特養ドーナツ死亡事故「逆転無罪」が、高齢者の笑顔を守った理由

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東京高裁で7月28日、以前掲載の「特養ドーナツ死亡事故の『有罪判決』で分かった現場の過酷な実情」でお伝えした裁判の控訴審が開かれ、被告となった介助役の女性に無罪が言い渡されました。この裁判を、「お年寄りの笑顔を守る意味のある重要なもの」とするのは、健康社会学者の河合薫さん。河合さんは今回、自身のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』にその理由を記すとともに、この判決を契機に議論を進めるべき具体的課題を提示しています。

プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

ドーナツ判決と介護崩壊

注目の裁判に、「無罪」が言い渡されました。介護現場で起きた「ドーナツ」事件。本メルマガVol.118(2019年3月27日号「特養ドーナツ死亡事故の『有罪判決』で分かった現場の過酷な実情」)で取り上げた事件の控訴審判決です。

事件は2013年12月、長野県安曇野市の特別養護老人ホームで起きました。入所者の女性(当時85歳)が、配られたドーナツをのどに詰まらせ、ひと月後に亡くなってしまったのです。

一審では、弁護側が女性の死因は脳梗塞だと訴えたのに対し、ドーナツでのどを詰まらせた窒息だったと認定。事件の6日前に女性のおやつが「ドーナツからゼリー」に変更されていたにも関わらず、被告が引き継ぎ記録で確認しなかった過失があるとし、食事の介助役だった准看護師の女性(58歳)に求刑通り罰金20万円の有罪判決が下されたのです。

そして、今回。28日に行われた控訴審では、

  • ゼリーではなくドーナツを配ったことが「過失」と言えるか?
  • 女性の死因が、ドーナツによる窒息か?

の2点が争点になっていました。

弁護側は、女性には食べ物を詰まらせる嚥下障害はなかったことに加え、ゼリーへの変更は窒息防止ではなく消化不良を防ぐためだったと主張。さらに、施設職員の間で窒息の危険性は認識されておらず、被告が窒息を具体的に予見するのは不可能で、死因についても、窒息ではなく脳梗塞だったと訴えました。

裁判長は「ドーナツで被害者が窒息する危険性は低く、被告が死亡の結果を予見できる可能性も相当に低かった。刑法上の注意義務に反するとはいえない」とし、一審・長野地裁松本支部判決を破棄し、改めて無罪を言い渡したのです。

この判決は、「介護のあり方」を左右する極めて重要な意味をもちます。介護現場で働く人たちが、いったいどこまで「責任を負えばいいのか?」という問題です。

そして、それは高齢者との接し方にも大きく影響していきます。

実際、事件が起きた当初から、介護の現場に過度の責任を負わせるのは酷だとして、無罪を求める約44万5,500人の署名が裁判所に提出されていました。有罪とされた後も署名は増え続け、被告の無罪を求める約73万筆の署名が裁判所に提出されていたそうです。

介護問題はこれまで何度も取り上げて来ましたが、問題がおき、その問題が解決しないうちに次の問題が起こっているのが、今の日本の介護です。

介護する人、される人、施設で働く人、施設に預ける人、どの「窓」から覗くかで、一つの「事件」の見え方が大きく変わりますし、今後さらに介護問題は深刻になっていくのに、これといった打開策は打たれていません。「介護崩壊」は既に始まっているといっても過言ではないのです。

そして、コロナ問題がその針を大きく進めてしまっている。

介護崩壊をなんとか食い止めるには、どの「窓」を核にするのか?その基準を決めなくてはいけないのに、その基準が決まってないし、悲しいかな決めようとする動きすらありません。

前回のメルマガで「ドイツの介護」について書きましたが(新刊の抜粋コラム)、それを読んでいただければ、「窓」の大切さがわかるはずです。

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