私は泥を被ってもいい。「8割おじさん」西浦博教授の悲壮な覚悟

 

コロナ禍の中で、クオモ知事の地下鉄問題に成果

ニューヨーク地下鉄の「Lライン」は、2012年10月のハリケーン「サンディ」上陸の際に、高潮が満潮時に重なってトンネル内が浸水するという被害を受けていました。特に、イーストリバーの海底トンネルはほぼ全区間が海水に浸されてしまったのです。

この度、その電化設備の更新工事が完成しました。それがどういう工事であったのか、また工事の完成が、どうしてクオモ知事の政治的ポイントになるのかを整理してみたいと思います。

この海底トンネル部分ですが、開通は1924年で「ほぼ100年」を経ており老朽化していた中での被災となりました。問題は「き(饋)電線」です。この路線は、NYの多くの地下鉄同様に第三軌条集電方式、つまり東京で言えば地下鉄の銀座線や丸の内線のように「線路脇に設けた第三のレール」にブラシを接触させて電気を集める方式となっています。ちなみに、NYの場合は直流625ボルトです(東京の2線区は直流600ボルト)。

この第三軌条に電力を供給するのが「き電線」ですが、このNYのL線の場合は線路面に近いコンクリートのボックスに入っていました。そこが丸ごと海水に浸かってしまったわけです。地下鉄を運営するニューヨーク交通局(MTA)は応急工事を行なって運転を再開したのですが、海水によってケーブル類がダメージを受けており、漏電の危険が免れないという指摘がコンサルなどから出ていました。

そこを「だましだまし」運転していたのですが、さすがに「100年ものの電線が海水に浸かった」のを放置するのが怖いということで、全面改修を行うことになったのです。当初案は、NY市のデブラシオ市長が主導してコンサルが立案し、2019年から「15ヶ月間運休(当初案は18ヶ月)」を行って海底トンネル部分の電気系統に関する改修工事を行うとしていたのです。

ところが、その2019年を前にして2018年の12月にはこの「運休問題」により市内では多くの動揺が発生しました。つまり「L線」が使えないとなると、代替バスなどによって通勤時間が長くなるので大変だという声が、ブルックリンの住民から出てきたのでした。何しろ、ブルックリンの中心部からマンハッタンのユニオン・スクエアまで真っ直ぐ東西に入る線が運休となると、通勤へのダメージは大きいのです。

単に反対意見が出ただけでなく「住宅を売って転居する」とか「転職を余儀なくされる」などの動きが出てきて大騒ぎになりました。デブラシオ市長は「あくまで安全優先」だとして「15ヶ月運休による徹底した改修を」という立場だったのですが、何とこれにクオモ知事が介入したのです。

クオモ知事の行動は素早く、コロンビア大学の専門家などとタスクフォースを作って代替案を検討。年明けの1月3日には「テスラが走る時代に15ヶ月運休はナンセンス」だとして、欧州の鉄道工事業者を突然導入すると宣言したのでした。電源や通信のケーブルを「コンクリで覆うのでなく、トンネルの内壁に固定する」という工法を導入すれば、深夜と週末だけの運休で改修が可能だとブチあげたのです。

これは実は技術的には常識で、日本でも地下鉄の電線は、内壁に固定するのが一般的です。線路脇のコンクリボックスに入れておけば、浸水の危険がある一方で、それより高い内壁に引っ掛けておけば、浸水の心配は減るし、なによりもメンテが簡単だからです。

MTAは知事案を受け入れ2019年の4月から工事がスタートしました。全面運休ではなく、3番街駅~ベッドフォード・アベニュー駅間を深夜と週末に限って、単線として片側双方向の運転としたのです。つまり運休はなしで運転間隔を空けるだけというわけです。しかも、当初は15ヶ月から20ヶ月と言われていた工期は、結局12ヶ月で完成したことになります。

この「クオモ対デブラシオ」の対決ですが、同じ民主党政治家ではあるものの、クオモは「オバマ、ヒラリー」に連なる中道派(元ケネディ一族でもあります)である一方で、デブラシオは左派のサンダース派ですから、多くの点で水と油です。その確執がモロに出てしまい、しかも市長はメンツ丸つぶれという結果となりました。

一方で、この一件により、アンドリュー・クオモ知事の人気は更にNYで拡大するのではと思います。但し、今回の「15から20ヶ月が12ヶ月で」というのは、この人の常套手段で、コロナのときも「最悪シナリオ」をまず出して、連邦政府にリソースを強く要求していました。つまり「とにかく大きく吹っかけて」その後、「それより改善」できると、支持が上昇するという手法です。

まあ、天性の政治センスということなのだと思いますが、コロナの場合は「すみません、病院船はもう要りません」というメッセージを、ちゃんとホワイトハウスに行って気難しい大統領に直接説明した、という周到さも持っています。

では、このクオモ氏は大統領の器かというと、それはちょっと違うように思います。色々と脇の甘いところがありますし、それにNYでの人気が全国区人気になると考えるのは非現実的だからです。

image by: Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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