夏休みの宿題の定番「読書感想文」が日本の子供をダメにする理由

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小学生の「夏休みの宿題」の定番といえば、「読書感想文」。苦手とする子供も多い課題ですが、そもそも教育的見地から鑑みた場合、その存在意義はあるのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では、米国プリンストンで教鞭を執る作家の冷泉彰彦さんが、その「是非」をメルマガ内で考察しています。

読書感想文教育がダメな2つの理由

コロナ危機の中で、教育現場は変則的なスケジュールになっています。ですが、期間の長さは色々あっても、日本全国の学校では夏休みが設定されいます。そして、夏休みと言えば「読書感想文を書くという宿題」が定番です。

その「読書感想文」について、今年は様々なレベルで「必要性に関する議論」、が始まっているようです。つまり、子どもに読書感想文を書かせるということへの違和感が、かなり広範囲から出てきているのです。

正しいことだと思います。ちょっと遅すぎる感じもしますが、とにかく読書感想文教育なるものを、この機会に打破していくことは大切です。

どうして読書感想文というのはダメなのか、いろいろな議論があるようです。例えば、フォーマットにある「お約束」が時代遅れであるとか、価値判断を含む膨大な情報に接している現代の子どもたちの成長に合っていないというような指摘があります。確かにその通りだと思いますが、具体的には2点指摘できると思います。

1点目は、対象書籍の批判が許されないという一種の思考停止ということです。今はさすがに21世紀なので、指導する先生によっては批判してもいいという場合もゼロではないようです。ですが、例えばコンクールに応募するなどという場合は、とにかく課題図書などを選んで、その本に対する褒め言葉を並べなくてはいけないという暗黙のルールがあります。

著者の方々の名誉のために申し上げておくなら、実は、最近の課題図書というのは、結構レベルが高く、賛否両論を喚起するように書かれていたり、それこそ21世紀に生きる若い世代が直面している複雑な課題を取り上げたものも多いのです。

そうなのですが、コンクールとなると、やはり批判はダメというバカバカしさは今でも残っています。そこには日本の教育の根深い問題があります。それは、子どもは子供らしくとか、読書感想文というのは「本に出会って自分が成長した記録」だとかいう、カビの生えた昭和カルチャーが残っているという問題です。

更にいえば、そのような「お約束」に強く縛られた教師や親が指導すると、そのようなフォーマットの中で完璧に期待に応えてしまう「優等生」というのが、まだ存在しているという問題もあります。

そのような「優等生」的な発想では、未曾有の危機が連続する時代において、国家や企業のマネジメントなどできないにも関わらず、それでも「優等生」タイプが受験や就活に通用すると思われているし、実際にそうした「優等生」が国を動かして失敗してしまうのはまだまだ現実だと思います。そうした国のダメさの責任の一端が「読書感想文教育」にあるとも言えるでしょう。

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