【京都】亡くなった子供らの為の伝統行事「地蔵盆」その慈しみの歴史

 

昔は貧しくて食べることに困ると口減らしのために間引き子殺しが普通に行われていました。産まれた子供をすぐに殺したり、遠くまで連れて行き置いて帰るということが珍しくなかったのです。生活が苦しくて生きるためには仕方がなかったのでしょう。日本全国、町の至る所に地蔵菩薩が建ててあるというのはその当時の名残なのです。亡くなった子供の幸福を祈る民間信仰であり、親の子に対するせめてもの供養の気持ちが込められたものなのです。だから地蔵盆は子供のためのものなのです。

平安時代以降に阿弥陀信仰と結びついた地蔵信仰は民間に広がりました。そして地獄の鬼から子供を救うとして子供の守護神ともなり、現在に至っています。京都では室町時代に地蔵盆が大流行しましたが、東京ではお地蔵さんが作られたのは江戸時代になってからだと伝えられています。江戸ではお地蔵さんよりお稲荷さん信仰が盛んだったため地蔵盆の風土があまり根付かなかったようです。

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