春日 まあね。だけど、医者の時の俺は、頭の中のモードが切り替わってるから。
穂村 そういう風に切り替えないと、とてもじゃないけど精神もたなそうだもんね。
「火葬」の意味が後からわかって真っ青に
春日 その亀の話で思い出したんだけど、小学校に上がる前、親父の職場の友だちとかと一緒に、一家揃って箱根旅行に行ったことがあって。けっこうな大人数でね。あの頃って、団体旅行と言えば皆一緒に雑魚寝みたいなのが普通でさ。その温泉旅館はちょっと高いところに建ってたんだけど、俺ガキだったから一人だけ朝早く起きちゃって、暇だから窓の外を見てたの。そしたら見下ろしたところに犬走りみたいな出っ張りがあって、そこに人が寝てるんだよ。坊主頭で、下駄履いて、浴衣姿のまま横になってるわけ。霧雨は降ってるし、急な斜面だから、ちょっと寝返り打ったら遥か下に落っこっちゃうような危ない所で。
穂村 先生はそれでどうしたの?
春日 びっくりして母親起こしに行ってさ、「外で知らないおじさんが寝てるよ」って言ったら「何馬鹿言ってんの」って相手にしてくれないの(笑)。それでも執拗に言い続けたら皆渋々起きてきて、「げげっ!」って大騒ぎになって。親父が助けに行ったら、まだ息があったんだよ。睡眠薬自殺だったみたい。
穂村 その時は魂に逃げられなかったんだね。
春日 その人を中に運び込んだら、錯覚だったのかもしれないけど、やたらでかい人に思えてね。怖かった。結局、命は助かったみたい。親父は「命が助かったのに礼も言いに来ない!」って憤慨してたけど(笑)。
穂村 子どもの時からもうそんな目に(笑)。
春日 あとさ、子どもの頃って、火葬で肉体がなくなるという物理的な変化も、「死」そのものに匹敵するインパクトがあったように思う。
穂村 それまで肉体という実体があったのに、それが焼かれて骨になっちゃう、と。
春日 まだ小さい頃、親戚が亡くなって火葬場に行ったんだけど、まだ「火葬する」という概念がイマイチ分からないわけ。焼いてる最中、炉の方に蝋燭の形をしたパイロットランプが点いてて、そこにみんな集まっているから、なんか楽しいなぁとか思ってたの。でも、しばらく考えるうちに、その意味が分かって真っ青になった覚えがある(笑)。あれはイヤだったねぇ。
穂村 遅れて意味に気付くっていうのが面白いね。
春日 その時、火葬って、ものすごくグロいものになって出てくるようなイメージがあったけど、意外とそうじゃなくて拍子抜けもしたんだけどね。骨って、いわゆる怪奇小説の髑髏みたいなおどろおどろしいイメージがあったんだけど、焼くと、意外と抽象的なものになってしまうんだよね。
穂村 でも、感じ方には個人差があるのか、こないだ行ったお葬式で、おじいちゃんのお骨を見て倒れちゃった子がいたな。中学生くらいの男の子。たぶん、焼けた骨自体にショックを受けたわけじゃなくて、ずーっと「こういう姿」と捉えていたものが、突然まったくの別物として目の前に現れたから、そのギャップに戸惑ってしまったんじゃないかな。しかもそれが、ついこの間まで動いていた大好きな相手だったから、ショックも大きかったんだろうな、って。
春日 その感覚はすごく分かる気がする。大阪に鯨料理食わせる割烹の店があって、何年かに1度女房と行ってたんだけど、数年前に行ったらさ、そこの親父が亡くなってたんだよね。店は息子が継いでやってたんだけど、店内にその親父の顔写真が置いてあってさ。それ見たら、「ああ、あの言いたい放題言ってた面白い親父がこんな小さくなっちまったのか」って。写真であって、別に骨壷とかじゃないんだけど、なんか物理的に小さくなっちゃったのを目の当たりにした感じがして、すごくショックだった。死体とか血とか、そういう“いかにも”じゃない形で、「死」が強烈に迫ってくることもあるんだよね。
(第3回に続く)
春日武彦✕穂村弘対談
第1回:俺たちはどう死ぬのか?春日武彦✕穂村弘が語る「ニンゲンの晩年」論
第3回:こんな死に方はいやだ…有名人の意外な「最期」春日武彦✕穂村弘対談
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春日武彦(かすが・たけひこ)
1951年生。産婦人科医を経て精神科医に。
穂村弘(ほむら・ひろし)
1962年北海道生まれ。歌人。90年、『シンジケート』
ニコ・ニコルソン
宮城県出身。マンガ家。2008年『上京さん』(ソニー・