1つは、ハシナ政権は「ジャマティと有権者の間を引き裂く」ために、「ジャマティは過激派」だという政治的なメッセージを断続的に出しているということです。そして、この間に暴力事件が増えていっています。
バングラでの「ブロガー殺害事件」というと、一つの事件のように聞こえますが、2015年から16年にかけて断続的に少なくとも5件は起きており、その多くは「無神論やLGBT支持者で、原理主義批判をした人物」が狙われ、多くの場合は刃物を使った暴力で殺害されています。
この間の問題として、詳細を調べて行かなくてはならないのですが、ハシナ政権の対策が非常に一本調子であったということ、特にジャマティに「犯罪者」というレッテルを貼って、これと提携しているBNPの支持を減らそうと言う計算とでも言いますか、必要以上に問題を大きくしているという印象があります。
2つ目の問題は、2015年に日本人が銃で殺されているという事件です。この事件については、現地に詳しい田中秀喜氏という方のブログによれば、真相は不明である一方で、ハシナ政権はジャマティに責任を押し付けていたという「ふし」があるようです。
この時点で、1つ目の問題、つまりハシナ政権がジャマティに代表されるイスラム勢力と、徹底対決の覚悟をしてしまったということ、そして2つ目に、その対立の中で日本というカードが使われているということ、この2つが結びついてしまっているということがあります。
ここで、原点に戻った議論をするのであれば、日本はバングラについては、それこそ70年のサイクロン被害の際には、官民を挙げて大変な援助をしています。そして独立運動を支持し、独立後もずっとお互いに「最も親しい関係」を続けてきたわけです。
どうして日本がそこまでバングラに「入れ込んだ」のかというと、水害との戦いを運命づけられているなどの共通点もありますが、何よりも世俗主義的な「国のかたち」の相性が良かったからということがあると思います。以降、多くのバングラ人が来日し、日本に好感を持って帰っていますし、日本人も多くの人が支援に行っているのです。
ですが、そのバングラが、一歩間違えば「暴力を伴う深刻な対立」が恒常化した国になってしまう危険性があるわけです。そして、その中に、「偶然そこにいたから」ではなく、日本人の存在が双方のカードとして切られつつあるような嫌な感じがします。
2点申し上げたいと思います。1つは、日本の外交当局は、この事件によって「バングラの国内対立のエネルギーが拡大する方向」には何としてもストップを掛けなくてはならないということです。また、これ以上「日本が関係した事件」をバングラの国内の政争に「カード」として使われてはたまらないということがあります。
2つ目は、既にバングラではキャンセルできない大規模な支援案件がたくさん決まっています。これを今回の事件を理由に延期もしくは中止はできない中、何とかして関係者の安全を確保しながらプロジェクトを成功させて、バングラの国情安定に寄与するということ、それは大変に重要なことだということです。
最悪なのは、1をやらないで、つまりバングラ国内での対立エネルギー拡大を放置するようなメッセージを、ハシナ政権に対して出しながら、2の支援プロジェクトは続行するということです。これは、両国に取っては、誤った選択になる、そんな危険性を感じています。
問題はそこにあり、極めて特殊なバングラデシュの独自の問題なのです。漠然と「ISISは怖い」とか「テロは良くない」というような話をしている場合ではないと思います。
『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋
著者/冷泉彰彦
東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは毎月第1~第4火曜日配信。
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