雰囲気を大事にしながら、普段注目もされることのない一人の老婆を励ます。
早坂は次のように書いている。
「人は誰でも、平和に、しあわせに暮らしたい。つつましくていいから、毎日、家じゅう、明るく過ごしたい。そう思っている。人に迷惑をかけたくない。人からバカにされたくない。できれば、一生に一度、晴れがましい思いをしてみたい。トメ婆さんは、そうした気持ちでいた。その溢れるばかりの思いを、角栄は知っていたのである。」
人心掌握術を学ぶためには、田中角栄に学ぶのが一番だ。
image by: 首相官邸ホームページ
『岩田温の『政治哲学講義』』
著者/岩田温(政治学者)
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