遺書も準備。金美齢氏と台湾独立運動に生涯をかけた夫・周英明氏

jog20171031
 

評論家としてテレビを始め、幅広いメディアで活躍中の金美齢さん。しかし、現在に至るまでには夫である周英明さんとともに「台湾独立運動」に長年関わり、死刑にされる危機もあったという激動の半生を歩んできました。今回の無料メルマガ『Japan on the Globe-国際派日本人養成講座』で、著者の伊勢雅臣さんが詳しく紹介しています。

台湾独立の戦い

「昭和36(1961)年4月、羽田空港に降り立った私は、人目がなければ、地面に跪(ひざまづ)いてキスをしたいくらいにうれしかった」。台湾から東京大学に留学した周英明さんはこう思った。翌日井の頭線に乗って渋谷に向かう車中、笑いがこみ上げて、我慢できなくなってしまった。

とうとう、本当の自分、周英明に戻ることができた! もう誰に対しても自分を偽る必要はない。台湾を支配する国民党の連中、ざまあみろ。私はお前たちの手中から逃れて、自由な国に来ることができた。もう二度と、絶対におまえたちには捕まるものか! ざまあみろ。
(『日本よ、台湾よ─国を愛し、人を愛すること』金美齢、周英明 著/扶桑社)

戦後、日本が引き上げた後で、台湾では蒋介石の国民党により恐怖政治が行われた。周さんはそこから脱出してきたのだった。

台湾人の怒り

遵法観念なし、衛生観念なし、教養なし、文化レベル最低の中国人が警察・軍隊・役所など、権力を全部掌握して、好き勝手なことを始めたからたまらない。
(同上)

これが終戦直後の台湾だった。

日本統治時代の台湾は米は豊作、一級品の砂糖の生産も盛んだった。その砂糖や米穀を、中国兵のトラックが次から次に運び出して、中国大陸に売ってしまった。軍や政府の上層部が、金儲けのために勝手に持ち出すのである。その結果、飢饉を知らなかった台湾で米不足になり、極度のインフレが生活を直撃した。

また中国海軍が香港あたりから密輸してきた外国たばこを、元締めから仕入れた台湾人が街頭で売る光景が見られるようになった。国民党政府は専売で売っている台湾たばこの売り上げが落ちるので、これに目を光らせていた。警官が来ると、たばこの密売人は一斉に路地裏や物陰に隠れてやり過ごす。

1947(昭和22)年2月27日夕方、たばこの密売で生計を立てている未亡人が逃げ遅れて捕まってしまった。「子供がいるんです」「生活に困っているのでどうかお見逃しを」と土下座して懇願するその未亡人から、取締官は密売たばこを取り上げ、ジープで連行しようとした。抵抗する未亡人は取締官に小銃の台座で殴られ、頭から血を流した。

一部始終を見ていた群衆は、はじめは「許してやれよ」というヤジを飛ばしていたが、それが「やっちまえ」にかわり、危険を感じた取締官は群衆に向かって発砲し、けが人が出る騒ぎになった。

民衆の怒りは収まらず、翌28日朝、膨れあがった群衆は「発砲してけがをさせた警官を処罰しろ」と専売局前の広場に押し寄せた。2階のバルコニーにいた警備兵が広場の群衆に向かって機銃掃射し、数人の死者が出た。この事件で、これまで我慢していた台湾人の怒りが爆発し各地で暴動が起きた。

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