城下の被害も悲惨を極めます。ルイス・フロイスの記録によると地面が割れて数多の家や人々が呑み込まれ、そうでない家屋は火災によって焼失したそうです。
さて、山内一豊といえば、妻の千代が良妻の鑑とされてきました。馬買いのエピソードは有名ですね。ご存じの読者も多いと存じますが、念のために記します。
ある日、安土の城下で名馬が売られていました。惚れ惚れするような馬で織田家の家臣たち垂涎の的となります。しかしながら、当然買値は桁違い、黄金十両でした。家臣たちはあまりの高値に二の足を踏みます。
一豊は秀吉に従って播磨平定で功を挙げていましたが、十両の馬を買える甲斐性はなく、指を咥えて眺めるしかありませんでした。それでも、名馬のことが頭を離れず、自邸で欲しいのに買えない、と千代にこぼします。夫の嘆きを聞いた千代は鏡箱に仕舞ってあった十両を差し出しました。それは、ここぞという時に使え、と実家が持たせてくれた大事なお金でした。
一豊は感謝して名馬を購入、織田家中で評判を呼び信長の耳に届きます。馬好きの信長は一豊に目をかけ、出世のきっかけとなった、という良妻物語です。物語の結末には別バージョンがあり、一豊はこの馬で信長が主催した馬揃えに参加、信長の目に留まった、というものです。いずれにしても、ここぞという時に使えと託された千代のお金のお陰で名馬が買え、それが出世のきっかけとなった開運物語です。
筆者は小学生の頃、NHK大河ドラマ、『国盗り物語』でこのエピソードを東野英心の山内一豊、樫山文枝の千代によって演じられたのを覚えています。子供心に良い奥さんだなあ、あんな女性と結婚できたらなあ、と思ったものです。名馬を買った時期、一豊は秀吉配下の将として頭角を現しており、名馬を買わなくても鑓働きで出世していただろう、とへそ曲がりの筆者は邪推し、馬買いの物語の信憑性を疑っています。
物語の真偽はともかく、千代が良妻であったのは確かなのでしょう。良妻ぶりを馬買いのエピソードに託して伝えられてきたのだと思います。馬を買うお金を仕舞ってあったのは鏡箱、良妻の鑑を象徴しているような気もしますね。そんな千代が良妻であっても賢母にはなれなかったのは気の毒です。天正大地震は千代から娘を奪い、賢母への道を閉ざしてしまったのです。
以下、次号へ続く。
次週は愛娘を失った山内家の希望から語ります。
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