私は泥を被ってもいい。「8割おじさん」西浦博教授の悲壮な覚悟

 

専門家任せのリスコミをめぐって

以前にもこの欄(「高評価のクオモNY州知事、ブレる安倍首相。何が欠けているのか?」)でお話をしたように、リスコミ(リスク・コミュニケーション)においては、立場が透けて見えてしまう政治家や、組織防衛の匂いのする官僚の言葉は伝わって行きません。生命の安全ということに危機感を持った世論は、どうしても嗅覚が鋭くなってしまい、リスクとの対決に集中できずに、利害を計算してしまう人の言葉は受け付けないからです。

そこで、トランプ政権も安倍政権も「大事なことは専門家に語らせる」という手法に逃げているわけです。そんな中で、以前から指摘しているように、厚生労働省のクラスター対策班で活動している北海道大学の西浦博教授が、リスコミの前線に立たされてしまっています。

その西浦教授については、例えば左派は「安倍政権が8割削減という根拠なき強制を行っているので怪しい」という立場ですし、一方で右派(アゴラ陣営など)からは「不要な対策、そもそも数学的根拠が隠されていて怪しい」などと批判を受けているわけです。また、専門的な立場としては、横浜市大の佐藤彰洋教授の批判などもあります。

佐藤教授は「遅れという概念」、つまり感染拡大の数理計算において、潜伏期間などのパラメータに「もっと長い期間もありうる」とすると隠された感染がもっと拡大している可能性があるということ、それと「地域特性」、つまり東京のカーブと、もっと人口密度の低い地方のカーブは全く異なるということ、この2つを主たる根拠として西浦計算を「甘い」と批判していました。

但し、その後、ツイッターの世界で、西浦教授から佐藤教授には「対策班に来ませんか?」という勧誘がされていたようですので、お二人は気持ち的にも数理計算の理論の上でも通じているのかもしれません。

それはともかく、西浦教授は自称(?)「8割おじさん」としてすっかり有名になっており、ネットの世界では称賛もあれば、炎上気味でもありという状況になっています。

こうした様子を見て、神戸大学の中澤港教授(公衆衛生学・国際保健学)が次のようなコメントを出しておられました。切実な文章なのであえて引用させていただきます。

西浦さんがリスコミや広報的な仕事に力を入れれば入れるほど、手続き的説明の厳密さを大事に思っている人たちというか、細かい突っ込みをしたい人たちが敵に回り、理論疫学自体や西浦さん自身を攻撃し始める(学問自体は論文でしか評価されないから、広報で出したものを批判されても、学問的には痛くも痒くもないが)。ああいう仕事は尾身先生と押谷先生がした方が良い。仮に、批判者が求めている、本当に使っているモデルの詳細な説明をしたとしても、ある程度数学の素養が無いとわからない話なので、広報としてはあまり意味が無い。むしろ、尾身先生や押谷先生が、本当はもっと細かく丁寧な分析をしているのだけれども、プロでないと理解できない話だから、本質を失わない範囲で物凄く簡略化して説明します、と前置きして説明すれば、「論文は難しくてわからないけれども論理性に欠ける」とか「いい加減な人だ」とかいう、明後日の方向からの攻撃(そういうtweetがあった)を避けられるのではないか。リスコミ班の方々、西浦さんに頼りすぎ。出てこいと言われても計算しているから暇が無いで良いと思う。とはいえ、他の誰が言うよりも西浦さんの声の方が多くの国民に届くという広報のプロの判断は、たぶん正しいのかもしれず、それで行動変容が拡がるなら、自分は泥を被っても良い、と西浦さんは思っているのだろう。泣けてくる。

多分そうなんだと思います。例えば、私のこのコラムなども、もっとキチンとした発信ができていれば、こうした専門家の方々の負荷を減らせるはずです。私はコロナの専門家ではありませんが、少なくともジャーナリスティックな発信については、経験も含めて専門家だからです。

その意味で、この中澤先生のコメントについては、100%同意というだけでなく、とても重く感じられたのは事実です。

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