中国と「一触即発」のウソ。実は関係改善で、日中首脳会談の可能性も

2016.08.31
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日中「海空連絡メカニズム」のこれまでの経緯

嘘だろうと言われてしまいそうだが、この問題の扉を開いたのは第1次安倍政権である。「戦後レジームからの脱却」とか「美しい国」とか言って06年9月26日に首相の座に着いた安倍は、意外なことに、最初の外遊先に中国を選び、就任からわずか12日後の10月8日に北京に飛んで胡主席、温家宝首相と会談した。この時、谷内は外務次官で、彼が中国側に根回ししてこのサプライズを演出した。そして、翌07年4月に温が日本を答礼訪問して行われた首脳会談で、「海上連絡メカニズム」(当時の名称で、15年1月に海軍だけでなく空軍も含むことにして改称)の整備を日本側から持ちかけ、日中防衛当局間の協議を開始することが合意されたのである。

ちなみに、谷内・楊のパイプはこの安倍電撃訪中の時から形成され、それを少なくとも中国側は、対日関係の最も重要な「ハイレベルの政治対話チャンネル」と位置づけている。谷内は、08年に次官を退いて民間会社の役員などをしていたが、12年に第2次安倍内閣が発足すると内閣官房参与に呼ばれ、14年に国家安保局が出来るとその初代局長に就任した。つまり、一貫して安倍の対中パイプの役目を果たしてきたのであるけれども、だからと言って安倍の対中姿勢が一貫して訳ではない。むしろ、側近の日本会議系の嫌中右翼どもに煽られて時代錯誤の「中国包囲網」外交に傾きがちな安倍であるにも関わらず、何とか対中対話のパイプを繋いできたのが谷内だったという構図である。

さて、安倍・温合意に基づいて、08年4月には課長級による第1回共同作業グループ協議が開かれた。以後断続的に会合が行われ、また並行して双方の軍関係者による非公式会合でもこれが議題に上った。

14年1月1日付の毎日新聞が1面トップでスクープし、本誌も何度か言及してきたことだが(注1)、10年5月に北京で開かれた日中軍関係者による非公式の「日中安保問題研究会」では、中国海軍付属のシンクタンクに属する准将と、中国3軍のシンクタンク「軍事科学院」の別の准将の2人が、中国が当時まだ検討中だった防空識別圏案の図を提示して、「尖閣諸島など東シナ海で日本の識別圏と重なる部分があるので、両軍空軍機による不測の事態を防ぐためのルール作りを進めたい」と提案した。

★(注1)14年1月4日CONFAB、15年10月5日付INSIDER など。また木村朗ほか編『沖縄自立と東アジア共同体』(花伝社、16年刊)第2章高野稿を参照)。

そのことを踏まえて、12年6月に北京で行われた第3回共同作業グループ協議では、

  1. 両国防衛当局間の年次会合・専門会合の開催
  2. ハイレベル間でのホットラインの設置
  3. 艦艇・航空機間の直接通信

──の3つのメカニズムを構築することで合意が達成された。

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