異動や転職などにより、10月を新しい職場で迎えた方向けの記事が広く読まれているようです。しかしその内容について、「バカなことばかりが指摘されている」と批判するのは、米国在住の作家・冷泉彰彦さん。冷泉さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』でその記事内容を紹介しつつ、「この種のお説教は百害あって一利なし」とバッサリ斬って捨てています。
新しい人材を潰す風土が衰退を加速させる
日経スタイルというビジネス入門者向けのサイトに「だからあなたは嫌われる 転職・異動先でのNG言動」という記事が出ていて、どうもビューも相当に稼いだようでYAHOO!ニュースのトップにも出ていました。
それにしても、21世紀に入って20年近く経つのに、昭和の時代のようなこの種の記事を目にすると愕然とします。過去30年間、日本経済は十分に衰退してきたのに、まだまだ足りないのでしょうか?もっともっと衰退させてどうしようというのでしょう?
記事の主旨は単純です。10月1日を迎えて、転職や異動で新しい職場に移った際に「嫌われない」ための注意事項が延々と書いてあるのです。具体的には、
- コンピュータの使い方の遅れ(バージョンの低さ、まだ手入力)を批判し
ない - チャットでなくメールなど古いコミュニケーション方法を批判しない
- 業務マニュアルが非効率だなど、前職との比較をしない
- 最初の3ヶ月はそのまま受け入れよ
- 説明にはメモを取って丁寧に聞くふりをせよ
- メモをコンピュータで取るのは偉そうなので、大丈夫か確認せよ
- カタカナのビジネス語は偉そうに見えるので要注意
そんなバカなことばかりが指摘されています。勿論、
- その職場でのメール利用、セキュリティのルール
- 職務分掌や経費精算方法など実務ルール
といった当たり前のことも書いてありますが、とにかく問題は「仕事の進め方の遅れを批判するな」とか「カタカナ言葉が…」といった絶望的な保守性を許していることです。
そもそも、どうして企業は中途採用をするのでしょうか?
勿論、仕事が回らないので一刻も早くパワーが欲しいということはあるでしょう。ですが、同時に経営者としては「新鮮な新しい人材を迎えて、社内に刺激を与えて欲しい」と考えているはずです。正しいことだと思います。
ですが、この記事では「出る杭は打たれる」「上から目線と思われないよう防衛せよ」「社内用語は企業文化だから尊重して、言い間違えるな」というような「改革の反対」をやっているわけです。
例えばですが、70年代ぐらいまでは多くの日本企業の発想法は反対でした。中小企業がどんどん成長していく過程で、「会社が大きくなると、物流も、総務人事も、財務会計も、中小企業的な発想ではダメ」だということで、大企業の経験のある人材を多く迎え入れるということをしていたのです。
そうした場合は、新しく入ってきた人には、トップから現場まで全員が「お願いします。ウチの会社のダメな点を指摘して、徹底的に変えてください」と頼んでいました。つまり、大企業の仕事の進め方を知っている人材に「先生」になってもらって、周囲はそれに学んで業務改革をするのです。
そのようにして「中小企業」は「大企業」になり、規模の大きなオペレーションを回して行けるようになったのです。
ということは、「新しい人材は、ムラのルールに従え」とか「3ヶ月はおとなしくしていないと潰されるぞ」などと言っているということは、要するにその会社、いや日本経済がもう「伸びなくていい」と言っているに等しいわけです。
これは社内の人事異動もそうです。どうして人事異動があるのでしょう?勿論、個々の人材育成という目的もありますが、それに加えて、個々の職場風土がマンネリ化したり、場合によってはコンプラ違反などが見逃されていたりする状態に、「新しい視点」を入れるためです。
ということは、「3ヶ月はおとなしく」というようなバカバカしい防衛的な発想は、企業にとって、経営者にとっての期待を「3ヶ月は裏切る」ことになります。つまり必要な改革が3ヶ月、四半期一個分遅れるわけです。
とにかく、経営感覚や成長への意志が徹底的に欠けている、この種のお説教は、百害あって一利なしと言わざるを得ません。記事として書くなら「新しい人材が入ってきたら、その新しい視点を周囲が受け入れて変わるべき」とすべきでしょう。
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