中国の犠牲者が続々。途上国を蝕む「一帯一路」のやりたい放題

takano20190205
 

中国が提唱する現代版シルクロード構想「一帯一路」。「着々と進行中」とも「息切れ寸前」とも伝えられていますが、その真相はどこにあるのでしょうか。先日、一帯一路構想に乗り国土開発を進めるカンボジアを視察してきたというジャーナリストの高野孟さんが、自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、当地で見た思いもよらない光景を紹介しています。

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2019年2月4日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

荒々しい中国資本主義の「一帯一路」戦略──カンボジアで見た思いもよらぬ光景

中国や東南アジアで手広くビジネスを展開している友人の案内でカンボジアを3日間、視察した。カンボジアはASEAN-10の中でも国力的には下位にあって、人口は第7位の1,600万人、GDPは第8位の223億ドル、1人当たりGDPは第9位の1,390ドル(2017年推定)ではあるが、近年はGDP年率7%ほどで成長し続けていて、活気に満ちている。とはいえその活気を吸い尽くしているのはどうやら中国で、その「一帯一路戦略の光と陰のコントラストがカンボジアでこそよく見えるのだという。

実際、カンボジアはタイ、ラオス、ベトナムと国境を接するインドシナ半島のヘソなのである。

シハヌークビル経済特区

首都プノンペンから南西に国道4号線を230キロ、3時間半かけて走ると、シハヌークビルの港町に達する。この港は、カンボジア唯一の海洋港で、しかも水深のある良港である。というだけでなく、1953年にフランスの支配から脱した後にシハヌーク殿下が真っ先にこの港を建設し、それを見下ろす山上のホテルをも自ら企画し設計を指導もして「インディペンデンス・ホテル」と名付け〔そこに私共も宿泊した〕、殿下のそれらの行跡を記憶するために旧市名コンポンソムをシアヌークビルに改めたという、町そのものがカンボジアの独立を象徴する記念物なのである。

ところがここ数年の内に、そこがカンボジアの中国への従属を示す一大拠点に変貌してしまうという酷いことが起きた。

“従属”と言っても、もちろん悪いことばかりではない。港から12キロほどの4号線沿いに2008年から建設が始まった「シハヌークビル経済特区(SSEZ)」は、カンボジアと中国との政府間協定に基づいて中国の官民が全面協力し、計画面積1,113ヘクタールの広大な敷地に最終的には300社従業員8~10万人小学校まで備えた一大工業都市を作り上げようとするもので、現在までに敷地の約半分が整備され、110社が入居もしくは準備中である。その9割は中国企業。職種は繊維・縫製、靴・鞄、家具・木工などが多い。

実はカンボジア全土には、経済特区が47カ所もあってサービスを競っているが、その中でこのシハヌーク経済特区はダントツの規模と企業数を誇っていて、それはこれを何としても成功させて「一帯一路構想のランドマークに仕立てよう」という習近平主席とフン・セン首相との合意によるところが大きい。港のすぐ近くには日本のODAによるシハヌーク港経済特区」が2012年に開所したけれども、面積は25分の1、入居企業は日本からの2社のみで、ゲートに管理人もおらず半ば廃墟化しているのとは、天と地の違いである。

恐らく日本の場合、外務省と現地大使館は有償資金協力を出しただけで満足で、出来た特区が巧く活用されているかどうかには関心がない。後のことはJICA辺りに委ね、JICAとて自分が作ったものではないし、閑散としていても自分の懐が痛む訳でないから何もしない、問い合わせがあれば答える、ということなのではないか。それに対して中国の場合は、政府間協定の下で江蘇省無錫の民間開発企業が全面出資し、まずは自分の地元の企業に働きかけて進出を促し事業として成功させようと必死に取り組むから、初めから意気込みが違う。日本のお役所仕事というのは、国民の税金を使って国の恥を晒しているようなものなのである。

カジノ&ホテルの乱立

ところが困ったことに、「一帯一路」構想に乗って進出してくるのは繊維や靴の工場だけではない。それより遥かに凄まじい勢いで、中国の不動産業とカジノ産業とがシハヌークビルに殺到し、静かな海浜リゾートだった田舎町は下品極まりないギャンブル街へと変貌しつつある。我々が到着したのは夜も22時近い頃だったが、建ち並ぶカジノ&ホテルにはケバケバしいネオンが煌めいて、超ミニスカートのお姉さんや黒服のお兄さんがたむろし、玄関には制服に警棒の逞しい警備員が構えているという異様な光景が広がっていた。いまこういったカジノ&ホテルはいくつあるのかを尋ねると、まだ市内の数十カ所で突貫工事が続いていていくつになったか分からないけれども、昨年末で86軒になったことは確かであるらしい。

こうなると当然治安も悪化して、中国人同士の喧嘩や撃ち合い、強盗、誘拐、麻薬売買などの闇の犯罪が広がる。また中国人とカンボジア人との抗争もあり、昨年11月にはカンボジア人の10代の青年3人が中国人を襲撃して逮捕される事件が起きた。

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