入院は自分を他人に託す部分が大きい。託さないと成立しない生活である。大人を捨てて幼児に戻る。とたんにラクになる。幼児なんだから何をさらけ出してもいい。どんな恥をかいてもいいという心境になる。「よく考えてみると、まさに魔界なんですね、病院というところは」。そんな達観が生じる所らしい。
不本意の最大級がガラガラである。点滴の袋や酸素ボンベ、いろんな計器みたいのが載せてあって、台とかワゴンとかいう類いのアレ、朝から晩までコレと一緒に過ごす。病院の中では必ず患者がガラガラ引っぱって歩く。入院したことのない人には、これといつも一緒の患者の気持ちは分からないだろうという。
悔しい、癪に障る、ハラも立つ存在だが、アレが患者の命の実権を握っている。本人のデータもすべて知っている。特に問題なのはオシッコ袋で、いっぱい入ってるのは恥ずかしい。色が濃いと恥ずかしい。なぜ恥ずかしいのか自分でも分からない。とにかくガラガラ(イルリガートル台)が、入院生活で一番強い印象が残ったようだ。
入院患者は毎日毎日、日課がビッシリ。本を読むヒマもない。1か月余の入院生活だから、自然に古老意識のようなものが芽生える。少しずつ地位が上がっていくような気がする。そのうち原住民という意識に変化していく。外来の人への対抗意識が生まれる。文明人の服装や行動にいちいちいらだちを覚える。
患者だまりの休息コーナーの人たちは、もちろん全員パジャマ、ヨレヨレ、頭髪乱れっぱなし。挫折の人たちに欲も得も髪もプライドもない。「こういう異世界に1か月も住んでいると、かえって実界の仕組みや実相がよく見えてくる」。貴重な体験だ。わたしは遠慮するが。ショージ君、79歳、まだまだ頭脳が若い。
編集長 柴田忠男
image by: Shutterstock.com