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竹中平蔵氏が抱える心の闇。日本が日本であることへの不信と絶望

11月末に「#竹中平蔵つまみ出せ」というタグがツイッターでトレンド入りするなど、ここに来てにわかに激しい批判に晒されている竹中平蔵氏。その他さまざまなメディアでも竹中氏についての批評が展開されていますが、識者はどう見ているのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で米国在住作家の冷泉彰彦さんが、「非正規雇用を増やした張本人」というバッシング理由に対しては抵抗感があるとし、竹中氏が本当に批判されるべき点を鋭く指摘しています。

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竹中平蔵氏、批判されるべきは成長放棄路線

竹中平蔵氏といえば、小泉内閣で経済財政政策担当大臣、IT担当大臣とか金融担当大臣をやり、2004年には参議院議員選挙に比例代表で立候補してトップ当選するなど、政治の世界でも大きな存在感を発揮した時期がありました。その後、2006年には政界引退を表明して、以降は大学教授としての活動のかたわら財界活動もしています。

政界で活躍していた時代からは15年近くが経過して、やや過去の人だと思っていたのですが、ここへ来て同氏への批判が激しくなっているようです。

その批判というのは、「構造改革をやって非正規雇用を増やした張本人」であるにもかかわらず、人材派遣会社の役員をやっているとか、「BI(ベーシックインカム)7万円」という提言をしているが、そんな金額では生存権の否定だといいうようなものが多いようです。

このうち、BIについて言えば、あれは思考実験のようなもので、仮に社会保険庁とか、市町村の生活保護受給判定機能などを全部リストラして、そのコストと、全ての公的年金を停止してBIに回せばもっと金額を上乗せできるかもしれません。ですが、そこまでの政府のリストラをやれば、玉突き的に多くの問題が出るので、7万円プラス自助と共助という「パッケージ」を提案したということで、彼なりの理屈は通っているわけです。

この点について言えば、教会やボランティアの組織、あるいは寄付カルチャーと寄付税制などがない日本の場合は、共助の仕組みなどは、本当にカルチャーの部分から作っていかねばならないわけです。そうなのですが、そこを全部すっ飛ばして「財源からは7万という逆算ができました」と冷たく言い放つというのは、そもそも世論に受けることなど考えていない感じです。

一方で問題なのは、「非正規雇用を増やした張本人」だから批判するという態度です。私は竹中氏の肩を持つわけではないということを、予めお断りしておきますが、それでもこの「張本人」呼ばわりというのは、抵抗感があります。

1つは、非正規雇用を増やしたのは90年代の景気低迷であって、少なくとも2000年代に原因があるわけではないということです。もう1つは、仮に2000年代に(あるいは90年代にも)構造改革が進まずにあらゆるフルタイム雇用と新卒採用が100%温存されていたら、日本経済はもっと早く破綻していた可能性があるからです。その場合ですが、もしかしたらデフレではなく、ハイパーインフレと超円安になっていたかもしれません。そうなれば資源を他国に依存する日本の場合は、国民の生活水準がもっと激しく崩壊していたかもしれないのです。

では、竹中改革が正しかったのかというと、それは全く違うと思います。

1つ目はとにかく全体の成長ということを、全く無視していたということです。2000年代というのは、同じように竹中氏が支えていた森喜朗政権が「IT(イット)革命」を指向していたように、経済成長のためにはコンピュータ化が鍵ということは分かっていたはずでした。

ですが、せっかく「携帯端末でインターネット」というアイディアを世界に先行させたのに「iモード」からスマホへの発展に失敗して全てを失うとか、「デジカメ、薄型テレビ、DVR」がデジタル三種の神器だという時代錯誤的な理解から、ソフト開発を怠ったとか、とにかくバカバカしい経営判断のミスを重ねて日本経済が自滅していった時代でした。

竹中氏は小渕、森の両政権にも関与する中で、そのことを理解しながら、真の改革の実現へ向けて突破口を開くことができなかったのです。

そもそも、郵政民営化の最大の目的は「簡保と郵貯の資金を、公的な財投などの保守的な投資ではなく、完全にリスクのある民間のマネーに転換する」ことであり、そのカネを民間セクターの将来性のあるベンチャーに回して成長路線に向かうためでした。この点に関しても、改革は失敗だったと言えます。

2点目は、生産性の問題です。自動化、脱はんこ、ペーパーレス、対面会議や対面営業の廃止というような、あるいは事務、会計、訴訟の英語化といった改革は、この時点で進めるべきでした。ですが、昭和の暗黒を引きずった財界は動かない、となれば、ズルズルと生産性を失いつつあった日本企業の「日本語と紙と対面コミュニケーションに縛られた生産性の地獄」である本社事務部門を「切る」のではなく、コストダウンをするしかなかったわけです。

確かに90年代から2000年代にかけては、円高に苦しんでいたこともあり、日本国内の事務部門は徹底的な経費削減をしなくてはならなかったのでした。ですが、コンピュータ化は進まない、まして標準化とか、効率的な業務フローや職務分担、専門職化などは昭和世代にはできない、ということで事務部門の実務を担っている部隊は、派遣や非正規としてコストダウンしなくてはならなかったわけです。

終身雇用が止められなかったということも大きく、結局は何もしない高齢世代の高いコストは切れない中で、新卒を減らしたり現場の最も大事な事務部門を外注したり、非正規化したり「ヘトヘト」にさせることになったのでした。

ということで、改革とは名ばかりであったわけです。竹中氏は、そのことを十分にわかる立場でありながら、結局できなかったのです。

ただ、もしかしたら、小渕内閣時代、あるいは短期間ですが森内閣時代にも、竹中氏はそうした発想から本物の改革について様々な提言をして、結局はマトモなアイディアは全部潰されてきたのかもしれません。

ですから、日本経済に取っては「もう衰退しかない」、なぜならば「昭和世代には徹底した改革などする気もないし、そもそもスキル的にできない」という深い絶望を抱えていた、そのような評価も可能です。2006年にスパッと政治と縁を切ったのには、そこに「闇」を見たからなのかもしれません。

その竹中氏は、ロイター通信社のインタビューに応じて、「新型コロナウイルスの影響で経営が悪化する重要インフラ企業を支援するため、かつての産業再生機構のような救済組織を設置するのも一案」とか、「航空業界は世界的に再編が進んでおり、日本も長距離国際線は1社で十分」などと発言しています。

コロナ禍を短期的なものとは思わず、中長期で大きく影響が残るという前提なのかもしれませんが、これもまた非常に弱気で、弱気すぎて全体を失うことになりそうな、極端な言説です。15年前と同じように「成長を放棄してでも、衰退を受け入れてでも、整理すべきはサッサと整理する」という異様な考え方と思います。今でもそうした発想を他の人に先駆けて言い放つ、そこには使命感というよりもある種の「闇」を感じます。

仮に推測するのであれば、日本が日本であることへの不信と絶望、そんなレベルの「闇」のような気配もあります。こうなると、この人への評価は、政治経済の事実や理論ではなく、人間論または文学によるアプローチで迫るしかないのかかもしれません。日本経済を信じない中で、その衰退をむしろ後押ししているという深すぎる絶望の奥には、どんな「闇」があるのでしょうか?(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋)

image by: World Economic Forum, CC BY-SA 2.0, ウィキメディア・コモンズ経由で

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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