人気作家が語る「方丈記」を日本三大随筆たらしめた鴨長明の眼力

chichi20181206
 

神職としての出世争いに敗れ、出家して閑居生活に入った鴨長明(かもの ちょうめい)。山林での暮らしの中で、後に日本三大随筆の一つに数えられる『方丈記』を著します。そんな随筆と小学校高学年のころに出会ったという作家の三木卓さんが、無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』で、作家ならではの視点を交え自らの原点となった体験と重ね合わせながら、人間鴨長明の心情に迫っています。

日本の三大随筆の一つ『方丈記』の実力 三木卓(作家)

作家の三木卓さんが語る、「我が人生の古典」。それは小学生高学年の頃に出逢った鴨長明の方丈記』でした。


長明は1216年、その61年の生涯を閉じた。『方丈記』を読むと、晩年の長明は若い頃とはまた違った心境に至ったような印象を受ける。浄土宗の僧侶となった長明は、沈みゆく太陽を見つめながら、遥か西方浄土に思いを寄せるかと思えば、近くの童子と仲良く遊ぶのどかな心の面も覗(のぞ)かせている。

仏教には「観想かんそう)」という言葉がある。

物事の真の姿を捉えようとして思いを凝らすことである。最晩年の長明を思う時、僕はこの観想という言葉を真っ先に連想する。興味深いのは、彼の視線が西方浄土を仰ぎ見るだけでなく、四季豊かな現実の世界、その中で孤立を選んだ自分自身にもしっかりと向けられていることだ。それを象徴する文章がある。

静かなるあかつき、このことわりを思ひつづけて、みづから心に問ひて云はく、世をのがれて、山林にまじはるは、心を修めて道をおこなはむとなり。しかるを、汝(なんじ)、姿は聖人(ひじり)にして、心は濁(にご)りに染(し)めり

世を逃れて山林に隠れ暮らすことにしたのは仏様の道を学ぶはずだったのに、私は姿こそ僧だが世俗の考えで濁っている、という懺悔にも似た自己反省の思いがそこには込められている。

今年83歳になる僕だが、自分を客観的に観察し、その弱さを正直に吐露する長明の人間くさい一面にたまらない魅力を感じる。誰よりも僕自身がナマぐさい人間だからだ。

文章を生業とする者として、その男性的認識を示した文章鋭い観察眼にも感嘆を禁じ得ない。長明の生きた時代は政治が大きく変わっただけではない。人の生きる条件もいつも人々を脅かした。

京都でも大火やつむじ風、大地震などが次々と起きた。長明はその悲惨な状況や人々の動揺を冷静な目で見てつぶさに活写している。これほど優れた描写力は当時の文献として瞠目するものだ。まさに日本の三大随筆と呼ばれる所以である。

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