3Dプリンターで臓器をつくるという方法はにわかには信じがたいが、ベンチャー企業などが参入して開発が進められているという。iPS細胞を使った「人工血液の工場」の実現も夢ではない。山中が30歳頃に、米国のグラッドストーン研究所に留学して動脈硬化の防止を研究していたとき、当時のボスが呟いた。
「伸弥、僕達の研究を進めることによって心臓病で亡くなる人はきっと減るだろうね。そうすると平均寿命が延びるだろう。でもそれが、ほんとうに社会の幸せにつながるかどうかは自信がないな」。山中はボスが何を言っているのかまったく理解できなかった。しかし、今になってものすごくよく分かるという。医学の成果で人間の寿命が延びることが、本当にみんなの幸せにつながるのか。
「少子高齢化を加速させる結果になったとき、社会全体としてほんとうに幸せといえるのでしょうか。(略)誰がどうやってお年寄りを支えるのか、社会保障のお金はどうやって賄うのかというのは、とても重い問題です」。医学系の研究者は平均寿命、健康寿命を延ばすのが目標だったが、これからは違う。
いま研究者がやっていることは、社会全体の幸せにはつながらない可能性もある。科学技術はすべて、使い方によって人間を幸せにするし、不幸せにもする。人間には普遍的に大切なものがある。山中教授は「真っ白な目で見ようよ」に尽きるという。「予想とは正反対の結果にも興奮できるなら、研究者になるべきであり、がっかりするなら別の仕事についたほうがいい」。納得。
編集長 柴田忠男
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