海外のメディアのニュースを、日本のマスコミではあまり報じられない切り口で本当はどういう意味で報じられているのか解説する、無料メルマガ『山久瀬洋二 えいごism』。今回は、香港の大規模デモに見る、大国に挟まれ物言えぬ日本の立場について解説しています。
香港の騒乱からでてくるものは。虎と鷲の間で動きのとれない日本と韓国
Protesters try to storm in to Hong Kong Legislative Building
訳:抗議をする人々が香港の立法府に乱入しようとしている(CNNより)Trump makes history at DMZ with Kim Jong Un
訳:トランプは非武装地帯で金正恩と新たな歴史をつくる(CNNより)
【ニュース解説】
今、シンガポールに来ています。到着後ホテルで荷物を開けながらテレビをつけると、2つのトップニュースが飛び込んできました。一つはトランプ大統領が電撃的に板門店で北朝鮮の最高指導者金正恩氏と会談をしたことでした。そして二つ目は香港が中国に変換されたことを記念する式典に向けて再び大規模な反政府デモが香港で繰り広げられていることです。
このどちらの内容にも、前回の記事で触れていますが、ここで敢えてさらにまとめてみたいと思います。G20という大きなイベントもすでに昔のことになったかのように、シンガポールのメディアは、この二つのニュースを繰り返し伝えています。それを、シンガポールのビジネスマンがレストランやジムの頭上にあるテレビで興味深く見つめている様子が印象的でした。
ことG20に限らず、大きな政治的なイベントの前後には必ず世界のどこかで何かがおきるようです。実際G20の前にはトランプ大統領がイラク攻撃の一歩手前でそれをストップしたと発表し、それと同時に日本とアメリカとの軍事同盟は不平等だという発言をして関係者をびっくりさせました。そして、習近平国家主席は香港の騒乱をよそに急ぎ北朝鮮を訪問しました。この訪問はさほど成果が上がらず、海外ではアメリカを意識した単なる示威行動と冷淡に捉えていました。
そんな中で、現在の香港での騒乱は、香港の立法府のガラスを割って暴徒が中を占拠するという事態になりました。その模様をこちらのメディアは詳細に伝えています。
問題は、警察隊がそんな暴徒に対して不気味なほど静かなことです。どのような指示を受けているのかを気にしながら、民主化を求める人々も、暴徒が過激になりすぎないように不安げに見守っているのが現状です。前回に解説した通り、香港の置かれている微妙な立場を知っている人々は、暴徒が過激になれば、それが北京の介入の口実になるのではとも考えているのです。
このところ、習主席は微妙な立場におかれています。
それは、アメリカの政策を動かすトランプ氏の動きが読めないからです。ですから、自らの中国での地位を確固なものにしながら、同時に香港や北朝鮮の問題をどのようにハンドルするか、試行錯誤が続いているはずです。そんな中国とアメリカとの関係をうまく利用して、双方に笑みを浮かべながらも「ゆさぶり」をかける北朝鮮もなかなかしたたかであるといえるかもしれません。
どこでもいえることですが、こと会社にしろ、国家にしろ、トップが自らの組織を思うように動かすことはなかなかできません。そこで、多少強力に自らの思いを牽引したい指導者は、敢えて強いメッセージを先に送り、組織を無理やりそちらの方向に向けるように画策します。前々回の記事で紹介した Don’t ask permission, beg for forgiveness. 「許可を求めるな、許しを乞え」という行動は、実は指導者が動かない組織を稼働させるために行うカンフル注射、あるいはパフォーマンスともいえるのです。トランプ大統領が頻発する Twitter でのメッセージこそは、この手法の典型的な事例といえましょう。
そして、金正恩の場合、文化は異なるものの、過去に北朝鮮の取り巻きを冷徹な方法で処刑粛清した事例からもわかるように、自らの地位を守り自らの求める行動をおこすためには似たような手法に頼らざるを得ません。この金正恩とトランプ両名の行動様式の一致が今回の38度線での面会を実現させたのではないでしょうか。課題はこのパフォーマンスのあと、自らの組織をどう動かすか。つまり beg forgiveness をどのようにハンドルするかにかかります。
こうした一連の動きの中で困惑するのが、官僚組織と党内調整に縛られる日本の首相であり、韓国の大統領です。さらに、習近平も強い政治基盤ができつつあるとはいえ、いまだに共産党の内部での政治抗争には目を光らせ、突飛な行動にでることは慎まなければなりません。ある意味で北朝鮮問題と香港の問題は、彼にとって最も頭の痛い課題なのです。この3つの国はどれも「Don’t ask permission, beg for forgiveness」という手法が取りにくいのです。
とはいえ、それだけに北京が「もうこれ以上我慢できない」と思ったとき、習首席はそのベクトルを利用し自らの立場をより確固なものにする時機到来と、香港やアメリカに対し強硬手段にでる可能性は十分に考えられます。緊張は刻々と高まっています。香港の人々もそのことは十分に理解しているはずでしょう。
アメリカという「鷹」はその可能性を考慮し、敢えて中国という「虎」が本当に牙を剥かないよう、G20では穏便な対応に終始したのです。
そしてトランプ大統領は安倍首相に対しては、日米の軍事関係での対等な付き合いが必要だという匕首(あいくち)をつきつけながら、日本をアメリカ側に取り込んでいるのでしょう。
もっとも、安倍首相が目標にしている憲法改正のための世論づくりにトランプ側に「アメリカは日本を防衛するが、日本は有事にアメリカを守らない」と敢えて発言させたのであれば話は別ですが。
動きがとれない日本と韓国の首相と大統領は、G20でも頑なに会話を拒否し、日本側は会食のテーブルも別々の場所に用意しました。多少陰険にもみえるこうした動きは、20年の大統領選挙に向けて華やかな成果を誇示したいトランプ大統領にとっても、周囲の動きと貿易戦争に苛立つ習首席にとっても、むしろ有難いことでしょう。日韓が一枚岩になって安全保障と経済問題での核となろうとすれば、中国にとってもアメリカ、さらにロシアにとってもそれはそれで面倒なのです。
中国は当分日本に寄り添い、韓国と距離をおくでしょう。そしてアメリカは日本が自分の傘下にあることを誇示しながら、極東でのパワーゲームに臨んでゆくはずです。トランプ大統領のような「don’t ask permission」型のリーダーには、これ以上強くでると危険だぞと思わせるはっきりした対応が絶対に必要です。ゴルフや友情ではなく、ビジネスはビジネスとして、強く対応すれば、彼は逆に利をとって譲歩するはずです。この交渉のメカニズムは、アメリカや欧米では常識となる交渉術の基礎ともいえましょう。
香港と同じくアジアの金融センターの役割を担うシンガポール。ここは資源や人口に限界のある都市国家であればこそ、香港でおこりうる政治的混乱が金融危機へとつながることを多くの人が危惧しています。
そんなシンガポールから、G20前後の日本の状況をみていると、首相のイラン訪問とその後日談、さらにトランプ大統領の発言への反応、そして日韓の出口のない確執などを通してそのお粗末な戦略に戸惑ってしまいます。緻密な外交戦略とロジックに基づいた意思表示など、日本が学ばなければならない課題は多いようです。
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