北方領土返還でプーチンの「餌」にまんまと引っかかった安倍首相

 

2島さえ無条件では返らない

北方領土問題に詳しい岩下明裕九州大学・北海道大学教授は、この安倍首相の選択は「2島を上限とするより厳しい交渉」に移行することだと指摘する(上述の朝日「耕論」)。

2島先行は、プーチンが一貫して拒み続けて来たもので、国後・択捉を日本に返すことはありえず、宣言にある2島すら無条件で返すつもりはない。それがプーチンの示す姿勢で、本心は「0島」なのだろう。

2島先行を求めても相手は乗ってこない。その現実に突き当たり、日本政府は今、2島をベースにした新しい交渉の入り口にいる。それが共同宣言に回帰することの意味だ。プーチンの誘い水に乗った形だろう。

2島先行でも2島プラスアルファでもない、2島を上限とする交渉の時代だ。なぜならば、スタートラインを2島に設定した交渉の帰結は、それ以下にしかならないからだ。

最終的に「1島プラスアルファ」になるのか、あるいはそれ以下になるのか。誰にも予測できない。

北方領土を大きく失ってまで平和条約を結ぶことに果たしてどういう国益があるのか。平和条約がなくても日露関係は基本的に安定してきた。また、日本にとってロシアの存在は、言われるほど大きな意味を持ってない。安倍首相がこだわるのは自身の実績にしたいからではないかと私は疑っている。憲法改正と同じ「悲願」だ……。

安倍流改憲も、現実の壁にブチ当たって、もう中身など何でもいいからとにかく改憲をやり遂げたという実績だけを作りたいということで、正面からの全面改憲を回避し、9条の1項・2項はそのまま残して3項を付け加え自衛隊の存在を明文化するという姑息な手段に走ったものの、それすらも国会に持ち込むに至っていない。北方領土も同じで、参院選を控えて来年前半までに目覚ましい実績をあげられる外交テーマはないかという観点からプーチンの「年末までに」という誘いかけに飛びつき、中身はどうでもいい2島だけでも返ってくればいいじゃないかという安易なところへ踏み出してしまった。これでは足元を見られて、岩下教授が懸念するとおり、1島+αかそれ以下に追い込まれる危険がある。

それ以下というのは、例えば、プーチンは「2島の引き渡し後の主権が日露のどちらが持つのかは協議する必要がある」と言っていて、2島でさえもどういう形で「引き渡し」になるのか未定だということである。それはある意味で当然で、歯舞・色丹は70年以上もロシアの実効支配下にあり、色丹には約3,000人のロシア人が住み、近年はインフラ投資や経済特区の建設も進んでいる。その島を、はい、明日からは日本領ですと言って住民ごと日本に引き渡すことなどできるはずがない。仮に、歯舞は即時返還するが、色丹は日本の潜在主権を認めるけれどもロシアの実効支配は相当長期にわたって続けるということになれば、それが「1島+α」である。

安全保障の側面も難問で、ロシアは、引き渡した島が日米安保条約の適用範囲となって米軍が基地を作りたいと言えば認めなければならない日本の属国性を問題にしている。安倍首相はそうさせないつもりであることを前々からプーチンに伝えているようだが、それについて米国の許可を得ていない。それを米国に求めれば、その代わりにロシアが国後・択捉に置く3,500人の部隊(5,000人に増強計画あり)とミサイル基地を撤去させろと言われるに決まっている。この交渉だけでも何年もかかるだろう。

こうして、何についてもドタバタと手を変え品を変え「やってるフリ」をし続けるという安倍流は、自ら墓穴を掘ることになる可能性が大きい。

《参考》

● 孫崎享『日本の国境問題』(ちくま新書、2011年)
● 岩下明裕『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』(朝日新書、2013年)

image by: 首相官邸

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2018年11月19日号の一部抜粋です。初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分税込864円)。

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