太宰作品は、とくに冒頭の文章にすばらしくキレがあるものが多い、と断言している。冒頭の衝撃を楽しもう。そして、太宰を読むとどうなるのか。この本では「読者が迷い込む場所」として、10個の太宰ワールド(=太宰の穴)を細やかに解説している。
1.落ちていく人生がリアルに味わえる
2.革命を起こしたくなる
3.ダメ人間でも救われた気になる
4.自殺願望の奇妙さを実感する
5.プライドの厄介さが身に染みる
6.「世間の怖さ」に共感してしまう
7.女性がますますわからなくなる
8.古典の魅力に惑溺する
9.津軽人の本性に驚く
10.わけのわからなさがクセになる
……ムリヤリとってつけたようなのもあるな。
でも、読み進めていくと、なるほどねーと感嘆する。それぞれの穴がある作品を解説するのだが、太字で見せる引用部分が絶妙である。それは著者の手柄ではなく、太宰の力なのだが。
教科書で読んだ『走れメロス』は講談のように盛り上がるので、メロスと一緒に走っている気分で音読されたし。男には善良な狸、女には無慈悲な兎が住んでいる、というのは『カチカチ山』。昔話にしてはちょっと残酷すぎるような気がしていたが、後年の絵本では「狸が老婆にケガさせて逃げた」とされた。
それが不満の太宰は設定を変えて、新たな物語を紡ぎ出す。兎のやり方が男らしくないのは当然だということがわかったという。
この兎は男じゃないんだ。それは、たしかだ。この兎は十六歳の処女だ。いまだ何も、色気は無いが、しかし、美人だ。そうして、人間のうちで最も残酷なのは、えてして、このような女性である。
一方の狸は37歳の醜男、という設定。いい年したおじさんが、未成年の若い娘に恋をして、手ひどくあしらわれる物語に置き換えた。狸のいまわの際に曰く、「惚れたが悪いか」。
古来、世界中の文芸の主題は、一にここにかかっていると言っても過言ではない。太宰はわが身を振り返りつつ、「好色の戒め」を諭している、という読み方もできる。わたしも「太宰の穴」に入り込んでみるか。
編集長 柴田忠男
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