都心から過疎の町まで~無添加パン屋急増の理由
ある卒業生の店を訪ねてみた。東京・杉並区の「ラ・スリーズ」。広さ3坪ほどの小さな店は、いつも地元のお客でにぎわっている。一番の人気のクロワッサンは1つ140円。外はサクサク、中はモチモチで、多い日には100個以上が売れるという。
オーナーの櫻木幸人さんは5年前に脱サラし、リエゾン・プロジェクトでパン作りを学んだ後、この店を開いた。
「河上さんは生粋の職人で、彼の30年の経験で考え抜いたシステムを5日間に集約したものを私に教えてくれました。だから10年の研鑽を積まなくてもパンが作れた」(櫻木さん)
地方で店を開いたオーナーもいる。愛媛県伊予市の過疎の町に去年オープンしたのは、古民家を改装した「ぱんや107」。近所だけでなく隣町からも人が集まるようになり、ちょっとした交流の場になっている。縁側に座って焼きたてパンを食べられる。
オーナーの伊藤洋一さんは去年、家族6人で東京からこの町に移住してきた。町にパン屋がないことを知り、リエゾン・プロジェクトの研修を受けて店を開いた。
「今回このシステムに巡り会えたことによって、短い期間で移住して開業まで進めたという部分に関して、おかやま工房さんに感謝している」(伊藤さん)
リエゾン・プロジェクトでオープンしたパン屋はこれまで120店舗以上。北海道から沖縄まで、すごい勢いで増えているのだ。
なぜ河上は他人の開業を支援するビジネスに乗りだしたのか。その裏にはパン業界が抱える深刻な問題があった。パン職人になるには長年の修行が必要で、多くの店で後継ぎがいないという。
「後継者の問題や職人の問題で店が減っていっている。そのもどかしさというか、くやしさというか、なんとかできないのかなと……」(河上)
町のパン屋は次々と廃業しており、その数はピーク時の3分の2まで減少している。
「職人にならないとパン屋ができないというのが常識になっている。そうではないリエゾン・プロジェクトを知ってもらえたら、される方はいっぱいいると思う。日本全国においてパン屋の復活に絶対つながると思っています」(河上)
5日間でパン屋を開業?~画期的システムの全貌
7月下旬、長野県南部の松川町に河上がやってきた。人口1万3000人の松川町は、パン屋がたったの2店舗しかない空白地帯。向かったのは社会福祉法人「アンサンブル会」。知的障害者に働く場を作り、自立を支援している団体だ。
スタッフと障害者が一緒にケーキやお菓子を作って販売している。ここで焼きたてパンも販売したいと、河上を呼んだのだ。施設側は3年目のスタッフ、塩澤暁代さんにリエゾン・プロジェクトの研修を受けさせることにした。
8月下旬、塩澤さんが東京の研修センターにやってきた。開業に必要なパンの作り方を学ぶ。5日間の研修で費用は10万円(税別)。
5日間でマスターするため、様々な工夫がある。まずはオリジナルの小麦粉。河上が試行錯誤の末、5種類の国産小麦をブレンド。食パンからフランスパンまで、すべてのパンを添加物なしでおいしく作ることができるという。
生地を膨らませる酵母を準備。これは米と麹でゆっくり育てた天然酵母だ。添加物を入れなくてもおいしい生地が作れるよう、水の量やこねる時間にも独自の工夫がある。
この研修で学ぶパンは15種類。クロワッサン、メロンパン、食パンなど、地域や季節に関係なく安定して売れるものに絞っている。種類を絞ってそれを集中的に練習するほうが、技が早く身に付くのだ。
もう一つの工夫は、頻繁に秤(はかり)でパンの重さをチェックし、長さも測ること。それぞれのパンの工程ごとに、重さや長さなどを数値化したレシピがある。そのレシピ通りに作れば、初心者でも失敗しない。さらにエアコンはつけっぱなし。室温を常に25度に保つから、季節に関わらず同じ質のパンが作れる。
こうして5日間みっちり研修を受ければ、未経験の人でもおいしい無添加パンが作れるようになるのだ。
「あっという間の5日間だったけど、自分にもできるんだなと思えるようになりました。国産小麦を使ってますよ、無添加の生地ですよ、ということを売りにしていきたいと思います」(塩澤さん)
10月22日、長野の「アンサンブル会」にいよいよパン屋がオープンする。塩澤さんは研修を終えてからも、この日に向けて練習を重ねてきた。
この日は全部で11種類の無添加パンを用意。午前10時、いよいよオープンすると、お客はすぐに焼き立てパンの匂いのする方へ向かい、次々と買っていく。
パン屋の空白地帯にまた一つ、焼き立てパンを出す店が誕生した。